ケンドリック・ラマーが待望の新曲「The Heart Part 5」をリリース。ケンドリックが6人の黒人セレブに扮するミュージックビデオと共に公開したこの楽曲に込められた、彼が伝えたいメッセージを考察する。(フロントロウ編集部)

ケンドリック・ラマーが新曲「The Heart Part 5」をリリース

 2017年にリリースしたアルバム『ダム』で、全米で最も権威のある賞の1つであるピューリツァー賞の音楽部門をラッパーとして初めて受賞するなど、ラッパー/リリシストとして高い評価を得ているケンドリック・ラマーが、2018年にMCU映画『ブラックパンサー』のサウンドトラックに提供したシザとのコラボ曲「All The Stars」以来、自身の楽曲としては4年ぶりとなる待望の新曲「The Heart Part 5」をリリースした。

画像: ケンドリック・ラマーが新曲「The Heart Part 5」をリリース

 この曲は、2010年にリリースされた「The Heart」から続いている一連の楽曲の最新作となっていて、「The Heart」がついた楽曲としては、2017年3月に単発でリリースされたシングル「The Heart Part 4」以来の楽曲となっている。

ケンドリックが6人の黒人セレブに扮する「The Heart Part 5」のMVを紐解く

 「The Heart Part 5」はミュージックビデオと共に公開されたのだが、画像を合成するディープフェイクと呼ばれる手法を使ってケンドリックが6人の黒人セレブに扮するこのビデオが、意味深だとして大きな話題になっている。

 5月13日にリリースする通算5作目となるニューアルバム『Mr. Morale & The Big Steppers(ミスター・モラール&ザ・ビッグ・ステッパーズ)』で、「oklama」という新たなペルソナ=別人格に扮すると見られているケンドリックの新曲「The Heart Part 5」のMVの冒頭には、「I am. All of us. (私は。私たち全員)ーoklama」というメッセージが登場。

 このメッセージが象徴しているように、ケンドリックはこれまでの楽曲と同様、この曲でも自分が所属する黒人コミュニティが直面している現状をレプリゼンテーションしており、楽曲には「俺は俺たちのことをレプリゼンテーションしたい」というフレーズも登場する。この楽曲の主なテーマは、黒人が人種として置かれている不遇や、黒人同士が殺害し合うことが“カルチャー”となってしまっていることへの警鐘となっている。

 ビデオの中では、ケンドリッが歌詞とリンクするような6人の黒人セレブに扮して、黒人カルチャーが置かれている環境をラップしており、ここでは、ケンドリックがビデオの中で誰に扮しているかを紹介し、そこに込められた背景を考察する。

1人目:O・J・シンプソン

画像: 1人目:O・J・シンプソン

 ケンドリックは最初のヴァースを自分自身の姿で歌い上げた後で、O・J・シンプソンに扮している。元NFL選手であるO・J・シンプソンは、「O・J・シンプソン事件」として世界的に知られることとなった、元妻と友人の2人が殺害された殺人事件の容疑者となった人物。

 黒人の夫が白人の妻の殺害を疑われたこの事件は、1995年当時、白人は有罪を求め、黒人は無罪を求めるという、世論が人種で分断された事件として知られている。最終的にO・Jには無罪判決が出たが、2016年にWashington PostとABC Newsが共同で行なった調査では、白人の8割以上、黒人の6割以上が、彼は“間違いなく”または“多分”有罪だと思っていると答えた。

 ケンドリックはこのパートで、ジェイ・Zの代表曲「Izzo (H.O.V.A)」の歌詞を拝借して、「言ったろ、これは自分のカルチャーのためだって/防弾のレンジローバーに乗った黒人の姿をみんなに見せたいんだ」とラップしているのだが、ここでO・Jに扮したのは、O・Jがかつて、警察とカーチェイスを繰り広げたことがあったためと見られる。ケンドリックはここで、有罪判決が有力と見られていた中で、著名人だったO・Jに無罪判決が出されたことをオーディエンスに思い出させ、警察による差別がたびたび取り沙汰される一般の黒人たちと異なり、高い社会的地位を得ていた彼が有罪を免れたことを“防弾のレンジローバー”になぞらえ、風刺しているのではないかと思われる。

2人目:カニエ・ウェスト

画像: 2人目:カニエ・ウェスト

 続けて、ケンドリックはイェことカニエ・ウェストに変身し、「双極性障害の友人たち、盗んでやろうという輩にポケットを掴まれてる」と、双極性障害(躁うつ病)を患っているカニエについて、名声や富を得た彼は、常に周囲から付け入る隙がないかと狙われているとラップ。

 続けて、彼の精神疾患が世間からたびたび揶揄されてきたことに触れて、「固まってしまえば選択肢はない、常に攻撃的でいなきゃならないんだ」と、常に狙われているような状態にあるカニエには、攻撃的にならざるを得ない事情があるはずだと訴えている。

