今、ジェンダーをめぐる議論の中で「気候変動」がキーワードになっている。気候変動の規模が拡大するなか、ジェンダーはそこにどう関係しているのか? 過去の災害では、なぜ女性の方が被害が大きかったのか? ジェンダー平等と女性のエンパワメントのために活動する国連ウィメン日本協会の田中由美子理事にフロントロウ編集部がインタビュー。“ジェンダーの視点”から気候変動・災害対策をすることの重要性について考える。後半では、日本のジェンダー事情についても語ってもらった。

田中由美子さん
国連ウィメン日本協会理事。国連ESCAPにおいてアジア・太平洋地域の「ジェンダーと開発」に従事。その後国際協力機構(JICA)でアジアやアフリカの女性の経済的エンパワメント、人身取引対策、災害リスク削減とジェンダーなどのプロジェクトを企画・実施。現在は大学で国際協力論やジェンダー論の教鞭をとる。男女共同参画と災害・復興ネットワーク副代表、国連女性の地位委員会の日本代表も務める。

「気候変動とジェンダー」は21世紀のキーワード

 ジェンダー平等のシーンで「気候変動」が大きなテーマになっている。

画像1: 「気候変動とジェンダー」は21世紀のキーワード

 国際女性デーや国連女性の地位委員会など、2022年はジェンダーに関するイベントで“気候変動と災害”がテーマとして掲げられている。気候変動は21世紀の最大課題のひとつだが、それとジェンダーはどう関係しているのか?

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男性より女性の方が「気候変動の影響」を受けやすい

 気候変動は全員の生活に影響するが、国連の発表からも、女性の方が男性よりも気候変動の影響を受けやすいことが分かっている。

画像: 男性より女性の方が「気候変動の影響」を受けやすい

 例えば、世界の貧しいコミュニティでは、水・食料・暖房用の燃料などの調達が女性の役割であることが多い。気候変動の影響でこういったものの入手に前より時間がかかるようになると、女性が収入を得る機会やスキルアップをする機会が減り、経済的自立や政治参加が遠のくという影響がある。さらに、気候変動のせいで農業や畜産業などで収入を得るためにより多くの時間がかかるようになると、人出不足を補うために女の子が学校に通わずに家の仕事を手伝わされるという問題も出てくる。

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田中理事:例えばサブサハラ・アフリカなどの国では、温暖化が進むと降雨量が少なくなったり、干ばつがおきたり砂漠化が進んでしまいます。そうすると、今まで近くの森で手に入っていた薪(たきぎ)や食料、森から取れる薬草などが手に入らなくなり、遠方まで行かなくてはいけなくなるのです。飲み水も同じで、気候変動の影響でだんだん近くで汚れた水しか手に入らなくなり、遠くまで水を汲みにいかなくてはいけません。そうすると女の子が家事などを手伝わされるようになり、学校に行けなくなる、といった影響が出てきます。

 ほかにも、意思決定やオペレーションの場への参加が限られているため気候変動に立ち向かうためのサービスやツールにアクセスしにくい、育児責任やジェンダーロールのため自由にほかの場所に移動したり働いたりすることができない、妊娠・授乳中の栄養確保や健康維持がより困難になるなど、社会的・文化的・政治的なさまざまな理由から、気候変動は男性よりも女性により影響すると言われている。

自然災害での死者数は、なぜ女性の方が多い?

 これまでの自然災害を振り返ると、女性の死亡率が男性より高いケースが多く確認されている。さらに被災後には、女性特有の問題も多く起こる。

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※資料:JICA『ジェンダーと多様性の視点に立った防災・減災・復興』、IUCN『Disaster and gender statistics

 ジェンダー固有の被害やニーズに対応するためにも、ジェンダーごとのデータを収集・分析すること、意思決定の場に女性リーダーを増やして防災計画に女性の視点を入れること、法整備をして地域や団体のステークホルダーを動かすことなどが求められている。世界中でこういった活動を支援している国連ウィメン日本協会の田中理事いわく、様々な地域で女性たちがリーダーとなってコミュニティ防災を行なっていることで変化が見られているという。

