映画監督ウディ・アレンの妻のスン・イー・プレヴィンがウディを取り巻く養女に対する性的虐待疑惑についてめずらしく口を開いた。

当時7歳の養女への性的虐待疑惑が再燃

 2018年1月、1980年代に交際していた女優ミア・ファローの養女ディラン・ファローから「幼い頃に性的虐待を受けた」として再告発されたウディ・アレン

 ディランは2014年にも米ニューヨーク・タイムズ紙に7歳の頃に受けたウディによる性的虐待を訴えていたが、当時ウディの映画監督としての仕事に影響が出ることはなかった。

 しかし、2017年秋にハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ・性的暴行疑惑が明るみになったことを受けて世界中で活性化した「Me Too」、「Time’s
Up」などのスローガンを掲げたセクハラ撲滅運動の広まりを受け、ディランの2度目の告発には人々の大きな注目が集まった。

画像: ウディ・アレン監督。ハーヴェイ・ワインスタインの長年に渡るセクハラ疑惑を暴いた記者は奇しくもウディとミアの実子ローナン・ファロー。ローナンはディランの主張をサポートし、ウディを批判している。

ウディ・アレン監督。ハーヴェイ・ワインスタインの長年に渡るセクハラ疑惑を暴いた記者は奇しくもウディとミアの実子ローナン・ファロー。ローナンはディランの主張をサポートし、ウディを批判している。

 ウディは一貫して疑惑を否定しているものの、映画界からは彼に対して厳しい目が向けられるように。疑惑の再燃を受け、これまで過去40年以上に渡り毎年1本ずつ監督・脚本作品が公開されてきたウディだったが、2019年に公開予定だった女優のセレーナ・ゴメスや俳優のティモシー・シャラメら話題のキャストが出演した『ア・レイニー・デイ・イン・ニューヨーク(原題)』がお蔵入りに。

画像: セレーナは『ア・レイニー・デイ・イン・ニューヨーク』の出演料を上回る額をセクハラや性的暴行の被害者を支援する複数の団体に寄付し、ティモシーも出演料を全て慈善団体に寄付したことを発表した。

セレーナは『ア・レイニー・デイ・イン・ニューヨーク』の出演料を上回る額をセクハラや性的暴行の被害者を支援する複数の団体に寄付し、ティモシーも出演料を全て慈善団体に寄付したことを発表した。

 これまでウディ監督作品に出演してきた俳優たちからも今後の作品への出演を拒否されていると報じられ、ウディは事実上の休業状態に追い込まれている。


性的虐待のいきさつ

 ウディからの性的虐待を告発しているディランは、ミアが1985年に迎え入れたテキサス出身の養女。

 ディランが2018年に米CBSの『ディス・モーニング』のインタビューで語った内容によると、ウディによる性的虐待が行われたのは1992年の8月4日。ミアがコネティカット州に所有していた別荘に家族とともに滞在していた当時7歳の彼女は、ウディに屋根裏部屋に誘われたという。ウディから腹ばいになって兄の機関車型のおもちゃで遊ぶように言われたディランがその言葉通りにすると、近くに腰を下ろしたウディに指で陰部を触られたとその時の体験を振り返っている。

 当時ファロー家の子供たちのベビーシッターをしていたミアの親しい友人がウディがディランに対して不適切な体勢を取っているのを目撃したとミアに報告。ディランに確認すると、ウディから受けた行為について告白したとミアは1993年にウディがミアに対して起こした親権裁判の中で主張した。

 その後、警察が幼児性的虐待の疑いで捜査を開始。しかし、7カ月間の調査の結果、ウディの弁護士は彼に対する性的虐待の疑いが晴れたと報告した。ウディは親権裁判に敗訴したが、ディランの証言については彼女がミアに仕向けられて行った虚偽のものだと一貫して主張している。


