イランの巨匠 ジャファル・パナヒ監督最新作『シンプル・アクシデント/偶然』 知ってるともっと面白い!イラン映画トリビア4選


第98回アカデミー賞脚本賞及び国際⻑編映画賞にノミネート︕第78回カンヌ国際映画祭にてパルムドール(最⾼賞)も受賞し、本作で世界三⼤映画祭すべての最⾼賞を制覇、史上4⼈⽬の快挙となったイランの巨匠ジャファル・パナヒ監督の最新作『シンプル・アクシデント/偶然』。作品を見る前に知っておくと、もっと⾯⽩くなる“イラン映画のトリビア”をご紹介。(フロントロウ編集部)
『シンプル・アクシデント/偶然』あらすじ
物語は、かつて不当に投獄されたワヒドが、ある偶然の事故によって、⼈⽣を奪った残忍な義⾜の看守と出会うところから始まる。ワヒドは咄嗟に男を拘束、荒野に⽳を掘って埋めようとするが、男は「⼈違いだ」と⾔う。実はワヒドは、看守の顔を⾒たことがなかった。男は、本当に復讐相⼿なのか︖⼀旦復讐を中断し、看守を知る友⼈を訪ねるが・・・。
不当に刑務所に投獄された⼈々が復讐を果たそうと試みる姿を、スリリングかつユーモアたっぷりに描いた復讐劇。監督⾃⾝の投獄経験や、同じ境遇の⼈々の声から着想を得て映画化。予測不能の物語に渦巻く重厚なスリルと深遠なミステリーが交錯し、“魂の叫び”がほとばしる衝撃のクライマックスへと突き進む――ユーモアと緊迫感に満ちた社会派サスペンスの最⾼峰ともいえる⼀本となっている。
知ってるともっと面白い!イラン映画トリビア
本作と同じくカンヌパルムドールを獲得した『桜桃の味』のキアロスタミ監督や、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『別離』のファルハディ監督など、世界中の映画祭で高い評価を受け続けているイラン映画。
静かでありながら、内に熱を秘めたその作風の裏には、独特の文化や社会背景が色濃く息づいている。実はそこには、知っておくことで作品の見え方がぐっと深まる“トリビア”も数多く存在する。(以下、テキスト制作・監修:村⼭⽊乃実/東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 ジュニアフェロー)。
1. なぜ、⼦供が主⼈公になることが多い︖
イラン⾰命後、社会の「イスラーム化」が進むなかで映画にも検閲制度が導⼊され、特に⼥性の描写には厳しいルールが設けられた。登場⼈物はヒジャーブの着⽤が求められ、「慎ましさ」の範囲内で表現される必要があったという。
こうした制約から⽣まれたのが、⼦どもを物語の中⼼に据えるイラン映画独特のスタイル。⼦どもたちは繊細さや純粋さを体現する存在として描かれ、社会を間接的に映し出す役割を担うようになった。

ノートを返すために友⼈の家を探し続ける少年を主⼈公にした『友だちのうちはどこ︖』など、アッバス・キアロスタミ監督の作品はその代表例として知られている。⼀⽅、映画制作を禁じられているジャファル・パナヒ監督による本作は、ヒジャーブを着⽤しない⼤⼈の⼥性も前⾯で活躍。国内上映を前提としない点でも、従来の「イラン映画」とは異なる⽴ち位置にあるのかもしれない。
2. “お裾分け”を求める理由とは?:お祝いの慣習
イランでは、何かめでたいことが起きた際、当事者本人が周囲に幸せの「お裾分け」をする慣習がある。結婚や出産はもちろん、家や車の購入、卒業といったさまざまなライフイベントが、その対象に含まれる。

本作では、そうした“お裾分け”を求めて、新郎新婦を見かけた人々が主人公たちに遠回しに金銭をねだるシーンや、出産の場面で助産師や関わった人々に甘い菓子を振る舞う描写が印象的に描かれている。物語を楽しみながら、イランならではの文化を垣間見ることができる点も、本作の魅力のひとつだ。
3. <詩⼈・作家>と<出版社・本屋>の関係とは?
歴史的にイランでは、作家や詩⼈が知識⼈や活動家を兼ねていることが多い。文化の中心に詩が根付いており、詩人は人々から深い尊敬を集めている。イランの詩⼈や作家は、⾃⾝の作品を通じて社会に変⾰をもたらそうと奮闘し、作品に最先端の思想を取り⼊れながら、人々の苦しみを表現し連帯してきた。
そのため、政権による「検閲」の影響も大きく、出版許可が下りず発禁となる作品も少なくない。こうした状況を踏まえれば、出版社や本屋は、政権に抗い知識を⼈々に授ける、抵抗の場を暗に⽰唆しているともいえる。豊かな知識に触れることは、時に危険と隣り合わせになるのだ。
また本作に登場する、復讐に周りが⾒えなくなる主⼈公を嗜めるサラルのような“本の出版に携わる⼈物”(おそらく編集者なのかもしれない)は、イランの古き良き良⼼的⽂化⼈を象徴しているかのようである。
4. イランにおける結婚・花嫁とは?
イスラームにおいて、結婚とは男⼥が契約によって夫婦となることである。そのため、当事者と両家が結婚をすることに合意すれば、まずは両家同⼠で婚姻契約を結ぶ儀式が⾏われる。なお、昔のイランではお⾒合い結婚が主流であったが、今は⽇本と同じく⾃⾝で結婚相⼿を選ぶ⼈も多い。
イランの婚姻契約を結ぶ儀式では、夫側から妻側に婚資を取り決める。この婚資は、離婚時に夫が妻に⽀払う⾦も含んでいる。婚約時から離婚のことも視野にいれてきっちりとお⾦の契約を両家間で結んだ後、婚約の儀式を⾏う。結婚証明書に署名し、法的に夫婦になると、満を持してようやく結婚式が盛⼤に執り⾏われるのである。
イランは多⺠族国家であるため、結婚式で⾃⾝の⺠族的⾐装を着⽤する⼈たちももちろんいるが、本作でウエディングフォトを撮影するゴリとアリのように、イランでも⽇本と同様に⻄洋スタイルの⾐装を着るのが主流である。

検閲、慣習、そして⽂化――本作に散りばめられた要素を読み解くことで、物語の背後にあるイラン社会の姿が⽴ち上がる。ドラマとしてだけでなく、⼀つの⽂化的ドキュメントとしても観る者に新たな発⾒をもたらす、映画『シンプル・アクシデント/偶然』。ドラマとしての面白さはもちろん、一つの文化的ドキュメントとしても、観る者に新たな発見をもたらしてくれるだろう。
『シンプル・アクシデント/偶然』
5⽉8⽇(⾦)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ 渋⾕宮下ほか全国公開
配給:セテラ・インターナショナル 協⼒:ユニフランス ©LesFilmsPelleas
公式 X: https://x.com/IWJAA_JP