田中理事:色々な地域で女性がリーダーシップを取って防災委員会やグループのメンバーになる動きが増えてきています。1991年のサイクロン被害でたくさんの女性が亡くなってしまったバングラデシュでは、その後、たくさんの女性防災グループが作られました。その結果、女性が男性の4~5倍も亡くなることはもうなくなってきていますし、シェルターもたくさんできてきていて、防災情報やアーリーウォーニング(早期警報)の仕組みも出来てきている。避難訓練もやるようになってきていて、もちろんまだまだ十分ではないところはありますが、前よりすごく進んできています。

日本の女性たちによるコミュニティ防災、伝わらない教訓

 日本でも1995年の阪神・淡路大震災のときに、“避難所に仕切りがないため着替えや授乳中のプライバシーがない”、“オペレーションが男性主導だから下着が手に入らない”、“性暴力を受けた”、“性被害を訴えたら逆に批判された”など、女性たちが多くの問題に直面。そんな経験を経て、日本でも女性主導のコミュニティ防災活動が多数登場。女性視点で防災グッズを作ったり、防災プログラムを計画したりと、ジェンダーの視点から防災計画に取り組む動きが出てきた。

画像: 日本の女性たちによるコミュニティ防災、伝わらない教訓

 しかし一方で、そういった過去の教訓を次の世代に伝えるのが難しいというハードルもある。

田中理事:東日本大震災の反省としては、阪神・淡路大震災のときの教訓がまったく伝わってなかったということです。神戸のとき、女性たちはすごく大変な思いをしました。その情報を一生懸命伝えたつもりが伝わっておらず、東日本大震災では皆さん同じようにすごく苦労してしまった。

 では、そこが伝わらない原因はどこにあるのか? ひとつに、震災報道に美談を求めがちなメディアの姿勢には変化が必要のよう。

田中理事:メディアはやはり美談を欲しがる傾向にあり、被災した女性がセクハラに遭った、性被害に遭ったという内容は報道したがらない。さらに、災害の被害にあった“可哀そうな女性たち”を外部の支援者が助けているというイメージで伝える方が視聴者に受け入れられると思って、地域の女性が実際にリーダーとして活躍している部分はなかなか報じられないという点があると思います。

 日本各地の女性リーダーたちによるコミュニティ防災については、田中理事がシニアアドバイザーを務めるJICA(国際協力機構)がまとめた動画『ジェンダーと多様性の視点に立った防災・減災・復興』にて詳しく知ることができるので、これまでの日本の女性たちのアクションをぜひ見てみてほしい。

私たちにできることは? 都会でもできるコミュニティ防災

 現代の日本において、女性たちはコミュニティ防災にどう関わっていけばいいのか? 意思決定ができる場に女性リーダーが増えることはもちろん重要だが、それ以外のより身近な場面で個々ができることはあるのだろうか? 地域の行事に参加する機会が少ない若い世代は、身近で助け合えるネットワークを作っておくと良いと田中理事は語る。

田中理事:若い独身女性と防災はすごく大きなテーマだと思います。私の教える学生さんで研究してる方がいるのですが、都市部に住んでいる若い女性は自宅が知られるといった治安面での不安から地域の防災活動に参加しにくい人が多いそうです。SNSでも情報は入るとは思いますが、地域の人と繋がっていないといざというときに助けてもらえなかったり、避難情報がわからなかったりする。自治会に参加するのはハードルが高いと思いますが、行きつけのカフェや飲み屋などで防災の緩やかなネットワークを若い人同士でつくっておくのは良いと思います。

画像: 私たちにできることは? 都会でもできるコミュニティ防災

 もちろん、それに加え、同じ地球に暮らす者として世界の女性たちの支援も忘れてはならない。国際的な女性への支援を行なうUN Womenのような団体に寄付をする、UN Womenがツイッターで発信している情報を拡散する、といった点でも協力していきたい。

日本と世界のジェンダー事情についてQ&A

 後半では、国連ウィメン日本協会理事や国連女性の地位委員会の日本代表としてグローバルに活動されている田中由美子さんに、日本や世界のジェンダー事情について聞いてみた。

日本は2021年のジェンダーギャップ指数で156ヵ国中120位という低水準で、なかでも政治・経済分野での女性の参画の低さ、管理職比率の低さが問題になりました。日本の女性がリーダーシップを育むことを阻んでいる理由はどこにあるのでしょう?

