ダイアナ元妃が不慮の死をとげた、1997年の交通事故。その原因について、ダイアナ元妃の元ボディガードが口を開いた。(フロントロウ編集部)

カーチェイスの末に亡くなったダイアナ元妃

 ロイヤルファミリーのチャールズ皇太子と結婚し、ウィリアム王子ヘンリー王子の母親であるダイアナ元妃は、1996年の皇太子との離婚後も世界に大きな影響を与え続けた。

画像1: カーチェイスの末に亡くなったダイアナ元妃

 しかし1997年に、フランスのパリで起こった交通事故により、36歳の若さでこの世を去った。

 ダイアナ元妃が乗っていた車には、当時ダイアナ元妃と交際のウワサがあったドディ・アルファイドとボディガード、そして運転手の3人が同乗していた。

 そんなダイアナ元妃が亡くなってから2019年で22年。有名な犯罪捜査官であるコリン・マクラーレンが、英ポッドキャスト『FatalVoyage: Diana Case Solved(原題)』のなかで当時を知る王室関係者などに聞き込み調査を実行した。

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 当時、フランスでダイアナ元妃の護衛にあたっていたのは、ドディのセキュリティチームだったという。しかし、そのチームに問題があったと考える王室関係者も多いよう。

 元英国王室警護班の一員でダイアナ元妃のボディガードを務めていたケン・ワーフェは、こう語る。

「ドディのセキュリティチームは、軍隊的な経験のある者だけしかいませんでした。だから、ダイアナ元妃が(社会的に)どのような人物であるかを全く理解していなかったのです。あのチームのメンバーは誰ひとりとして、ロンドン警視庁に助力を求めたり、アシストを求めたり、アドバイスを求めたりしなかったのです」

 そう言ってケンは、ロイヤルファミリーという特殊な人物たちの警護には、それに合った警護の仕方をする必要があったと悔しさを滲ませた。

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 また、高級ホテルであるリッツのセキュリティチームのトップで、当時車の運転を担当していたアンリ・ポールは、事前にかなりの量の飲酒をしていたことが分かっている。

 ダイアナ元妃の人生を追った『The Diana Chronicles(原題)』の著者であるティナ・ブラウンは、亡くなったドディの父親で当時リッツを所有していたモハメド・アルファイドの責任を指摘。「彼のスタッフたちがダイアナ元妃を、法的規則を超過した量のアルコールを摂取していた運転手の車に乗せたんですよ。そして彼女は亡くなってしまった」。

 もしダイアナ元妃の警護班に王族警護の経験があれば、もし運転手がお酒を飲んでいなかったら…。多くの人的要因によってその命を落としたダイアナ元妃。この事件では、現場にいた多くのパパラッチがダイアナ元妃への救護活動を行なわずに写真を撮り続けたことも大きな非難を呼んでおり、息子のヘンリー王子は過去に、母の死に関してこのパパラッチの対応が「最も折り合いをつけるのが難しかったことの1つ」と語っている。(フロントロウ編集部)

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