『WeCrashed〜スタートアップ狂騒曲〜』とは
WeWorkはコワーキング・スペースを提供するビジネスとして、アダム・ニューマンとミゲル・マッケルビーが2010年にアメリカで創業した会社。10年足らずで470億ドル(約5.2兆円)の価値を持つ大企業に成長し、2017年にはソフトバンクグループと合併。しかし2019年の上場前に提出した書類がきっかけで、ニューマン氏による資金の私物化をはじめ不正会計が発覚し、わずか1年足らずで約4.4兆円の損失を生み出した。
3月18日にアップルTV+で配信されるドラマ『WeCrashed〜スタートアップ狂騒曲〜』は、破天荒な起業家アダム・ニューマンと彼に大きな影響を与えた妻レベッカによる浮き沈みのある会社経営の裏側と共に、シリコンバレーの巨大損失事件の経緯を描き出す。アダムとレベッカ役として、ジャレッド・レトとアン・ハサウェイがテレビシリーズで共演を果たす作品としても以前から話題になっていた。
メソッド俳優ジャレッド・レトの挑戦
ジャレッドが演じるアダムは、情熱にあふれた語り口で人々を惹きつけるカリスマ起業家として知られていた人物。コワーキング・スペースで人々の生きやすさを変えるというミッションを掲げていた一方で、自宅や別荘に100億円近くを使うような豪勢な生活でも知られていた人物。「実在の人物を演じる時は、より熱心に仕事をする責任があります」としたジャレッドは、人々を引き込むような情熱的なストーリーテラーだったアダムの“声”に注目したという。
「この役柄を演じるうえで鍵となった要素は、アダムの声でした。彼の声の重み、アクセント、方言だけでなく、夢を実現したいと思う彼の断定的で、目的を持った情熱的な話し方にありました。この役を演じるうえで、それは大きなことでした。僕は、キャラクターについて全てのことを知りたいと常に思っています。だから、アダムがどんな色が好きかとか、息はどんな匂いがするかさえも知りたいです。例えば、あるシーンをアプローチするうえで、その役柄はその前の晩にどれだけ眠ったかも知りたくて、僕にとってはどんな詳細なことでも、決して小さいことではなく、それは有益で、全て重要なことなんです」としたジャレッド。
「下準備は、セットに入るかなり前から始まっています。僕は没入できる仕事を楽しみ、合理的な度量さえも超えた挑戦をすることも好きです」とメソッド演技法(※)を徹底する俳優らしい発言をしたジャレッドは、実在の人物であるアダムを演じるにあたり、「可能な限り的確なやり方でその人物をスクリーンに見せるアイディアを膨らませます。もちろん、その人物をそのままやるような、まるで写真のようなイメージではなく、絵画のように色を塗り込んでいくような作業なんです。その過程で、その人物の精神や本質を捉えていければ良いと思っています。それが重要で、だから僕自身は懸念しすぎることはありません。だから、人々に気にいってもらえるように役柄を作り込むこともないし、それは時間の無駄だとも思っています」と、演技の裏側を明かした。
※役柄の内面に注目し、感情を追体験することなどによって、より自然でリアリステックな演技・表現を行うこと。
そんなジャレッドはなんと、本作の制作にあたりアダム本人に会ったという。
「僕たちは(ここでは語れない)極秘ミーティングを行ないました。その時に、僕はあえて彼にこのTVシリーズはあなたの人生を批判的に描いているから、見ないように伝えたのです。それは、このTVシリーズで彼の成功と失敗を描くうえで、ある程度の批判的な部分も探索しければいけなかったからです。そのうえ、彼にとってはかなり主観的に鑑賞してしまい、ここが間違っているとか、そんなことは決して起きていないと感じてしまうからです。あくまで今作は、ドキュメンタリーではなく、フィクションなんですから」。
俳優やミュージシャンとして「いつもクレイジーな男として扱われてきた」とするジャレッドは、「最もワイルドな夢の中で自分を賭けていて、そういった意味ではアダムに共感が持てる」と、アダムに共感を寄せる。「僕と兄は何もないところから、バンド、サーティー・セカンズ・トゥー・マーズを結成し、それが生きる糧になった。(当時は)誰もがノーと言っていました。レコード・レーベルは我々と契約せず、MTVやラジオは我々の音楽を流してくれませんでした。我々は成功するために頼み込んだり、這いつくばったりしながら一生懸命に仕事をしてきた。だから、アダムの気持ちはよく理解できるんです」。
アン・ハサウェイ、初めて脚本を全部読まずに参加した作品
一方でアンが演じるのは、アダムの妻レベッカ。俳優のグウィネス・パルトロウのいとこであるレベッカとアダムは大学で知り合い交際に発展。アダムは自身の起業家としての精神がレベッカから強く影響を受けていることをインタビューで何度も明かしているが、レベッカを演じたアン自身、実際にアダムがWeWorkが何であるかを作り上げられたのは、妻レベッカのおかげが大きいのではないかと分析する。
「私は、アダムがレベッカなしに何も成就できなかったと思っているだけでなく、アダム自身が最初にそれに気づいて彼女にそれを言っていたと思います。レベッカは、成功した起業家としての彼の成長において絶対に必要不可欠だったと思います。彼女は彼に(物事への)焦点を合わさせ、彼のビジョンを(人々に)共有させたと思っています。また彼女は、少なくとも最初に彼が人々と繋がることを可能にした多くの言葉を、彼に与えた責任も果たしたと思っています」
近年、シリコンバレーの会社とユニコーン企業(評価額が10億ドルを超える未上場のスタートアップ企業)出身の若い起業家の話が題材になることが多いが、そんな人々に対して、アンはどう思っているのか?