田中理事:内閣府の調査では、とくに日本の女子中高生は他国に比べて自己肯定感が低いという結果が出ています。その一因として、多様性を受け入れる土壌があまりないことがあると思います。痩せなくてはいけない、綺麗でなくてはいけない、こうでなくてはいけないという基準に縛られてしまっているのではないでしょうか。またある調査では、共学と女子高を比べると、女子高の方がリーダーシップが取りやすいという結果が出ています。女の子は男の子の目を気にしなくてはいけない、女の子らしくしていなくてはいけないというプレッシャーが外からも中からもかかり、ブレーキがかかってしまうのではないかと思っています。進路に関しても、親から、理系に行くな、女の子だったらこのくらいでいいといったことを言われてしまい、またブレーキがかかる。だから日本の女性がもっとそういうところを破っていけるような働きかけを、私達も、メディアも、さらに教育の現場でもしていかないといけないと思っています。

岩城淳子副理事長(同席者):国連ウィメン日本協会の理事で、元中学・高校の校長先生をしていた方がおっしゃるには、若い女性たちには自分たちの生き方があるものの、女の子だからとか、周りの障壁があって自分の希望どおり生きるのが難しいそうなのです。だからこそ日本の若い女性は、職場、教育現場、家庭、社会などで受けるジェンダー差別に対する憤りをエネルギーにして、自分の人生を歩めるようにキャリアを開拓形成してほしい。そして年上の世代はそれを支援すべきだと。必ずしも若い方に将来への希望や期待、こうしたいという気持ちがないわけではないということなのです。それが押し潰されないように、周囲も支援しながら、彼女たちのエネルギーで実現させて欲しいです。社会全体のことでもあるので急速には進まなくても、彼女たちの意思やエネルギーがとても大事で、人を動かすためにはやはり声を上げていくことは、その第一歩ではないかと思います。

日本ではSDGsが大きな注目を集めていますが、こういった社会の変化はジェンダー平等活動に変化を与えていますか?

田中理事:日本国内ではSDGsは環境問題が取り上げられがちですよね。でもSDGsは、17のゴール全部を達成してSDGsなんです。そして17すべてが関連しているわけです。貧困とジェンダーも関連していますし、教育と健康と飢餓など、すべて関連しています。あと例えば、ディーセントワーク(※)も入っていますよね。しかし日本の女性の非正規雇用の割合はすごく高く、賃金格差もひどく、それが女性の貧困や地位の低さに繋がっています。ですので、持続可能なエネルギーや企業の取り組みばかりでなく、そういうジェンダー面でのSDGsも取り上げて欲しいと思っています。

※ディーセントワーク:基本的な人権、健康、安全、環境を尊重し、生活ができるレベルの賃金を提供する仕事のこと。

ジェンダー問題において日本が西欧諸国に後れを取っている理由はどこにあると思われますか?

田中理事:これはすごく難しい質問ですが、ひとつ、女性だけで議論し続けるのではなく、男性をもっと巻き込まないといけないと思っています。だからもっと身近な男性にジェンダーのいろいろな問題について語りかけて、一緒に変わっていかないといけないのではないかという気がしています。

女性のための法整備に関して、反発が強い国と弱い国の違いはどこにありますか?

田中理事:国連の女性の地位委員会(CSW)という会合のために、毎年3月に2週間ニューヨークに行っているんですね。UN Womenがその会合の事務局になっていて、世界の加盟国の代表と市民グループなど5000人以上が集まり、毎回異なるテーマでジェンダーについて議論するんです。そして2週目の最後に合意結論、アグリード・コンクルージョンズという文書を採択するんですけど、これがすごく揉めるんです。2週目の最後の方になると徹夜で議論するわけですが、やはりジェンダー平等に反対するのは保守的な国です。一番揉めるのは、女性の人工妊娠中絶の権利。多くの西欧諸国としては、女性の人権の問題なので合意結論に入れたいわけです。国の法律として保障されているわけですから。しかし保守的な国は強硬に反対します。あとファミリーの在り方についても揉めます。保守的な国にとっては両親がいて子どもがいるというのがファミリーですが、同性婚も法律でOKとされている西欧諸国にとってはファミリーには色々な形があります。でも同性愛を犯罪として罰している国からしたら、それはとんでもないことで、そこで意見が対立して、この言葉を削る、あの言葉を入れる、で揉めるわけです。そういう国はヒューマンライツという言葉にも反対しているので、それも議論の中で削られてしまう。なのでジェンダー平等や女性のための法律や対策をどんどん進めたいという国と、自分たちの価値観や古い慣習に固執したいという国があるので、そこですごく分かれてしまい、世界が一つになって前に進むのが難しいというのが現状です。

