カンヌでの19分間スタンディングオベーション。北米での大ヒット。ゴールデングローブ賞主要7部門8ノミネート。『センチメンタル・バリュー』をめぐる評価は、数字や肩書きだけでも圧倒的だ。しかし、この映画が本当に強いのは、その華々しい実績の奥に、極めて私的で痛切な感情を抱えている点にある。
ヨアキム・トリアーが描くのは、愛し合えなかった父娘の物語だ。長年姿を消していた父グスタヴが、娘ノーラの前に突然現れ、「お前のために書いた映画」を差し出す。その行為は優しさにも傲慢にも見える。ノーラが即座に拒絶するのも無理はない。しかし、物語はそこで終わらず、むしろそこから始まっていく。
映画の中で進行する“映画制作”は、現実を映す鏡のように機能する。父が描くフィクションは、家族の記憶と重なり合い、ノーラの感情を否応なく揺さぶる。代役として現れるレイチェルの存在は、その揺れをさらに大きくし、過去と現在を強引に交差させる。
本作が賞レースで注目を集める理由は、演技の力にある。感情を爆発させる場面よりも、抑え込む瞬間の方が雄弁だ。妹アグネスがこぼす「私だけ失敗作」という言葉、姉妹が抱き合う沈黙。その一つ一つが、観客自身の記憶と静かに重なっていく。
結末は、観る者に答えを押し付けない。ただ問いだけを残す。「許すとは何か」「家族とは何か」。その問いが心に残り続けるからこそ、この映画は“代えがたい一本”と呼ばれるのだろう。『センチメンタル・バリュー』は、2026年に観るべき作品であるだけでなく、その後も語り継がれる映画になる。
【STORY】
オスロで俳優として活躍するノーラと、家庭を選び息子と穏やかに暮らす妹アグネス。そこへ幼い頃に家族を捨てて以来、⻑らく音
信不通だった映画監督の父・グスタヴが現れる。自身 15 年ぶりの復帰作となる新作映画の主演を娘に依頼するためだった。
怒りと失望をいまだ抱えるノーラは、その申し出をきっぱりと拒絶する。ほどなくして、代役にはアメリカの人気若手スター、レイチ
ェルが抜擢。さらに撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の実家であることを知り、ノーラの心に再び抑えきれない感情が芽
生えていく──。
監督:ヨアキム・トリアー 『わたしは最悪。』
脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演:レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、インガ・イブスドッテル・リッレオース、エル・ファニング
配給:NOROSHI ギャガ
英題:SENTIMENTAL VALUE/2025年/ノルウェー/カラー/ビスタ/5.1ch/133分/字幕翻訳:吉川美奈子/レーティング:G
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