ポール・マッカートニー、新作『ダンジョン・レインの少年たち』全曲解説──ジョンやリンゴへの想いも


2026 年 5 月 29 日に発売されたポール・マッカートニーの18枚目ソロ・アルバム『ダンジョン・レインの少年たち 』。前作『マッカートニーIII 』から約5年半ぶりのアルバムとなる本作では、アンドリュー・ワット(35歳)がポールと共にプロデュースを担当。アンドリューはレディー・ガガの『Mayhem(メイヘム)』をはじめ、 『ザ・ローリング・ストーンズ』やエルトン・ジョン、といった、数々の大物アーティストの作品を手がけてきた注目のプロデューサーだ。
アルバムタイトルにもある「ダンジョン・レイン」は、ポールが少年時代を過ごした家の近くにある小道。本作では人生を振り返りながら自身のストーリーを語り、演奏面でもほとんどの楽器を自ら担当。ポール本人の言葉と共に、今回のアルバムの魅力を掘り下げる。(フロントロウ編集部)
1. As You Lie There/アズ・ユー・ライ・ゼア
イントロが耳に残るオープニング曲は、ポールとアンドリューが初めて一緒に作った楽曲だ。2人が出会ったのは5年ほど前。マネージャーの紹介で紅茶を飲みながら話したことがきっかけで意気投合し、音楽のアイディアを出し合うことに。当時、ポールは自身でも「おかしなコード」だと感じるコードを弾いたそうで、「今でも何のコードなのかわからないのだけど、一音変えて、さらに別の音も変えたら、突然、3つのコード進行ができたんだ」と振り返っている。
また、ドラムの演奏をポールはアンドリューの知り合いである『レッド・ホット・チリ・ペッパーズ』のチャド・スミスに依頼することを考えたが、アンドリューには「あなたが叩くべきですよ」と勧められ、2人だけで制作を進めることに。そこで生まれたのが、このアルバムのオープニング曲だった。
2. Lost Horizon/ロスト・ホライズン
この曲の原型となっているのは、ポール自身も存在を忘れていた昔の楽曲だった。1980年代からポールを支え、2020年に亡くなったスタジオ・マネージャーのエディ・クラインが、古いカセットテープを整理していた時に見つけた曲だという。
「いい曲ですよ。聴いてみてください」とのエディの一言がきっかけとなり、ポールは改めて楽曲と向き合うことに。タイトルはそのまま残し、カセットのバージョンを忠実に再現して録り直した。「ただ音だけは、現代的にした」と明かしている。
3. Days We Left Behind/デイズ・ウィ・レフト・ビハインド
思い出を振り返るこの曲では、中盤で「約束」という歌詞が登場するほか、ジョンやポールが住んでいたフォースリン・ロードについても歌われている。また、アルバムタイトルの『ダンジョン・レインの少年たち(The Boys of Dungeon Lane)』もこの曲の歌詞から取られた。ポールはこの曲について、こう語っている。
「過ぎ去った日々のことを考えていた。自分は過去のことばかり書いているな、と考えることがよくある。でも他に何について書けるんだろう?とも思う。SF作家なら未来について書いたり、明日への夢を書けるかもしれない。この曲にはリバプールの思い出がたくさん詰まっている」
また、歌詞に登場する場所についてはこのように説明した。
「フォースリン・ロードは僕が住んでいた通りだ。ダンジョン・レインはその近くにある。僕はスピークという労働者階級の地域に住んでいた。ほとんど何も持っていなかったが、それは問題ではなかった。周りの人たちは素晴らしかったし、自分たちが何も持っていないことに気づきもしなかったからね」
「これは僕の妻のお気に入りの曲だ。人に聴かせる時、歌詞では『泣かなくていい』と言っているのに、ふと顔を上げると、みんな泣いているんだよね」
4. Ripples in a Pond/リップルズ・イン・ア・ポンド
ポールがサセックスにある自身のスタジオで作り始め、それをアンドリューのもとへ持ち込む、そんな制作スタイルから生まれた楽曲の一つ。
アンドリューに「君はポップ・プロデューサーのはずなのに、僕たちが作っている曲は全然ポップに聞こえないよ、だからこれはもっとポップにしよう!」と提案。この言葉をきっかけに生まれたのが、このラブソングだった。
5. Mountain Top/マウンテン・トップ
ポールの妻であるナンシー・シェヴェルは大のライブミュージック好きだという。そのため、夫婦でさまざまなライブに足を運んでおり、イギリス最大級の音楽フェスである「グラストンベリー・フェスティバル」にも毎年参加しているそうだ。
この曲は、ポールが「グラストンベリーで若い女性がハイになっている」という情景を思い浮かべながら作った楽曲。「楽しんで作ったよ」とポールは振り返っている。
