Photo:ゲッティイメージズ,スプラッシュ/アフロ,ニュースコム
ハリウッド作品のロケ地として人気だった米ジョージア州で「今後、撮影を行なわないようにしよう」とボイコットを促す声が高まっている。さらに、7月に予定されていたメジャーリーグの球宴もジョージアから開催地が変更に。
各界から急にそっぽを向かれるようになってしまった理由って? 発端となった“マイノリティにとって不利な法律”やボイコットがもたらす副作用を解説。(フロントロウ編集部)

ウィル・スミス主演映画がジョージア州での撮影計画を白紙に

 俳優のウィル・スミスが主演する注目映画『Emancipation(エマンシペーション)』が、6月から開始する予定だった米ジョージア州での撮影取りやめ、ロケ地を変更することを発表。

 これは、同州で新たに可決された投票制限法に反対するもので、ウィルと同作の監督を務めるアントワーン・フークアは、米Deadlineへの連名の声明を通じて「アメリカという国家がようやく歴史と折り合いをつけ、制度化された人種差別の痕跡を消し去り、人種間における真の平等を実現しようとしているこの瞬間において、私たちは、道義上、有権者たちのアクセスを制限するために作られた後退的な投票法を成立させた政府を経済的な支援を提供することはできません」とコメント。

 「ジョージア州の新たな投票法は、レコンストラクション(南北戦争後の南部の合衆国への再統合期)の終盤に可決された、多くのアメリカ国民の投票を妨害する各種法律を想起させるものです。遺憾ながら、私たちは映画の制作地をジョージアから別の州に移動せざるを得ないと感じています」と続けた。

画像: 左:ウィル・スミス、右:アントワーン・フークア監督

左:ウィル・スミス、右:アントワーン・フークア監督


マイノリティの政治参加を脅かす投票制限法

 ジョージア州の投票制限法は、「選挙の不正を防ぐ」ことを名目として共和党が提示した数々の法案の1つ。

 ドナルド・トランプ前大統領を擁した共和党は、2020年の大統領選挙でジョー・バイデン大統領率いる民主党に敗北。勝敗を分ける決め手となったのは、民主党支持者が多く利用した郵便投票や期日前投票だったが、共和党は、これらの投票に不正があったと主張。制度を細かく制限し、圧力をかけることで使いづらくするための法案を各地の州議会に提出している。

画像1: マイノリティの政治参加を脅かす投票制限法

 3月25日にジョージア州で可決された法律では、投函箱の設置数を減らすとともに、有権者が不在者投票の用紙を請求する際に運転免許証や州民登録証など顔写真付きの公的身分証(ID)を提示することが義務付けられた。

 一見、問題が無いように聞こえるが、黒人を主とするジョージア州の低所得者層は車や運転免許を所有しておらず、IDの交付には費用がかさむ。人権団体や選挙活動家たちは、この投票制限法がマイノリティや貧困層に対して不利にはたらくことを見越したうえで提案されたものであり、とくに黒人有権者の政治参加の権利を脅か恐れがあると危惧している。

 さらに、ボランティアに対し、投票所に行列する有権者に「水や食べ物を提供してはならない」と規制することで、遠方からやってくる投票者や障がい者、高齢者を選挙に参加しづらくさせる狙いもあるといわれるジョージア州の新法について、バイデン大統領も「人種差別的でアメリカらしくない」と厳しく批判している。

画像2: マイノリティの政治参加を脅かす投票制限法

ハリウッド作品に人気のロケ地だったジョージア

 ジョージア州は、映画やテレビの撮影を誘致するために税制面での優遇措置をもうけており、ハリウッド作品にとって欠かせないロケ地として親しまれてきた。

 近年では、映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』や映画『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』、ドラマ『ワンダヴィジョン』といったマーベル作品や、メガヒットドラマ『ウォーキング・デッド』、Netflixのオリジナルシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』といった人気作の数々の撮影も行なわれ、英BBCによると、ジョージア州は映画・テレビ産業から日本円にして年間1兆円以上もの利益を得ているという。

画像: ※イメージ画像

※イメージ画像

 ウィルが主演する『エマンシペーション』は、1800年代の南部ルイジアナ州を舞台に奴隷としての過酷な生活から命からがら逃げだしたピーター(別名ゴードン)というアフリカ系アメリカ人男性の実話をもとにしたアクションスリラー。

 1863年に公開された、農場主からムチで打たれ続けた痛々しい傷跡が残るピーターの背中の写真は奴隷制度廃止論を後押ししたほか、奴隷制度というアメリカの悪しき歴史を忘れてはいけないという戒めとして現在でもさまざまな文献に掲載されている。

画像: © Pictures From History/Newscom

© Pictures From History/Newscom

 ウィルとフークア監督は、人種差別をテーマにした作品の撮影を、まるで人種差別を容認するかのような法律を可決した州で行なうわけにはいかないと、ジョージアからの撮影撤退を決断したよう。


各界に広がるボイコット

 映画・ドラマ界では今回の新法可決を受けて、同州のロケ地利用をボイコットしようという声が高まっており、『エマンシペーション』は実際に撮影を撤退した初めての作品となった。

 映画『LOGAN/ ローガン』や『フォードvsフェラーリ』などで知られ、現在制作が進められている『インディ・ジョーンズ』第5作目のメガホンをとるジェームズ・マンゴールド監督は「僕はジョージアでは映画を監督しない」ときっぱりと明言。「ジョージアは金を使って人々に投票を許すほかの州から映画の仕事を奪っている。あそこではもうやりたくない」などと続けた。

 映画『スター・ウォーズ』シリーズの俳優マーク・ハミルはマンゴールド監督のツイートに「#NoMoreFilmingInGeogia(ジョージアでの映画撮影はもうやめ)」というハッシュタグを使って賛同した。

画像: 左:ジェームズ・マンゴールド監督、右:マーク・ハミル

左:ジェームズ・マンゴールド監督、右:マーク・ハミル

 ジョージア州の投票制限法をめぐっては、ハリウッドだけでなく、球界や大手企業も次々と反対の姿勢を表明している。米メジャーリーグは、7月に同州アトランタで開催予定だったオールスターゲームをコロラド州デンバーへと移すことを発表。アップル社や、州内に本拠地を置くコカ・コーラ社やデルタ航空といった大手企業も州政府に対して不信感をあらわにしている。


結局マイナスを被るのは弱い立場の人々?

 各界でボイコットを叫ぶ声が強まるなかで、映画撮影やスポーツイベントといった大きな利益を生み出すビジネスが、今後こぞってジョージアを後にすることになってしまった場合、結局のところ、経済的な被害を被るのは地域の弱者なのではないかと不安視する人々もいる。

 『ウォーキング・デッド』の撮影現場で電気技師や照明担当として働くキット・フェイは、ジョージアのテレビ局GPBに「選挙権のはく奪により痛手を負った地元の労働者階級の人々は、外部からのボイコットにより、さらに傷めつけられることになるでしょう」とコメント。

 州内でインディペンデント映画制作会社を営むジョン・ドレイカルは「ボイコットは良いアイディアだとは思えません。ジョージア州内で映画業界で働いている人たちは、安定した給与をもらっているわけではありません。映画がジョージアで制作されなければ、彼らは収入が得られないんです」と話している。(フロントロウ編集部)

This article is a sponsored article by
''.