「私たちはみんな、カリスマ的な人や他の人々に自分のやりたいことをやらせられる不思議な能力を持っている人々に、もともと魅了されていると思っています。さらに、我々はこれほどグローバルに繋がったことがない時代に生きているという事実にも、きっと何かがあると思っています。例えば、このZoomインタビューを通してあなた方(記者)を見ていますが、現在ここにはいくつかのタイムゾーンが存在し、このようなことができるようになったのも、(そんな起業家のおかげで)ワイルドなことだと思います。もしあなたがカリスマ的な人物で、多くの人と繋がることができるのであれば、それは非常に強力なことだと思います。だから、それらの起業家が作品に登場することには驚きはしません」。
そんなアンはジャレットとのタッグについて、面白いコメントをくれた。「彼と一緒に仕事することはとても楽しく、仲良くなれたと思いますが、正直言うと、ジャレットとはあまり過ごしていないんです。なぜなら彼は、ジャレットとしてセットにおらず、常にアダムという役柄でセットに居たからです。ジャレットは非常に没入型の俳優で、ずっとアダムのキャラクターを保っていました。ただジャレッドは、そんなアダムという役柄に入り込んでいる時も、私には完全な優しさと、完全なサポートを示してくれました。おそらく彼のパフォーマンスは、彼にとって重要であるように、私のパフォーマンスも彼にとって同じくらい重要だったと思います。だからテイクの合間にたくさんの雑談がなくても、我々はコミュニケートできていたと思います。お互いセットでは隅にいましたが、私は彼がやっていた仕事にとても刺激を受けたので、アダムとレベッカの間に存在した真実の愛を表現するために、私が持っている全てを出し切りたいと思えたんです」。
さらにアンは、『WeCrashed〜スタートアップ狂騒曲〜』出演にあたり、これまでのキャリアでしたことのないことを初めてしたという。「彼ら(脚本家のリー・アイゼンバーグとドリュー・セヴェロ)と仕事がしたいと考えている人は、ぜひすべきだと思います。彼らには素晴らしく才能があるだけでなく、言葉にも真実味があります。彼らは、私に事前に語ってくれた通りのレベッカのキャラクターを仕上げてくれました。それが実は重要でした。実は私が契約した際には、まだ2、3のエピソードの脚本を読んだだけで、シリーズ全部の脚本は完成していませんでした。これまで私が出演してきた映画では、脚本を全部読んでいない作品には出演してきませんでした。その点は、これまでと異なっていたんです。だから、彼らがコラボレーションの過程で私を招待してくれたという点では、彼らは寛大で、私はそれに感謝しています。結局、私の脚本への関わりは、キャラクターの結果に影響を与えてはいませんが、これが彼らの意図であり、彼らの仕事へのフォーカスだと思います。だから、彼らが私に影響を与えてくれたことは理解しています」。
そしてインタビューの最後に、ジャレッドはWeWork崩壊の理由についてこう語った。
「それには、沢山の理由があると思います。彼らは物事を異なったやり方でやりたいと思っていました。彼らは、文化と次世代の職場として、新たに焦点を置いていたんです。事実、(彼らだけでなく)多くの企業が過去には失敗しています。彼らは多くの点で、壮絶な失敗をしました。しかし、彼らは多くの面で成功もしていたと思っています。なぜなら、まず彼らは何もないところから会社を立ち上げた。(アダムは退いたものの)会社自体(The We Companyに変更以降)は、素晴らしい業績を上げている。しかも、このパンデミックの中で生き残り株式も公開され、上場企業になり、株式市場で取引され、順調に進んでいます。それが、多くの人がこのストーリーに魅了された理由だと思います。そういったストーリーは、普遍的なものです」。
ドラマ『WeCrashed〜スタートアップ狂騒曲〜』は3月18日よりApple TV+で独占配信開始。(取材・文:細木信宏/Nobuhiro Hosoki)