6. Down South/ダウン・サウス
『ザ・ビートルズ』結成前、ジョージ・ハリスンとヒッチハイクの旅に出た思い出を、ポール自身のギター演奏に乗せて歌ったのがこの曲だ。タイトルや歌詞にもあるように、2人は知人のアドバイスを受け、チェスターから南に向かうトラックに乗り込んだという。
「この曲は、ジョージと南へ向かった時の思い出のほんの一部なんだ。本当ならあと50番くらい書ける。『あの時、あんなことあったな』という話がたくさんあるからね。とにかく素晴らしい経験だったし、僕たちの絆も深まった。お金がなくなって、『さて、どうしよう』と考えなければならなくて、バトリンズで働いていた従兄弟のところへ行ったら少しお金を持っていて助かった、みたいなこともあったよ」
7. We Two/ウィ・トゥー
この曲は『ザ・ビートルズ』が数々の名曲をレコーディングした際に使用していた、スチューダー社製の4トラックのテープ・レコーダーを使って制作された。ポールのスタジオにもこの機材が置かれており、時折レコーディングに使用しているという。
「4トラックしかないんだ。たとえば、ドラムとベースを2トラックに録って、それをミックスして空いているトラックにまとめる。そうするとまた3トラック空く。それを何度も繰り返して、オーケストラまで入れることだってできる。一度録ったら、もう後戻りはできない。だからこそ集中力が高まるんだよ」
こうした昔ながらのレコーディング手法についてポールがアンドリューに説明すると、レジェンドたちの制作方法に興味を持っていたアンドリューは「使ってもいいですか?」と興味津々だったという。そして実際にそのテープレコーダーを使って完成したのが、この曲だ。
ポールはこの楽曲を「ちょっとしたラブソング」だと表現している。
8. Come Inside/カム・インサイド
アルバム中盤に収録されたこの曲について、ポールは「レコードでいうサイド2の始まり、B面の幕開けだよ」と説明している。
「ロック調のラブソングから始まる。とてもストレートだけど、勢いがある曲だ」
9. Never Know/ネヴァー・ノウ
1960年代に、多くの有名なフォークやロックミュージシャンが暮らし、互いの楽曲制作に参加したり、バックグラウンドボーカルを務めたりしながら、独自の音楽文化を育んだ場所が、ロサンゼルスのローレル・キャニオンだ。ポールは、この曲について、そのローレル・キャニオンの空気感から着想を得たと明かしている。
「LAにいた時、ローレル・キャニオンのカルチャーや、あの音楽シーンにずっとロマンを感じていた。ジョニ・ミッチェルや仲間たちがいた時代だ。『イーグルス』のようなミュージシャンたちが集まり、ハイになりながらギターを弾いていたような。これはそういう空気感から生まれた曲なんだ。ギターのストロークから、ローレル・キャニオンの雰囲気が少しでも感じられるといいなと思っている」
10. Home to Us/ホーム・トゥ・アス
リンゴ・スターがアンドリューのために録音したドラム音源をきっかけに、ポールがリンゴのことを考えながら書いたのが、この曲だ。
リンゴはリバプールのディングル地区出身で、仕事帰りに「よく襲われていた」という。タイトルにもなっている「home to us(僕たちにとってのホーム)」というフレーズには、「クレイジーな場所だったとしても、自分たちにとっては故郷だ」という思いが込められている。ポールは、この曲について次のように語っている。
「この曲は完全にリンゴのことを考えて作ったんだ。自分たちがどこから来たのかを書いている。多くの人と同じように、何もないところから始めて、自分たちで人生を築いていく。そんなアイディアにインスピレーションをもらったんだ」
さらに、この曲にはリンゴ本人もボーカルとドラムで参加している。
「リンゴがスタジオへ行って、アンドリューのために少しドラムを録って置いていったんだ。次に会った時、彼は『アンドリューは何もしなかった』と言っていた。何を期待していたのか聞いたら、『トラックになるのかと思っていた』と言うんだ。それでレコーディング中にアンドリューへ『あのリンゴのドラムはどう?』と聞いた。彼がその音源を出してきて、一緒に聴き始めたんだ。そこで『これで曲を作ってリンゴに送ろう』という話になった」
完成した楽曲をリンゴに送ったところ、思いがけない形でコラボレーションが発展したという。
「リンゴに送ったら、サビに少しだけ歌を加えたバージョンが返ってきた。だから、あまり気に入らなかったのかなと思ったんだ。でも電話したら、『1、2行だけ歌ってほしいんだと思った』と言われてね。僕は『全部歌うのを聴きたい』と言った。それで、僕が1行目を歌い、リンゴが2行目を歌う形にしたんだ。こうしてデュエットになった。これまでやったことのない形だったよ」
