新型コロナウイルス感染拡大というパンデミックの中、ハリウッドをはじめとした英語圏ではこれからの映画やテレビ制作をどう考えているのか?制限緩和が世界的に少しずつ進んでいるなか、エンタメ界はどう変わっていく?(フロントロウ編集部)

コロナ時代のテレビ制作のサンプルケースが撮影開始

画像: コロナ時代のテレビ制作のサンプルケースが撮影開始

 新型コロナウイルス時代の新しいテレビ・映画制作のサンプルケースとして、ハリウッドが注目している作品がある。それが、オーストラリアのメロドラマ『ネイバーズ』。

 オーストラリアでは、ソーシャル・ディスタンスが可能なニュース番組や一部リアリティ番組を除いて、多くの作品の制作が3月で中断。そんななか4月末に、オーストラリアで最も長く放送されているドラマシリーズである『ネイバーズ』が約1ヶ月半ぶりに撮影を再開した。これは、コロナウイルスによって撮影が中断した英語圏の作品としては初の撮影再開と見られている。

 35年の歴史をもち、カイリー・ミノーグやラッセル・クロウ、マーゴット・ロビーなど多くのスターを輩出してきた長寿番組『ネイバーズ』は、撮影再開にあたり以下のような新ルールを設定した。

・撮影現場はセクションごとにわけられ、俳優やクルーは3つのグループにわかれて撮影を行なう。グループ間を移動できる俳優は3人のみ。

・1人あたり4平方メートルのスペースを確保し、出演者がお互いから最低でも1.5メートル離れられるようにする。

・ケータリングは全員が別々。

・男性俳優はメイクなしで出演。女性俳優はシーン間のメイク直しはなし。

・キスやベッドシーンだけでなくハグといった身体的な接触をするシーンはなし。

・現場に看護師を配備。

 『ネイバーズ』を制作するフリーマントル・オーストラリアの最高責任者クリス・オリヴァー=テイラー氏が豪ABC Newsを通して公表したこのガイドラインは、キャストやクルーを感染から守るだけでなく、「万が一誰かの具合が悪くなった時は全撮影をシャットダウンするのではなく、(その人が参加していた)グループのみを止めて(撮影を)継続できると考えている」と、現場でのウイルス感染が起こり得ることと考え、制作への打撃を最小限に抑えた策であることも明かした。

 SNSでは、『ネイバーズ』のキャストたちがソーシャル・ディスタンスを保った“新しい生活様式”についてコメントしており、ネッド役のベン・ホールは5月7日にツイッターで、俳優としての最大の変化の一つは「脚本の変化だろう」とコメント。「シーンに登場する人が最小限になるように、さらに、キスやハグをはじめあらゆる身体的接触をなくすために、脚本部門が数百どころか数千の調整を行なったんだ。だから今『ネイバーズ』の中で恋愛をしている役柄たちは、ソーシャル・ディスタンスを保った交際となるね」と明かした。

 『ネイバーズ』が撮影を再開してから、記事執筆時点で約3週間。番組のキャストやクルーの中から陽性者は報告されておらず、撮影は順調に進んでいる。一方、オーストラリアでは5月8日に段階的な制限の緩和が発表されており、そういった社会での動きがどう転じるのかはまだ誰にもわからない。

ハリウッドの再開は問題が山積み

 一方で、ハリウッドがあるカリフォルニア州では未だにスタジオやロケ地での映画やドラマの撮影は再開していない。3月に州全体でのロックダウンが始まってハリウッドがシャットダウンして以降、スタジオと労働組合は、ハリウッドをどう再びオープンするかという話し合いを続けている。というのも、今や、カリフォルニア州で撮影再開のゴーサインが出たら良いという単純な話ではないから。

画像: カリフォルニア州の外出制限のため、普段は観光客でごったがえすハリウッド名声の歩道も人の姿はまばら。

カリフォルニア州の外出制限のため、普段は観光客でごったがえすハリウッド名声の歩道も人の姿はまばら。

 ハリウッドで働く人の多くはユニオンという労働組合に入っており、ユニオンは、スタジオが適切な給与や労働環境を提供しているかに目を光らせている。しかし新型コロナウイルスというパンデミックが起きた今、何が“適切か”が変わっており、映画スタジオとユニオンはそのガイドライン作りに追われている。

