ブラックパンサーことチャドウィック・ボーズマンは、そのキャリアをかけて、黒人の描かれ方と真摯に向き合ってきた。彼が成し遂げた功績とは。(フロントロウ編集部)

黒人の“描かれ方”に向き合ったチャドウィック・ボーズマン

 映画『42 〜世界を変えた男〜』や『マーシャル 法廷を変えた男』、そして『ブラックパンサー』…。俳優として多くの影響を与えたチャドウィック・ボーズマンが、先日8月28日、大腸ガンのため43歳で逝去した。

 黒人ヒーローを描いた『ブラックパンサー』での活躍が記憶に新しいけれど、彼はそのキャリアを通じて、映像の内側から“黒人の描かれ方”と闘い、新たな道を切り開いてきた。それは、彼がキャリアを積んでからでなく、キャリアの当初から行なってきたことだった。

画像: 黒人の“描かれ方”に向き合ったチャドウィック・ボーズマン

意見を言ってドラマをクビに

 チャドウィックは2018年に、自身の出身校であるハワード大学で卒業生に向けてスピーチを行なった。そこで彼は、キャリアの初期に1つのドラマに合格したと明かした。出演料もかなり良かったそうだけれど、台本を受け取った彼は、葛藤を抱えることになる。

 「その役は、完全にステレオタイプというわけではなかったかもしれない。気の荒い若い男性が、ギャングに入り込んでいくというものだった。それは誰かの本当の話だろう」と話したチャドウィックだけれど、「黒人に対する推測で作り上げられたように見えたから、葛藤した」と、当時の率直な気持ちを話す。2エピソードを撮影した後、上層部から出演を伸ばしたいと打診されたチャドウィックは、その際に何かあれば話してほしいと言われ、演じていたキャラクターのバックグラウンドを教えてほしいと質問したという。

 その時の彼らの答えは、もちろんキャラクターの父親は家を出て行って、もちろん母親はヘロインをやっているというものだったという。チャドウィックはその答えに疑問を持ったものの、上層部は彼に、脚本家と連絡が取れるよう手配することをオファーし、チャドウィックも快諾。しかしその翌日に、彼はドラマをクビになった。

画像: 意見を言ってドラマをクビに

 彼は、当時の行動がプロデューサー達の意識に影響して、次に起用された黒人俳優にステレオタイプが少ないキャラクターを用意することに繋がったのではないかと話したものの、苦い思いをにじませる。さらに彼は、もっと違うやり方があったのではないかと悩んだこと、お金がない生活に陥ったこと、意見を言ったことによって自分は難しい俳優だと思われ、エージェントから次の仕事を得るには時間がかかると言われたことなどを、明かした。

「仕事を失う前と同じように葛藤して、権力に対して真実の声をあげることは必要だと固い意志を持っていたけど、この出来事が起こった後は、より葛藤を抱えた」

 差別を受けている側が差別と闘うことは、映画のように2時間で終わる簡単な話ではない。チャドウィックのように、批判するわけでもなく、少し意見を言っただけでクビになることがある。そしてその行動によって、声をあげることがさらに困難になることも多い。自分を責めてしまうこともある。しかし、チャドウィックが貫いてきた、そういった痛みをともなう行動はその後の世界を変えていく。


『ブラックパンサー』における英語のアクセント

 その後も俳優としての活動を続けたチャドウィックは、彼の代名詞となるような出演作に出会うまでは時間がかかった。世間に知られていないだけで、その間も様々な葛藤や闘いがあったと思われるが、2013年に、彼が37歳の時に公開された映画『42 〜世界を変えた男〜』が大ヒット。2014年には『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』が公開され、そして2016年に、ついにMCU映画『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』にティ・チャラ/ブラックパンサーが登場する。

 チャドウィックはアメリカ出身だけれど、ティ・チャラが話す英語にはアフリカのアクセントがあり、またコサ語を話すシーンもある。2018年に公開された『ブラックパンサー』は、白人と対をなす黒人というカタチでなく、黒人の黒人による新しいカタチの世界観を構築したことで、非常に高い評価を得た。そんな作品で話された英語のアクセントには、チャドウィックの深い思いが込められている。

「私にとって、ワカンダは征服されたことのない場所だ。だから彼には話してほしくなかった…、つまり、ある時期には制作陣は彼にヨーロッパのアクセントかアメリカのアクセントがあると考えていたんだ。私は、それは良くないと言ったよ。もしそうしてしまったら、彼らは植民地とされていたと言っていることになるからね。キャラクターにそれ(アフリカのアクセント)があるようにというのは、私がきちんとやりたかったことだね」

