イギリスを代表する児童文学作家ロアルド・ダールによる本の表現が、出版社によって変更された。批判が集まっている(フロントロウ編集部)

ロアルド・ダールの小説、表現が修正される

 (2月21日)小説『チョコレート工場の秘密』や『マチルダはちいさな大天才』、『魔女がいっぱい』など、イギリスの児童文学作家ロアルド・ダールが生み出した作品は、イギリスのみならず世界中で多くの人に親しまれている。彼は1940年代から作品を発表し始め、皮肉も特徴であるため、作中の表現には皮肉ではなく差別の域になっているものもある。そのため、彼の作品を出版しているPuffin Booksは表現を変更することを決定した。

 英Daily Telegraphや米Wall Street Journalによると、「fat(太った)」「ugly(醜い)」「black(黒い)」「white(白い)」という形容詞や、精神疾患を「mad(気が狂った)」「crazy(クレイジー)」と表現したりした箇所が消されたという。

 例えば、『チョコレート工場の秘密』のオーガスタスは、「enormously fat(巨大なおデブ)」ではなく「enormous(巨大)」に。また、英語では「Men(男性)」が「人々」の意味で使用されることが多く、問題となってきたため、『おばけ桃の冒険』においても「The Cloud Men」「Cloud People」に変更となった。また『オ・ヤサシ巨人BFG』では、「男性、女性、そして子どもたち」という表現が、ジェンダーの多様性を反映して「人々」に。その程度の変更なら受け入れる読者も少なくないと思われるが、少々頭を傾げる修正もあり、『マチルダはちいさな大天才』のマチルダが読んでいる本が、ラドヤード・キップリングからジェーン・オースティンに変更になったという。

画像: 映画『チャーリーとチョコレート工場』より。

映画『チャーリーとチョコレート工場』より。

 これらの修正は、児童文学における包括性、多様性、平等、アクセシビリティを考える人々の集まりであるInclusive Mindsによって行なわれたという。

修正に他の作家たちから批判が相次ぐ

 ロアルドが存命であり、修正に納得していたり、ロアルド・ダールの作品を原作として、別の誰かが新たに作ったリメイクだったりした場合には、修正は問題にならないことが多い。しかしロアルドは1990年に死去しており、これらの修正は出版社とロアルド作品を管理するThe Roald Dahl Story Companyなどによって行なわれた。

 1989年に発表されたイスラム教を風刺した小説『悪魔の詩』によって、現在も一部から命を狙われる(※)作家サルマン・ラシュディは、「ロアルド・ダールは天使ではない。しかしこれはバカげた検閲である。Puffin Booksとダール財団は恥を知るべきである」とツイート。ラシュディによるとロアルドは反イスラム主義を自認しており、人種差別の傾向もあり、1989年にはラシュディを批判する立場を取ったが、それでも今回の出版社による修正は作家として批判している。
 ※『悪魔の詩』出版によってイランの最高指導者だったルホラ・ホメイニ師から死刑宣告を受け、2022年8月にはアメリカのニューヨークで講演中に襲われた。『悪魔の詩』を日本語翻訳した五十嵐一氏は、1991年に筑波大学筑波キャンパス構内で何者かによって刺殺された。

 また、『ライラの冒険』シリーズで知られるフィリップ・プルマンは、英BBCの『Today』に出演した際に、ロアルドによる小説のオリジナル版はすでに各地の学校や図書館、家庭に溢れているのだから、「もしダールが私たちを怒らせるのであれば、出版自体を止めることだ」とコメントした。

 ちなみに、ロアルドは存命時に自分の作品を修正したことがある。映画『チャーリーとチョコレート工場』でも登場した名物キャラクターのウンパルンパは、初期の原作本ではアフリカのピグミー族とされ、ウォンカは彼らを「輸入した(Imported)」と発言していた。しかし、ロアルドが脚本を担当した1971年の映画『夢のチョコレート工場』では、ウンパルンパはルンパランドから来たとされ、外見はオレンジ色の肌に緑の髪の毛に(※)。そして、1973年の改訂版書籍より、ウンパルンパは「小さなファンタジーの生き物」とされ、バラ色と白色を混ぜたような肌色で、髪の毛はぼさぼさの金色となった。
 ※製作陣による差別的描写を避けたいという意図だったが、一方でウォンカとウンパルンパの間にある従属関係をあいまいにする結果となったとして、当時NAACP(全米黒人地位向上協会)はボイコットを呼びかけたと伝えられている。

画像: 映画『夢のチョコレート工場』より。

映画『夢のチョコレート工場』より。

過去の作品をどう扱うべきか? 議論は続く

 過去に制作された作品が差別を肯定するような文脈を含む場合に、どうするべきかというのは、近年議論になってきた。例えば黒人の人権運動Black Lives Matterが2020年に各地で起こった時には、名作だが、一方で黒人奴隷制度を肯定している文脈がある『風と共に去りぬ』をどうするべきかという議論があった。動画配信サービスのHBO Maxは、本編とは別に歴史を説明する動画を添付。黒人俳優のイドリス・エルバは、「表現の自由は心から信じている。しかし表現の自由の問題点は、それは全員には適さないということだ」として、作品の歴史や背景を理解する必要があり、そのためには年齢制限といった対策が必要なのではないかと意見をまとめた。また、ディズニーやワーナーブラザースは、それぞれの配給作品で人種的ステレオタイプや差別的内容を含む一部の作品の本編前に、注意書きを表示するようにしている。

 ロアルドによる各小節の最新版では、著作権のページに出版社からのメッセージが追加され、「言葉は重要です。ロアルド・ダールの素晴らしい言葉の数々は、君たちをここではない世界へ連れて行き、最も素敵なキャラクターたちを紹介するでしょう。この本は何十年も前に書かれたものなので、現代のみんなが楽しみ続けられるように、定期的に言葉や表現をチェックしています」と説明されているという。

 また、The Roald Dahl Story Companyのスポークスパーソンは、「何年も前に書かれた本を新たに出版する時に、本の表紙やページのレイアウトをアップデートするとともに、言葉づかいや表現も確認するというのは、珍しいことではありません。私たちの方針は、ストーリーライン、キャラクター、そしてオリジナルの文章にある失礼で尖った心を持続させることです。修正はすべて小さいもので、注意深く考えられました」とコメントを発表している。

ロアルド・ダールの原文ままのバージョンも保持される

 (2月24日)Puffin Booksの親会社であるPenguin Random Houseは、ロアルド作品における言葉や表現の修正に批判が集まったことをうけて、今年の後半に17冊の『The Roald Dahl Classic Collection』を出版することを発表。このクラシックコレクションは、ロアルドによる元々の文章のまま出版されるもので、これによって読者はオリジナルと、修正されたものの2パターンから選ぶことが可能となる。

 Penguin Random Houseのマネージングディレクターは、書籍の修正についての意見を受け取り、考え、読者がバージョンを選択できるようにするという決定に至ったと話す。続けて、出版社としての責任について語った。

 「ロアルド・ダールの素晴らしい作品は、子どもたちが初めて1人で読む本であることが多いです。そのため、若い読者の想像力と成長の早い思考力を世話することは、恩恵であり責任でもあるのです。同時に、ダール氏による昔の文章を印刷物として残すことの重要性も理解しています。PuffinとPenguinの両方のバージョンを入手可能にすることで、ロアルド・ダールのマジカルで見事な物語をどう経験するかを読者が決められるように提案します」

(フロントロウ編集部)

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