 SAGアワードで有名な全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)が5月14日に緊急通知として公式サイトに載せた会員向けの声明では、「俳優たちの健康と安全が脅かされているなか、既存の契約書のままでは仕事に戻らないよう全ての会員に求めます」とされた。

 これまでと同じやり方では現場復帰できないとしているのは、照明や大道具といった職人職でも同じで、14万人以上の会員数を誇る国際映画劇場労働組合(IATSE)のマシュー・D・ローブ代表は、「皆さんに可能な限り早く仕事復帰してもらいたいと思っています。しかし、正しくやらなくてはいけません。我々は伝染病学者や雇用主と協力して、アメリカとカナダで一律に施行できる基準を作っています」と5月18日に公式声明で語った。

 群衆のシーンや身体的な接触があるシーンはどうするのか、数百人分の食事の提供はどうするのか、万が一感染した場合はどうするのか、訴訟を起こさないという項目を契約書に入れるのか…。スタジオやユニオンが考えなくてはいけない問題は山積み。

 そんななか、『アルマゲドン』や『トランスフォーマー』の監督として知られるマイケル・ベイがプロデューサーを務めるスリラー映画『ソングバード(原題)』が、向こう約1ヶ月以内にロサンゼルスでの撮影をスタートすることを米Deadlineが日本時間5月20日に報道。ハリウッドの労働組合から安全のガイドラインが発表されていないなか、具体的にどのように撮影が進められるかはわかっていないものの、Deadlineによると、『ソングバード』の製作陣は組合に撮影プランの報告をして問題ないという回答を受け取ったという。

画像: パンデミックをテーマにした映画をプロデュースするマイケル・ベイ。

パンデミックをテーマにした映画をプロデュースするマイケル・ベイ。

 とは言っても『ソングバード』は、“ロックダウンが長引くなかでウイルスが変異し続けていったために、パンデミックがいまだ収束していない2年後の未来”を描いた映画。パンデミックの中での撮影に適したシーンが多いと予想され、特異な例と言える。しかしそれでも、ロサンゼルスで撮影を再開する初めての映画になる可能性が高いため、現場での安全対策などに注目が集まっている。

スタジオやロケ撮影は無しでテレビドラマを撮影

 ハリウッドが新しいガイドライン作りに追われるなか、スタジオやロケ撮影という従来の方法を一切取り入れず、自宅でドラマの撮影を始めたユニークなケースもある。

 ドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』や『Weeds ママの秘密』を生み出した敏腕クリエイターのジェンジ・コーハンは、その名も『ソーシャル・ディスタンス(原題)』という名前のアンソロジードラマの制作を発表。Netflixで配信されるという同ドラマは、ライターがそれぞれ別々に脚本を書き、監督がリモートでディレクションをし、俳優陣がその指示を受けながら自宅で自ら撮影するという、ソーシャル・ディスタンスを保ったうえで作られる作品。

画像: ジェンジ・コーハンの新作ドラマ『ソーシャル・ディスタンス』はNetflixで配信予定。

ジェンジ・コーハンの新作ドラマ『ソーシャル・ディスタンス』はNetflixで配信予定。

 プロデューサーは米Deadlineに、「現実を(作品に)反映することが、ストーリーテラーである我々の役割です」として、「私たちが今経験していることをアンソロジーシリーズとして伝えたいと思いました。一緒に離ればなれで生きている私たちの、ユニークで、パーソナルで、ディープな物語を」と明かした。

 視聴者にエンターテイメントを提供するために、色々な方法を模索している海外エンタメ界。どの方法が適切かどうかがわかるには時間がかかるけれど、他の業種と同じく、テレビ・映画の世界でも以前のようなやり方に戻ることは難しく、新型コロナウイルス時代の新たな生活様式が求められていることは間違いない。(フロントロウ編集部)

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