35歳年下の妻がウディを擁護

 現ウディ夫人のスン・イー・プレビンは、ウディの性的虐待被害を訴えているディランと同じく、ミアが前夫との間に迎えた養子の1人だった。

 韓国出身のスン・イーとウディの交際が発覚したのは、彼女が21歳の頃。当時まだウディと関係を続けていたミアが、ウディのアパートで撮影されたスン・イーのヌード写真を発見したことがきっかけだった。

画像: ウディが12年に渡ってパートナー関係にあったミア・ファロー。スン・イーにとっては養母にあたる。

ウディが12年に渡ってパートナー関係にあったミア・ファロー。スン・イーにとっては養母にあたる。

 当時、スン・イーがウディにとっては“義理の養女”にあたるような存在であったことや、35歳という年の差が波紋を呼び、メディアからは否定的な報道もなされた。1997年に結婚したウディとスン・イーは2人の養女を家族として迎え入れ、以来20年以上に渡り夫婦関係を続けている。

画像: 2018年1月、ディランの再告発後の渦中に撮影されたウディとスン・イーの姿。

2018年1月、ディランの再告発後の渦中に撮影されたウディとスン・イーの姿。

 ディランへの性的虐待を否定しているウディは、ディランによる告発が彼とスン・イーの関係に嫉妬し、激怒したミアがディランにけしかけてさせた作り話だと主張。

 そして、これまで口を閉ざしていたスン・イーが、最近応じた米ヴァルチャーとのインタビューで、このウディの主張を擁護する発言をした。

 ディランが行った再告発についてスン・イーはこんな風に自身の見解をコメント。

「ウディの身に起きたことはとても腹立たしく、不当なことでした。ミアは『Me
Too』運動を利用してディランが被害者であると触れ回ったのです。これにより、また新たな若い世代の人々が不必要にウディの疑惑を耳にすることになりました」

 さらに、養母ミアによる自身やほかの養子たちに対する暴力や不当な扱いについても暴露した。


養母ミアによる虐待を暴露

 実子4人と養子10人の合計14人(※)の子供たちの母だったミアについて、スン・イーは「私と彼女はまるで水と油のようでした」と養子縁組をした当初からミアとは反りが合わなかったとコメント。

※2000年に養女のタムが病死、2008年に養子のラークがエイズ関連の病で死亡、2016年に養子のサディアスが自殺したため、現存の子供は11名。

画像: 1970年代から貧困地域の子供たちを養子に迎え入れていることで知られるミア。その多くが、受け入れが難しいと思われた身体障害者だった。1985年に撮影されたミアと数名の子供たちの写真。右から2番目がスン・イー。

1970年代から貧困地域の子供たちを養子に迎え入れていることで知られるミア。その多くが、受け入れが難しいと思われた身体障害者だった。1985年に撮影されたミアと数名の子供たちの写真。右から2番目がスン・イー。

 ミアとの間には「楽しい思い出が何も思い浮かばない」と述べたスン・イーは、幼少時代にミアから受けた、アルファベットの学習中に木のブロックを投げつけられる、「頭が良くなるから」と足を持ってしばらく逆さまの状態で吊るされる、ヘアブラシで叩かれるなど、彼女にとっては暴力だと感じた虐待行為にも言及した。

 ミアの子供たちへの虐待については、養子の1人であるモーゼス・ファローも2018年5月に公開した自身のブログで似たような内容を語っており、「スン・イーが幼い頃、ミアが陶器でできた置物を彼女の頭に向かって投げつけたことがあります。幸いぶつかりませんでしたが、破片が脚に当たっていました。その数年後には電話の受話器でスン・イーを殴っていたこともあります」とミアのスン・イーに対する暴力について証言している。

画像: 若き日のミアと子供たち。中央上段でミアのコートに埋もれているのがスン・イー。

若き日のミアと子供たち。中央上段でミアのコートに埋もれているのがスン・イー。

 1992年、ウディとの交際発覚後に米ニューズウィークを通じて発表した声明で「私は邪悪な継父にレイプされ性的いたずらをされた知能の遅れの未成年の少女ではありません」とコメントし、ウディとの関係が自身が成人してから始まったものであり、純愛であると主張していたスン・イー。

