映画『ライトスタッフ』や、ディズニープラスで配信が開始されたドラマ『マーキュリー・セブン』で描かれた7名の男性宇宙飛行士のマーキュリー・セブン。しかしその影に、差別と闘った13名の女性宇宙飛行士マーキュリー13がいた。(フロントロウ編集部)

13名の女性宇宙飛行士

 第二次世界大戦後に、ソビエト連邦に対抗してアメリカが計画した有人宇宙飛行計画のマーキュリー計画。1958年から1963年にかけて実施されたこの計画では、マーキュリー・セブンという7名の男性宇宙飛行士が選ばれたけれど、その影に、男性達と同様のテストをパスしていた13名の女性がいたことを知っているだろうか。

マーキュリー13

 今ではそう呼ばれる女性達は、女性に生まれたことだけが理由で、宇宙への道を閉ざされた。


NASAの医学長が民間で女性宇宙飛行士を募集

 マーキュリー・セブンを選ぶためのテストを作った軍医でありNASA宇宙医学のトップであったランドルフ・ラブレース2世博士は女性宇宙飛行士グループが必要だと早くから考えており、アメリカにおける女性パイロットのパイオニアであるジャクリーン・コクランと、その夫で富豪のフロイド・オドラムの支援を受けて、1960年にNASAとは関係なく民間で女性宇宙飛行士を募集した。 

 アメリカでは、第二次世界大戦中にWASPと呼ばれる空軍支援の女性パイロット隊が形成され、1,000人を超える女性が活躍しており、その多くは戦後も自由を手放し家庭に入ることはなかったと、マーキュリー13の1人であるサラ・ゴアリックはNetflixドキュメンタリー『マーキュリー13』のなかで語る。ただただ空を飛ぶことが好きで好きでたまらなかったというリー・ウォルトマンは、「人々は(飛行機で)飛ぶことを女性のものとはまったく思っていなかったけど、でも私のほうが詳しいし、好きで飛んだ」と、その情熱を口にした。

画像: 博士にわざわざ声をかけられたほど優秀で有名だった女性パイロットのジェラルディン・コブ。

博士にわざわざ声をかけられたほど優秀で有名だった女性パイロットのジェラルディン・コブ。

 そんな元WASPの女性パイロットからの志願や、界隈で有名だった女性パイロットに博士が自ら声をかけ、25名が3段階のテストを受けることに。ジーン・ノラ・スタンバウは、テストを受けるために仕事を辞めた。第2テストまでが順調に進み、13名が合格。博士の娘であるジャッキー・ラブレース・ジョンソンは『マーキュリー13』のなかで、テスト結果は女性達のほうが優れていたと発言している。マーキュリー13のなかには、8人の子供を持つジェーン・B・ハートも含まれていた。

 女性パイロットのパイオニアであるジャクリーンもテストを受けたのだけれど、年齢のために不合格となった。

 そして、ついに13名全員が顔を合わせることになる第3テストが開催されることになり、航空券の手配などもすべて整っていた時に、事態は急展開を迎える。NASAがテストについてかぎつけたのだ。そしてNASAは、一方的にテストをキャンセル。博士は女性パイロットの成績も提出し、彼女達が優秀であることを証明したけれど、NASAはただこう言った。「女性の宇宙飛行士は必要ない。忘れろ」。マーキュリー13のサラは、「ひどく心が傷つくことでした。私は続けたかった。これを追求したかった」と話す。


女性差別と闘ったマーキュリー13

 この件を受けて、1962年に、マーキュリー13のうちのジェラルディン・コブとジェーンが、上院委員会に女性宇宙飛行士を認めるよう訴え出た。その際に2人は、こう話している。

「宇宙空間の世界を、さも男性だけの社交場かのように男性のみに限定するとは、私には信じられません」

 男性宇宙飛行士が能力を示したものに、ジェット戦闘機のパイロットであることがあげられた。しかし当時、軍用機の操縦は法律で男性に限られていたため、社会が女性を差別した。社会構造そのものが差別的であるという問題は、現在でも残っている。物事の条件が一見ジェンダーに制限をかけていなくとも、それが作られた時に男性にしか配慮されていなければ、それは男性に有利なように発展する。また、ジェーンが、8人の子供を育てながらもパイロットとしての十分な経験があると強調したことも印象に残る。男性であれば、まずもってそういった能力の証明は必要とされない。

画像: マーキュリー・セブン(1959年に撮影)

マーキュリー・セブン(1959年に撮影)