そういった交渉ではどちら側が折れることが多いのですか?

田中理事:議論は尽くしますが、どうしても合意できないときは、最後は、ここは譲るからここは残してほしい、という交渉になってしまいます。これは国連の他の会議で採択された言葉だからという裏付けがあれば反対はしにくいので、そういう議論を重ねて少しでも文書に組みこんでいくという地道な作業が必要になってくるんです。

そのなかで、日本はどのような立ち位置を取ることが多いですか?

田中理事:例えば、同性婚など先進的なことはあえて言わないですが、反対もしないという立場だと思います。多様なファミリーのあり方や人工妊娠中絶の権利もOKとはするのですが、一方で国内では、最近動きはありますが、経口避妊薬やアフターピルなどをずっと認めてきていない側面もあります。性と生殖に関する健康と権利(リプロダクティブ・ヘルス・ライツ)を認めるのであれば、しっかり国内でも取り組みをしていかなくてはいけないと思います。

女性であっても、女性に対して性差別的な考えを持ってしまう場合はあります。このような無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)や内面化した女性差別(インターナライズド・セクシズム)を減らすためには、何が重要だと思われますか?

田中理事:みなさんには、女性が闘ってきた歴史を知ってもらいたいと思っています。定年の年齢の男女差だったり、給与格差、職域分離(※男女で選べる仕事が異なる)などがあったなかで、今の女性の権利は、過去の女性たちが裁判や運動で闘って勝ち取ってきたものが多くあるのです。個人の能力が高いから今のポジションにいるということだけではなく、自分1人で達成してきたわけではない歴史的事実を認識する必要があると私は思います。また、政府は女性活躍促進と言ってエリート女性ばかり登用する傾向が強いですが、コロナ禍において最もインパクトを受けた女性はシングルマザーだということが分かりました。『99%のためのフェミニズム宣言』という本も出ていますが、そういう(エリート女性だけではない女性の)視点が重要だと思います。

田中理事が尊敬する女性はどなたでしょうか?

田中理事:いろいろな場面で闘っている世界中の多くの女性たちを尊敬しています。職場でいろいろな差別やセクハラなどの問題があったうえで、さらに裁判を起こして闘うのはものすごく大変なエネルギーだと思うんです。だからこそ、運動や裁判を起こして闘ってきた一般の女性を尊敬します。ルース・ベイダー・ギンズバーグ(※)のような偉人も素晴らしいですが、身近なところで日々闘っている人にはいつも頭が下がる思いがします。新宿や秋葉原で若い女性への支援活動をされているColabo(※)の方など、自分ごととして一生懸命頑張っている方たちを見て、いつもすごいなと感動しています。

認定NPO法人 国連ウィメン日本協会とは
国連ウィメン日本協会はUN Womenと承認協定を結び、UN Womenが世界で展開している活動を支援するために、日本で寄付、啓発活動を推進する特定非営利活動法人。UN Womenの理念や、世界の女性の現状・課題を社会に広報するとともに、募金、寄付を中心に資金活動を推進。世界の女性・少女が可能性をひらき、希望の未来を手にする社会の実現を目指し、UN Womenの活動を支援している。
公式サイト:https://www.unwomen-nc.jp
Facebook:[@unwomen.nc.jp]()

※ルース・ベイダー・ギンズバーグ:弁護士としては現代女性の権利に関わる判決を勝ち取り、女性として2人目の米最高裁判事となった人物。
※Colabo:家に帰りたくない、性被害にあったなど、10代女性がひとりで悩みを抱えなくて良いように支援活動をしている団体。

(フロントロウ編集部)

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