 以来沈黙を守ってきた彼女が、今回インタビューに応じることに決めた背景には、ディランと同様に自身も未成年の頃からウディによる性的虐待を受けていたのではないかとの疑念が、世間の多くの人々がディラン側の主張を信じる後押しをしていると感じたからだという。

 さらにミアの虐待行為を明るみにすることで、ミアの知られざる人間性を浮き彫りにし、彼女ならば自身とウディへの復讐のためにディランをけしかけるという行為に及びかねないという心象を世間に与えるためだと考えられている。


被害告発のディランが反論

 このスン・イーの一連の発言に対し、ディランと彼女の主張を支持するウディとミアの実子ローナンが反論。

画像: ディラン・ファローとその弟のローナン・ファロー。

ディラン・ファローとその弟のローナン・ファロー。

 ディランはスン・イーのインタビューでの発言を引用してこうコメント。

「母のおかげで私は母が創り出した愛に溢れた素晴らしい家庭で育ちました。メディアとウディ・アレンの味方をする人々にメッセージがあります。誰も私が『被害者であると触れ回って』などいません。私は1人の大人の女性として20年以上に渡って変わることのない証拠に基づいた真実を主張し続けているのです」

 ローナンはウディに対して有利となる記事を掲載したニューヨーク・マガジンをこう批判した。

「弟であり息子として、ニューヨーク・マガジン(※※)がウディ・アレンの長年の支持者で友人である人物によって書かれた記事を掲載したことに怒りを感じています。私自身、いちジャーナリストとして、事実への配慮を欠き、記事の意図と反する目撃者の証言を排除し、(スン・イーの主張に対する)姉からの返答を含まない記事の内容にショックを受けています」

※※スン・イーのインタビューが掲載されたヴァルチャーはニューヨーク・マガジンの傘下。記事の執筆者はウディのファンであり長年の友人であるライターのダフネ・マーキン。


ウディ本人の主張

 ウディはディランの再告発を受け、「(ディラン側の主張に関しては)もう25年も前に既にしっかりと調査がなされ、告発は真実ではないと結論付けられたこと。僕にとっては過去のことで、僕はその後の人生を歩むことに決めた」、「今になって疑惑が再燃し、僕が非難されているのは最悪なことだ。家族と子供がいる僕の身としてはもちろん不穏な出来事だ」などとアルゼンチンのテレビ番組『ペリオディスモ・パラ・トドス』で発言。

画像: 米ヴァルチャーでのスン・イーのインタビューが公開された翌日、ニューヨークにある自宅から出てきたウディ。

米ヴァルチャーでのスン・イーのインタビューが公開された翌日、ニューヨークにある自宅から出てきたウディ。

 自身は「Me Too」運動の賛同者だと語り、「罪のない女性や男性に嫌がらせをしている人を見つけたら、彼らの悪行を人目にさらすのはいいことだと感じている」としたうえで、「何十人何百人という女性からセクハラ被害で告発されている人物と、元はと言えば親権裁判が発端でたった1人の女性から無実と証明された案件で告発されている自分を一緒にしないでほしい」と主張。

 50年以上に渡り映画制作の現場で指揮を取りながらも出演者やスタッフとの間に何のセクハラトラブルもなかったことを例に挙げ、「私こそがMe Tooの象徴となるべきだと考えている」とコメントして一部からひんしゅくを買った。

 双方の主張が真っ向から対立しているウディとディランを巡る性的虐待疑惑。2人の間に何があったのか、それとも無かったのかを知るのは本人たちのみだが、真実が明るみになる日は来るのだろうか? (フロントロウ編集部)

※この記事は公開後に「性的虐待のいきさつ」の項目を加筆しました。

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