 公聴会ではマーキュリー・セブンのジョン・グレンが、「男性たちは戦場で飛行機を操縦し、宇宙船の設計や製造検証に手を貸しました。女性の無関与こそ我々の社会秩序の事実です」「女性が男性よりも優秀だと証明できるなら我々は快く歓迎しましょう」と発言しているけれど、この発言はそういった構造的差別をまったく無視している。そしてまず、テスト結果は女性のほうが優秀だったという事実も無視されている。また、マーキュリー計画で重要な役割を担い歴史に名を刻んだエンジニアとして、黒人差別にも女性差別にも打ち勝つほど優秀だったキャサリン・ゴーブル・ジョンソン、ドロシー・ヴォーン、メアリー・ジャクソンがいるため、女性が「設計や製造検証」に手を貸していないという発言そのものが間違っている。

 そんななか、ジェラルディンとジェーンの希望となったのが、ジャクリーン。女性パイロットのパイオニアであり、女性宇宙飛行士の実現を支援していたジャクリーンは、夫であるフロイドの会社がジェット機を生産していたため、彼女はジェット機を何度も運転し、女性の能力は男性に劣らないことを証明していた。しかしこの期待は、見事に打ち砕かれる。軍と仕事をすることの多かったジャクリーンは彼らの説得を信じてしまい、公聴会において、宇宙飛行士には男性が選ばれるべきだと発言。博士の娘であるジャッキーは、ジャクリーンはフェミニストではなく、自分が第一という性格だったと分析する。女性自身が女性の権利を擁護しないこともあること、女性が女性同士の分断に利用されることなどは、2020年現在でも問題になっている。

 ジャクリーンは年齢によりテストは不合格となっていたが、もし自身がマーキュリー13に選ばれていたら真逆のコメントをしていただろうという予想は、関係者の多くがしていること。また、晩年は公聴会での発言を後悔し、恥じていたという。

画像: ジャクリーン・コクラン(1962年に撮影)

ジャクリーン・コクラン(1962年に撮影)


マーキュリー13が残したもの

 マーキュリー13は宇宙への道を閉ざされた。彼女達は進み始めていた夢を諦めるしかなかったけれど、その後の歴史を変えた。

 ジェーンは、そのあり余る怒りを胸に、フェミニズム団体のNOW(National Organization for Women)の創設者として名を連ねることとなる。そしてマーキュリー13の多くのメンバー達は、若者を育てる立場となった。

画像: マーキュリー13のうちの1人であるジェリ・スローン(1998年に撮影)

マーキュリー13のうちの1人であるジェリ・スローン(1998年に撮影)

 マーキュリー13が夢を絶たれた35年後の1995年に、アイリーン・コリンズが、アメリカで初めてスペースシャトルの女性パイロットとなる。マーキュリー13や、差別と闘って道を切り開いてきた上の世代の女性達への感謝をたびたび口にしていた彼女は、打ち上げの際に、マーキュリー13を招待。そして打ち上げ直前のスピーチでは、真っ先にマーキュリー13の名を呼び、立ち上がったマーキュリー13達へ拍手が送られた。「彼女達なしに私はここにいません」。アイリーンが飛び立った時のことを、ジーンは『マーキュリー13』のなかでこう振り返る。

「彼女の出発を見守ることは、私達にとって大きな意味があった。“彼女が操縦席にいる”。そう思うと嬉しくて仕方がない。救われた気持ち。苦労はムダじゃなかった。女性にもできると皆が思い始めた」

 しかし彼女達は宇宙に行けなかった。現在に繋がったとはいえ、彼女達自身は宇宙に行けなかった。この事実は変わらない。マーキュリー13のウォリー・ファンクが79歳の時に語った言葉は、いまだに、手が届くはずだった宇宙への思いに溢れている。

画像: ウォリー・ファンク(1998年に撮影)

ウォリー・ファンク(1998年に撮影)

「星に囲まれて浮かぶのが、私の目標」

「宇宙を夢見てる。あの上に行きたい。それは自分の一部だから。どうやってあそこへ上がっていく?想像しなくてはいけない。自分はジェット機ではない。自分は人間ではない。自分は、上がっていく魂なんだ」

「月を歩けたら楽しかっただろうね。アメリカ国旗を月の表面に立てられたら、とても楽しかったと思う。そして敬礼をして。少しの石を拾って、その石は今ではすごく価値のあるものになっていただろう。そしてしなくてはいけない任務を遂行する。私はそれをすごく楽しんだだろう。私はその上を歩けたはず。それをキックすることだって。砂埃を起こすこともできたはずだね。だって、あの男性達はやったんだから。彼らが出来たことならなんだって私にも出来た」

 以下が、現在NASAをはじめ世界中の宇宙開発機関で活躍する女性たちの道を切り開いた13名の女性の名前。

【マーキュリー13 】
ジェラルディン・コブ
ジェーン・B・ハート
ウォリー・ファンク
サラ・ゴアリック
ジーン・ノラ・スタンバウ
リー・ウォルトマン
ジャネット・ディートリヒ
アイリーン・レバートン
ジーン・ヒクソン
バーニス・ステッドマン
マリオン・ディートリヒ
マートル・ケーグル
ジェリ・スローン

(フロントロウ編集部)

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