「ねぇねぇ、本当は男の人なんだよね?」。ドラァグクイーンが子どもたちに絵本の読み聞かせをするイベント「ドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京」では、子どもたちからそんなストレートな質問が飛ぶ。みんなで絵本を読む。そんな平凡なイベントが社会で起こすインパクトとは?(フロントロウ編集部)

「ねぇねぇ、本当は男の人なんだよね?」

 東京を中心に不定期で開催されている、ドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京という絵本の読み聞かせイベントがある。主に3~8歳の子どもとその保護者たちが集まる会場に、キラキラのドレスとメイクで着飾ったドラァグクイーンが登場して自己紹介を始めると、子どもたちのなかには、“普段見ているものと違う”という表情が浮かぶ子もいる。しかしそれも、絵本を開けば関係ナシ。子どもたちの視線はドラァグクイーンがめくる本のページにくぎづけとなり、『おおきなかぶ』のような王道絵本を読むときには、一緒に声を張り上げて絵本を読む。

画像: おはなしクイーンのレイチェル・ダムールさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

おはなしクイーンのレイチェル・ダムールさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

 メンバーのひとりである宮田氏はこう話す。「このイベントって、実は始まってみると意外と普通の読み聞かせ会なんですよ。ただ、読み聞かせをしている人が不思議な人なだけで(笑)。ドラァグクイーンって、自分がやりたいから、楽しいから、ドレスを着て、カツラをかぶって、ああいうパフォーマンスをしているという、すごくポジティブな自己表現をする人たちなんです。その時はただの絵本の読み聞かせかもしれないですが、そんな人と幼い頃に関わったという経験が、後から写真を見たり、こんなの行ったんだよという話が出てきたときに何か話のきっかけになったり、自分がちょっと悩むことがあったときに思い出せるチャンスになるんじゃないか? そんなインパクトがあればって期待しています」。

 そして読み聞かせのあとには、工作(※)やドラァグクイーンとの写真撮影が待っているのだが、ここで、子どもらしい発言がちらほら出る。「ねぇねぇ、本当は男の人なんでしょ?」。ある時に子どもから「あの人じつは女の子じゃないんだよ」という発言が出た際は、スタッフは「え〜!知ってたのぉ〜!」と返す。子どもは素直。思ったことをそのまま言う一方で、最初にドラァグクイーンを見た時に多少なり違和感を覚えたとしても、“絵本を読む”という楽しい体験を一緒にした後はすぐに打ち解けてキャッキャと言葉が飛び交う。「子どもたちには、一緒に楽しい時間を思う存分楽しんで、好きなこと言って帰ってくださいと思っています(宮田氏)」。

※イベントによっては内容は異なる。

画像: おはなしクイーンのマーガレットさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

おはなしクイーンのマーガレットさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

東京での初開催は2018年、図書館のフライヤーがきっかけ

 ドラァグクイーン・ストーリー・アワーは2015年に米サンフランシスコで始まり、現在は世界各国に広がっている。東京で始まったのは2018年。きっかけとなったのは、当時2歳の子どもと一緒にニューヨークで暮らしていた吉田氏が現地の図書館で目にしたフライヤーだった。

 「図書館に置かれていた子ども向けイベントのフライヤーのひとつに、ドラァグクイーンという文字が見えたんです」。興味を持ってイベントに参加した吉田氏は、そこで驚きの発見をした。「子どもにも良かったのですが、自分自身も認めてもらえるみたいな感覚があったんです」と振り返った吉田氏はこう続けた。「生き方を通して(ポジティブな)メッセージを発信しているドラァグクイーンと交流できるのって子を持つ親としても意味がありますし、逆に親も本当にエンパワーされるんです。親だって社会規範の中で生きていて、色々抱えているじゃないですか」。

 ドラァグクイーンはじつは子どもと共通点が多い。想像力が豊かで、楽しいことが大好きで、明るいものに目を奪われがちで、とにかく自由。普段まわりにいる大人が忘れてしまった多くのものを全身で表現しているドラァグクイーンと過ごすことは、子どもにも良いレプリゼンテーション(表象)になるが、吉田氏が言うとおり、“色々抱えている”大人の心にも良いインパクトを与えるのだ。

画像: ニューヨークで開催されたドラァグ・クイーン・ストーリー・アワー。お話クイーンのBella Nocheさん。©dragqueenstoryhour/Instagram

ニューヨークで開催されたドラァグ・クイーン・ストーリー・アワー。お話クイーンのBella Nocheさん。©dragqueenstoryhour/Instagram

 そしてNYでの読み聞かせイベントに心動かされたのは、日本で吉田氏のインスタグラムを見ていた宮田氏も一緒だった。「この楽しいイベントは一体何なんだろうと思っていました」と振り返る。