3人目:ジャシー・スモレット

画像: 3人目:ジャシー・スモレット

 ケンドックが扮する3人目は、俳優のジャシー・スモレット。フロントロウでもたびたびお伝えしてきたが、ドラマ『Empire 成功の代償』などで知られるジャシーは、ヘイトクライムを自作自演したとして有罪判決を受けた人物。動機は、同情を受ければドラマでもっとシーンが増やされると思ったからだと言われている。彼には約5ヶ月の実刑判決が出されたが、罪と刑の重さが合っていないとして、『Empire 成功の代償』で共演したタラジ・P・ヘンソンらが彼の釈放を求め、最終的には刑期が短縮された。

 ジャシーは、「遅くまで働き 仕事が欲しいと願い でも彼はペーパーワーク/それがカルチャーだ 指をさせば昇進できる/遠く離れた場所で証人保護プログラムを受けて 奴らはお前を確保している」というラップの後に登場するのだが、“ペーパーワーク”とは、アメリカの刑務所でタレコミをした人に使われるスラング。ケンドリックはここで、同情されることが“昇進”につながるカルチャーや、黒人でありLGBTQ+であるというアイデンティティを利用して“昇進”しようとしたジャシーの行動を批判し、その行動がコミュニティに与える実害を指摘しているのだと思われる。

4人目:ウィル・スミス

画像: 4人目:ウィル・スミス

 ケンドリックは、今年のアカデミー賞授賞式でクリス・ロックにビンタをお見舞いして騒動になった俳優ウィル・スミスに扮したパートで、黒人同士の暴力をカルチャーと呼ぶ風潮に苦言を呈している。

 「傷ついた人たちがまた誰かを傷つけることを繰り返すこの場所で/それをカルチャーと呼ばないでくれ」とケンドリックはラップしている。

5人目:コービー・ブライアント

画像: 5人目:コービー・ブライアント

 ケンドリックが5人目に扮しているのは、2020年に事故で亡くなった、元NBAのスター選手だった故コービー・ブライアント。ケンドリックは生前のコービーと親交があったことで知られ、2016年にコービーの引退試合が行なわれた際には、ケンドリックが記念ビデオに出演したほか、2020年にナイキ(Nike)がコービーの42歳の誕生日を記念して公開した動画で、ケンドリックがナレーションを務めた。

 このパートで歌われている歌詞と直接の関連はないと思われるが、ケンドリックは、コービーが亡くなってからは初の楽曲となったこの曲で、今は亡き友人にトリビュートを捧げている。

6人目:二プシー・ハッスル

画像: 6人目:二プシー・ハッスル

 ケンドリックが最後に扮するのは、2019年に射殺で亡くなった、親交のあったラッパーの故ニプシー・ハッスル。自身が所属するコミュニティのことを常に考え、子供たちの教育事業にも投資するなどしていたニプシーのレガシーを伝えることは、「The Heart Part 5」の大きなテーマの1つとなっていて、このパート以前にも、ケンドリックは「アルゼンチンで困惑に満ちた涙を拭う/隔たりがあるんだ、また1人仲間が殺された」と、かつてアルゼンチンで行なった公演でニプシーについて語ったことに触れるなどしている。

 楽曲の終盤は、ケンドリックがニプシーの立場からラップするという構成になっていて、天国にいるニプシーに扮したケンドリックは「あの朝、俺はみんなにもっと愛を分け与えたいと思いながら目覚めた/スピーカーから流れてくる俺の血とも言える音楽で、俺の存在を感じてくれ/ブラザーよ、子供たちよ、俺は天国にいる/母よ、シスターよ、俺は天国にいる/父よ、妻よ、マジなんだ、ここは天国」と、ニプシーが愛した人たちに愛を送っている。

 「俺の子供たちが俺のインタビューをすべて観られるようにしてくれ/どうかみんなは、俺たちが作り出した夢の中を生きてくれ」と、今は亡きニプシーの立場からラップするように、ケンドリックは、黒人が黒人を傷つけ合う“カルチャー”や、黒人たちが人種として置かれている現状を新しい世代で終わりにしてほしいとこの曲で繰り返し訴える。

 これまでの作品でも自身の出自を見事にリリックに反映して、自分たちのカルチャーの実情をラップで伝えてきたケンドリックだが、どうやら、5月13日にリリースする待望のニューアルバム『Mr. Morale & The Big Steppers』でもその姿勢はブレていないよう。これまで「The Heart」シリーズの楽曲がアルバムに収録されたことはないため、「The Heart Part 5」も例に漏れずアルバムに収録されないのではという見方が強いが、自身が6人の黒人セレブに扮したミュージックビデオと共に公開されたこの曲には、切実とも表現できるような、ケンドリックからの力強くもシリアスなメッセージが詰め込まれており、アルバムへの期待が高まる。(フロントロウ編集部)

This article is a sponsored article by
''.