 彼によると、主にコサ語がベースとなっているけれど、その他にもケニアやエチオピア、シエラレオネなど、チャドウィックの先祖の母国である国の人々のリサーチもしたという。また、オコエを演じたダナイ・グリラはジンバブエに、ナキアを演じたルピタ・ニョンゴはケニアに住んでいたため、チャドウィックは米Los Angeles Timesのインタビューで、「彼女達の話を聞いて、彼女達のすることを聞いて、創作を続ける。これはフィクションだけれど、現実的にしたいから」と話している。


次世代のすべての子供達に

 実際、『ブラックパンサー』には、どんな影響力があったのだろうか? それまで、白人の男性ヒーローばかりだったハリウッド。つまりその視聴者である黒人の子供達は、自分と同じようなヒーローを見つけることが難しかった。黒人が多い地域であるアメリカのアトランタにある学校The Ron Clark Academyが、学校の遠足で『ブラックパンサー』を見に行くことを決定し、子供達が大喜びしている動画を見れば、この作品がどれだけ意味のあるものなのか分かる。

 しかし本作の功績は、白人コミュニティに対しても大きい。子供を持つある白人男性は、オンラインプラットフォームのMediumで、ハロウィンでブラックパンサーの衣装が着たいと子供に言われた時の出来事を綴る。彼は、白人である子供がブラックパンサーの衣装を着ることは文化の盗用ではないかと悩んだそうだけれど、子供の話を聞くうちに、子供はブラックパンサーをただかっこいいと思っているのではなく、彼を知的で強く、おもしろいヒーローのシンボルとして見ていると理解したという。

「息子が黒人のスーパーヒーローを尊敬しているのだと分かりました。私達の世代の白人の子供達が絶対にしなかったことです」

 さらに、チャドウィックが人種問題を取り扱った様々な映画にも出ていることで、ブラックパンサーに憧れる白人の子供に、彼のそういった作品の話もすることが出来たという。

画像: 映画『42 〜世界を変えた男〜』より。ⓒLEGENDARY PICTURES / Album/Newscom

映画『42 〜世界を変えた男〜』より。ⓒLEGENDARY PICTURES / Album/Newscom

 ヒーローもそのライバルも黒人、若者も年配者も、女性も男性も、様々な性格のキャラクターが黒人によって演じられた『ブラックパンサー』について、ジャーナリストのジャミル・スミス氏もこう綴る。

「白人でない私たちは、メディアや公共物の中に自分たちを表現しているものを見つけることに日々苦労しているだけでなく、私たちの人柄は様々だという表現を見つけるのにも困難を感じています。スクリーンの中のキャラクターたちが自分たちに似ていることは、私たちが、自分たちの存在は認識されていて、理解されていると感じるためだけでなく、私たちを見て理解する必要がある他の人々にとっても不可欠なことです。もしそれが起きないのであれば、私達はみんな、それをできないでしょう」


チャドウィック・ボーズマンの思い

 キャリアの当初から黒人の描かれ方に疑問を持って取り組み、そのキャリアに困難が生まれようと、心に宿る意志の情熱を絶やさなかったチャドウィック。その人生は決して簡単なものではなかっただろう。しかし彼の意志が社会に与えた影響は、今後も長きにわたって影響を与え続ける。2019年のSAGアワード(全米映画俳優組合賞)で、他のキャストとともにステージ上に立ってスピーチをしたチャドウィックは、こう語っている。

画像1: チャドウィック・ボーズマンの思い

「これは業界を変えたか?業界がどう動くか、どう僕達を見るかを本当に変えたか?それに対する私の答えは、若く、才能があり、黒人であれ。(※)

君が活躍する場はないと言われることがどんなことか、私達はみんな知っています。君が若く、才能があり、そして黒人であっても。私達はみんな知っています。君が映る画面はない、君が活躍する舞台はないと言われることがどんなことか。私達はみんな知っています。尻尾でいて、頭になれないことかどんなことか。私達はみんな知っています。下にいて、上に行けないことがどんなことか。そしてそれこそが、毎日私達が仕事で行く時に抱えていたこと。

アワードの時期に私達は出ることがあるのか、映画が数十億ドルを作り出すのかなんていうことは分からなかった。でも、私達は世界に届けたい特別なものを持っていることは知っていた。自分達が演じる役柄でちゃんと人間でいられて、自分達が見たかった世界を表した世界を作れると」
 ※1969年に、シンガーのニーナ・シモンが発表した楽曲「To Be Young, Gifted And Black」からの引用。黒人賛歌の楽曲。

画像2: チャドウィック・ボーズマンの思い

(フロントロウ編集部)

This article is a sponsored article by
''.