 男性パートナーと暮らす宮田氏にとっては、自分ができる子育て参加の方法にも思えたという。「初めは、それこそ子育てに関わるための方法として養子や代理母といったことを考えていたのですが、そうじゃなくて、子育て参加って色々なやり方があるんだって思ったんです(宮田氏)」。

 その後、“日本の友達にもこの楽しいイベントを経験してほしい”という思いを強くした吉田氏がアメリカ本部に連絡を取り、同時に、宮田氏をはじめとした日本の知人に相談。両サイドから賛同をもらい、2018年に1回目のイベントが東京で開催された。吉田氏が本部に連絡してから、わずか半年後ほどの出来事だったという。

はじめは絵本選びに困った…幼児教育の専門家との研修も

 面倒なルールや手続きがない「緩やかな組織」だという本部に応援されて設立されたドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京だが、当初は、絵本選びに困ったという。

 「絵本コーナーに行くと、歯磨きを学びましょうといった、親のしつけを手伝う本はすごくいっぱいあったんですよね。でも、2018年の時点では、自分らしさって何だろうとか、ジェンダーって何みたいな本はまだまだ少なかったです。ここ2〜3年は翻訳本を中心に増えてきたとは思いますが、当時は少なかったです(宮田氏)」。

画像: おはなしクイーンのエスムラルダさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

おはなしクイーンのエスムラルダさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

 ちなみに、東京チャプターでは、1つのイベントで、子どもがよく知る王道絵本と、ドラァグクイーン自身が選んだ絵本と、ジェンダーやセクシャリティなど多様性についての本の合計3冊を読むのを基本としている。

 イベントによっては、翻訳本を自分たち流にアレンジすることもある。「翻訳本でもちょっと訳がうーんというものがたまにあります。ちょっと違うかもとか、ドラァグクイーンの方に読んでもらいにくいかもと思うものもあり、そういうものは、自分たちで訳をつけて読んでもらう場合もあります(吉田氏)」。

画像: おはなしクイーンのオナンさんとマダム ボンジュール・ジャンジさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

おはなしクイーンのオナンさんとマダム ボンジュール・ジャンジさん。©dragqueenstoryhourtokyo/Facebook

 メンバーの中には、幼児教育の専門家もいる。読み聞かせを行なうドラァグクイーンらは、専門家の視点から、3〜8歳という年代の子どもたちがどのように情報を理解するのか、といった内容のレクチャーを受けているという。

 「ドラァグクイーンの方々もすごく真剣にコミットしてくださっています。『本屋に行くと絵本に目がいっちゃうの』と言って下さったりして。強い思いを持って関わってくださってるのを感じて本当に幸せだなと思います(吉田氏)」。

ゆくゆくはオープンな形でやりたい

 保育園や美術館、図書館、保護者団体などから派遣依頼を受けて開催するケースが多いという読み聞かせイベント。「自閉症の子どもたちを支えている保護者の方々のグループから声をかけて頂いてやったこともあります(宮田氏)」。現在は応募形式だが、いずれはオープンな環境でやるのが夢だという。

 「本当は私たち、オープンな場でやりたいんです。募集して知っている人が来るという形だけでなく、図書館とか、路上とか、通りすがりの人が参加できて、後から親子で会話が生まれるようなイベントができたらなと思っています(吉田氏)」。

 「ニューヨークなんかは図書館が予算を持っていて、レギュラーのイベントとして毎週やっているんですよね。日本は文化予算というものがそもそも少ないですが、もしもレギュラーイベントのようなものができれば、思いもしなかったところに突然ドラァグクイーンが出てきて、本を読んで、多様性に関するメッセージや考えるきっかけになる絵本にはじめて触れる方も出てくると思うんです。今はニーズのあるところに行っていますが、もっと広がりを持たせるためにも、誰でも通りすがりに入ってこられるような場所でできるのが僕たちの今後の目標です(宮田氏)」。

 ちょっと買い物に出かけたら、ドラァグクイーンが絵本を読んでいる。そんな街に住んでみたくはないだろうか? イベントは個人のグループでも、派遣費用を集めて依頼をすれば開催することができる。また、こういった活動を応援したいという企業や行政の動きももっと出てきてほしい。ドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京の活動支援やイベントへの参加方法は、公式サイトからチェックできる。

ドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京

公式サイトhttp://dragqueenstoryhour.tokyo/
Facebook@dragqueenstoryhourtokyo
Twitter@dqshtokyo
Instagram@dqshtokyo

参加方法:最新のイベント情報は、公式サイトまたはフェイスブックまたはツイッターに更新されるので、そちらをチェックして応募して。

主催方法:個人・団体・企業で派遣プログラムを依頼したいときは、状況によって派遣費用が異なるため、公式サイトの問い合わせまたはSNSのダイレクトメッセージで問い合わせをしてほしいそう。

支援方法:ドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京では、継続的なプログラム運営のために、協賛や寄付も募集しているという。詳細については公式サイトの「Contact us」からメッセージを送り確認して。

(フロントロウ編集部)

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