女性を外見でランク付けするミス・ワールド世界大会に声をあげたフェミニスト達を描く『彼女たちの革命前夜』は、予想を裏切る内容。黒人女性として初めてミス・ワールドになったジェニファー・ホステンを演じるググ・バサ=ローの演技に注目。(フロントロウ編集部)

女性がみんな同じ世界を見られているわけではない

 1970年のミス・ワールド世界大会を舞台に、女性たちが男性からの一方的な外見のジャッジやランクづけに声をあげたプロテスト。女性解放運動の大きな波へと繋がった実際の出来事、そしてそれが起こるまでを描いた映画『彼女たちの革命前夜』は、キーラ・ナイトレイが主演を務めた。

画像1: 女性がみんな同じ世界を見られているわけではない

 女性へのルッキズムは、事件から52年が経った2022年でも深刻。だからこそ、本作はどれだけスカッとする映画なのかと期待している人は多いはず。しかし、じつは本作は単に痛快な作品ではない。

 本作は、教育レベルの高い女性、富裕層でない女性、男性社会に異議を唱えない女性、若い女性、年配の女性、そして白人女性、黒人女性といった女性間の視点の違いを巧みに描いている。

 なにが巧みかと言うと、女性間の違いの問題にスポットをあてているものの、物語が女性vs女性の対立構造に吸収されておらず、男性が権力を持つ社会のなかで、女性同士が対立“させられている”ことが理解できるようになっている。また、それぞれの女性たちが、その立場から行動を起こしてきたことが、現代にそれぞれにポジティブな影響を与えていることも伝わってくる。そのバランス感覚は秀逸。

 キーラが演じたのは、その後大学教授になるサリー・アレクサンダー。そして、メインキャラクターの1人であり、70年のミス・ワールドで黒人として初めて優勝したジェニファー・ホステンをググ・バサ=ローが演じた。ジェニファーは、大会を見ている黒人の少女たちのためにも、黒人女性の美が世界に認められることの重要性を理解していた。

画像2: 女性がみんな同じ世界を見られているわけではない

 米Refinery29のインタビューで当時を振り返った彼女が、「私たち(出場者)は全員が平等に関する問題を理解していましたから、彼女たち(サリーたち)には親近感がありました」としたうえで、サリーたちが発信していたメッセージが「文化的にすべての人に理解できるものではなかった」と指摘したことは、各国のフェミニズムが一部の女性を取り残してきたことを反省させる。

 ジェニファーの登場シーンは、サリーたちに比べると少ない。しかし、サリーが主人公である本作においては、バランスが取れていたと感じる。なので、ジェニファーが主人公の作品もぜひ制作されてほしい。

画像3: 女性がみんな同じ世界を見られているわけではない

なぜ現代はこんなにも50年前と変わっていないのか

 本作では人種間の問題のほかにも、サリーが、男性社会に迎合して社会問題を理解しない若い女性や、時代の変化を理解できない年配の母親と話し、議論がまったく進まないシーンもある。現代でも多くの女性が経験している状況には、心がギリギリとしてしまう。

 また、もちろん男性からの女性差別発言は当然ある。大学入学のための面接でサリーが結婚していると分かれば、面接官たちが彼女の“夫は良いと思っているのか”と確認したり、男性たちが女性の外見を採点して良いと思っていたり。

 日本でも、「女は、生きてるだけで、ミスコンに強制参加させられている。」という広告コピーが話題になったことがある。それが起こったのは、70年のミス・ユニバース世界大会から45年が経った2015年だ。

画像1: なぜ現代はこんなにも50年前と変わっていないのか

 主演を務めたキーラは、本作の脚本を読み、「フェミニズムの第2波に普通に完全に共感した」一方で、彼女のこれまでのキャリアで最もギャラが高かったのは高級ファッションブランドであるシャネルのモデルとしてであり、レッドカーペットを歩けばカメラに写真を撮られ、外見を採点されると話す。

 この現実を「現代で女性として生きるうえでの複雑さ」と説明した彼女は、「あなたの外見は、あなたが言わなければいけないことや、あなたが考えていることより重要だと。それが、私たちがいまだに生きている世界」と苦しさをにじませた。

画像2: なぜ現代はこんなにも50年前と変わっていないのか

 本作の原題は「Misbehavior」。日本語では無作法といった意味だが、今回は日本映画界では珍しく、邦題が良いものになっていると感じる。「彼女たち」は、サリーだけでなくジェニファーのことも含まれるだろうし、革命「前夜」としたことで、その後の社会に繋げた彼女たちの“革命”が感じられる。

 一方で、私たちはまだまだ「前夜」にいるのだろうか。だって、まだ革命は終わっていないような気もする。50年前の物語を見ながら、そんなことを感じずにはいられない。

(フロントロウ編集部)

This article is a sponsored article by
''.