フィルム・ノワールの特徴を踏襲しながらも、男性主人公を“有害な男らしさ”という現実の中に置き、ファム・ファタールを悪いステレオタイプの犠牲としない描き方をしている映画『ナイトメア・アリー』は、新時代のフィルム・ノワール作品と言える。

男性の“添え物的存在”から逸脱した女性が登場する、新しいフィルム・ノワール

 ショービジネス界の華やかな光と甘美な闇を描いたサスペンス・スリラー『ナイトメア・アリー』は、ギレルモ・デル・トロ監督が作った初のネオ・ノワール映画。ネオ・ノワールとは1945年から1960年にかけて流行したフィルム・ノワールの復興を目指した犯罪映画のジャンルのこと。

画像1: 男性の“添え物的存在”から逸脱した女性が登場する、新しいフィルム・ノワール

 ノワールには、殺人や裏切り、破滅や絶望、ファム・ファタール(※男の運命を変える女、通常“悪女として描かれる)といった伝統的な特徴があるが、デル・トロ監督はそれを踏襲しつつも、ブラッドリー・クーパー演じる主人公スタンを、ノワールによくある“男らしい”男性ではなく“有害な男らしさ”に葛藤する男性という設定にした。母親に捨てられ、父親はアルコール中毒という過去を持つスタンは、次第に男らしさの象徴である権力や金への野望に振り回され、ついには悪夢小路(ナイトメア・アリー)に入り込んでしまう。

 1930年代の大恐慌時代のアメリカを舞台に、怪しげなカーニバルで読心術を習得してトップショーマンへと登りつめるそんなスタンの前に登場するのが、3人のファム・ファタールたち。余談だが、一説には、第二次世界大戦後に女性が社会進出してきたことに対する男性の恐怖がファム・ファタールという表層に現れたとされている。

画像2: 男性の“添え物的存在”から逸脱した女性が登場する、新しいフィルム・ノワール

 まず、1人目のファム・ファタールであるケイト・ブランシェット演じる心理学博士のリリスはスタンを誘惑し破滅へと導いていく。これまで描かれてきた、男を破滅させる典型的なファム・ファタール像に近いが、単純な悪女としては描かれておらず、むしろスタンを破滅させることで男性が作ってきた権力構造を破壊しようとする。

 そして、“気立てのよい優しい女性“がルーニー・マーラ演じるモリー。カーニバルに住むモリーはスタンと愛し合うようになり2人は都会でショービジネスを始める。次第にモリーは彼の本質を見抜き、ここぞというときにスタンに抗う。

画像3: 男性の“添え物的存在”から逸脱した女性が登場する、新しいフィルム・ノワール

 最後に、トニ・コレット演じるジーナ。彼女はカーニバルに参加したスタンを一目で気に入り、夫ピートと一緒に読心術を教える。夫を深く愛する妻だが、自分の欲望に忠実な自律した女性で、スタンを“変える”きっかけを与える。恐ろしい結末をスタンが迎えることを予期していても、彼を救おうとはしない。この映画には、映画で描かれがちな女性のステレオタイプである“男性を救う母親のような女性”は登場しない。

 デル・トロ監督はこの3人のファム・ファタールに強い生命力を吹み込み、生身の女性として映し出した。通常、ファム・ファタールは物語の最後にたいてい罰を受けるか殺されるが、本作の女性たちはスタンの犠牲になることもなければ殺されることもなく、ノワール映画にありがちな男性の“添え物的存在“から逸脱している。2017年の映画『シェイプ・オブ・ウォーター』でデル・トロ監督に取材した時に「人間のありのままの姿や複雑性を理解するのが愛」と筆者に語ってくれた彼の世界観が反映されているように思える。

ボーナス・コンテンツから明らかになる視覚的な記号「環」

 そんな『ナイトメア・アリー』は2022年6月22日にブルーレイ+DVDセットが発売されたが、そこに収められたボーナス・コンテンツで、デル・トロ監督、メインキャスト、スタッフがそれぞれの立場から、セット、人物描写、衣装を考察する。とりわけ興味深いのが、トロント郊外で実際に作られた屋外のカーニバルのセットと、全編に散りばめられている視覚的な記号「環」への言及。壁、家具、窓…、あらゆる場所に登場する「環」はスタンが陥る破滅への“心理的スパイラル”を象徴しているのかもしれない。

 これらボーナス・コンテンツにはインタビューだけでなく、スタッフやキャストがデル・トロと現場で意見交換している映像も流れるので、映画制作は俳優、スタッフと監督によるオーケストラだと実感できるだろう。ぜひボーナス・コンテンツも併せて観て、デル・トロが世界最高峰の俳優とスタッフを指揮して制作した『ナイトメア・アリー』が奏でる、甘美で奇怪なシンフォニーを堪能してほしい。 (此花わか/フロントロウ編集部)

画像: 有害な男らしさを描き、これまでのファム・ファタール像を一新した『ナイトメア・アリー』

『ナイトメア・アリー』
ブルーレイ+DVDセット発売中
デジタル配信中(購入/レンタル)
発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン
© 2022 20th Century Studios.

This article is a sponsored article by
''.