「それからコーラスも入れたくなって、女性の声が合うかもしれないと思った。『プリテンダーズ』のクリッシー・ハインドが引き受けてくれて、『テキサス』のシャーリーン・スピテリも友人だから参加してくれたんだ」
11. Life Can Be Hard/ライフ・キャン・ビー・ハード
コロナ禍に誕生した親戚の赤ちゃんから着想を得て書かれた楽曲。人生にはつらいこともあるが、そこから立ち上がり、前へ進んでいこうというポジティブなメッセージが込められている。
「コロナ禍の頃、ちょっとしたインストゥルメンタルのコード進行を弾いていた。その時は家に赤ちゃんがいた。妻の姪の子だったんだが、あの時期に生まれたばかりの赤ちゃんが家にいるというのは、本当に特別なことだった」
「その赤ちゃんはこのコード進行を気に入ったんだ。それが『Life Can Be Hard』という曲になった。人生はつらいこともある。でもその時こそもう一度立て直すんだ。そういう前向きなメッセージの曲だよ」
12. First Star of the Night/ファースト・スター・オブ・ザ・ナイト
南アメリカ・ツアー中のコスタリカで、大雨のためホテルにこもっていた時に生まれた楽曲だ。
当時、コスタリカでは激しい熱帯雨が降り続いており、休みの日を一人でホテルで過ごしていたという。そんななか、ポールは「歌を作ろう」と思い立ち、ギターを手にした。
「最初は『Even when it’s raining…(雨が降っていても……)』という歌詞から始まったんだ。でも曲を展開させるために、『Even when it’s raining inside(心の中で雨が降っていても)』に変えたんだよ」
13. Salesman Saint/セールスマン・セイント
第二次世界大戦中、綿のセールスマンだった父親と看護師だった母親のもとに生まれたポール。そんな両親を思い浮かべながら書いたのが、この曲だ。歌詞では母親を「聖人(Saint)」と表現し、「They couldn’t take anymore / But they had to carry on(これ以上耐えられなかった/それでも前へ進み続けるしかなかった)」と当時の状況を描いている。
「リバプールは激しく空襲されていた。そんな状況の中で子育てをしていた両親のことを考えていたんだ。2人は僕と弟を育て上げてくれた。あんな状況でも、僕らを病院へ連れて行き、学校へ通わせ、必要なことを全てやってくれた」
「曲の最後には、両親が聴いていたであろう時代の音楽を再現しようとしている部分がある。父と母についてのとても感傷的な曲だよ」
14. Momma Gets By/ママ・ゲッツ・バイ
アルバムのラストを飾るこの曲は、ポールいわく「完全な作り話」。ダメな男を愛しながらも、家族の支えとなっている1人の女性を主人公にした楽曲だ。
「1つ前の曲に出てきた『hot tea and cigarettes(熱いお茶とタバコ)』は、戦時中の人たちを支えていたもの。でも時には、想像だけで物語を作ることもある。この曲はまさにそんな一曲なんだ」
「『ポーギーとベス』の世界を思い浮かべていた。うまく説明できないけれど、そういう雰囲気だね。基本的には、家族の支えになっている1人の女性についての曲なんだ。男はダメなところがあるんだけど、それでも彼女は彼を愛している」

『ダンジョン・レインの少年たち』は、少年時代の思い出や家族、友情、愛といったポール・マッカートニー自身の人生を振り返りながらも、その音楽性の幅広さを改めて示す作品となっている。『ザ・ビートルズ』後のポールが率いたバンド『ウイングス』を思わせるロック、『ザ・ビートルズ』時代を彷彿とさせる美しいハーモニー、グルーヴ感あふれる演奏、親密で繊細な楽曲、そして登場人物の物語を描くストーリーテリングまで、多彩な要素が1枚のアルバムに詰め込まれている。
本作は約5年にわたるワールドツアーの合間を縫いながら、ロサンゼルスとサセックスを行き来して制作された。レコード会社からの締切やプレッシャーに追われることなく、ポールとアンドリュー・ワットは自分たちのペースで制作を進め、納得のいく形でアルバムを完成させることができた。
1962年10月のデビューから60年以上が経った今もなお、第一線で活動を続けているポール。ギネス世界記録で「ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家」と認定されているポールが届ける最新作『ダンジョン・レインの少年たち』は、過去を振り返りながらも現在進行形の創作力を示す1枚となっている。












