ブラック企業に抵抗したら解雇
アメリカの人気オーディション番組『アメリカズ・ゴット・タレント』で審査員を務めていたガブリエル・ユニオンが、シーズン14のワンシーズンだけで、2019年12月に解雇された問題。ガブリエルは、人種/性差別を含む撮影現場の労働環境の悪さを指摘したため、同番組の放送局である米大手NBCに解雇されたと業界関係者は見ており、多くの人がNBCや、番組出演者を批判した。
『アメリカズ・ゴット・タレント』といえば、人種・性別・年齢問わず、出演者に多様性がある印象は強い。それは番組に参加する前のガブリエルも同じだったようで、始まる前はとても楽しみにしていたと、米Varietyのインタビューで明かす。しかし、初日から問題は起こる。
『アメリカズ・ゴット・タレント』シーズン14のファイナルで撮影された写真。
大物プロデューサーのサイモン・コーウェル
番組の名物司会者で、ボーイズグループのワン・ダイレクションをプロデュースしたことでも有名なサイモン・コーウェルは、室内でタバコを吸う習慣があり、室内の職場でタバコを吸うことはカリフォルニア州の法律で禁止されている。さらにガブリエルにはタバコアレルギーがあり、サイモンがタバコを吸うのを止めなかった(※)ことが原因で、その後2ヵ月間は風邪のような症状に悩み、最終的に気管支炎になったという。これはガブリエルの喉を傷つけるもので、俳優として活動する彼女の仕事にも影響することとなった。
※サイモン側は、ガブリエルに指摘された後にすぐにタバコを吸うことを止めたとコメントしている。
「セットに行ったら、ブラックな労働環境というものに完全に当てはまっていて、しかもそれは最も権力を持つ人によって率いられていた」
ホーウィー・マンデルもガブリエルを排除
『アメリカズ・ゴット・タレント』での初日をそう振り返るガブリエル。さらに、サイモンのタバコが原因で発生したガブリエルの風邪のような症状に、審査員の1人であるホーウィー・マンデルは苛立ちを隠さなかったという。また、自分の意見を言う彼女についてサイモンは、「彼女は難しい」と言っていたという証言も。彼らのそんな態度を分かっていたガブリエルは、その経験をこう話す。
「初日から、疎外され、孤独で、ひとりぼっちだった。基本的な法律を守ってほしいと頼む、難しい人でいたからね」
サイモンのこの発言には、NBCで多くの番組に出演するデブラ・メッシングも怒りをあらわにしており、「もちろん女性は“難しく”なる。彼女たちの主張が、敬意やプロフェッショナルな労働環境に関してであり、なおかつ無視された時にはね」とツイートしている。
さらに、過去に『アメリカズ・ゴット・タレント』の審査員を務めていた大御所ラジオパーソナリティのハワード・スターンは、自身のラジオ番組『SiriusXM(原題)』の中で、サイモンを名指しで批判。そして男性同士で組織を固めて仲良くやっていると、「これは、“男だけの社交クラブ”の究極の例じゃないか」と痛烈にコメントした。
人種差別を容認する職場
また、『アメリカズ・ゴット・タレント』のオーディションを受けにきた参加者が人種差別的な行動を取った時や、ゲスト審査員として出演したコメディアンのジェイ・レノがアジア文化をバカにする発言をした時、そしてガブリエルやもう1人の女性審査員ジュリアン・ハフの外見に不必要な批判が行なわれた時にも、ガブリエルは意見したという。しかし制作側はそのシーンを編集でカットするだけで、その後なんの対策も取らなかったと見られている。
「経験したことは、編集で消せるわけじゃない。私の脳や魂に、編集ボタンはない。自分の職場で、あんな人種差別を経験して、しかもそれへの対処もなにもなされない。教育もない、社員全員へのメールもない、職場において何が適切かという意見もない」
黒人であり、女性であるガブリエルは、差別される立場を黙って見過ごせなかった。また、ジュリアンが過去にブラックフェイス(※)をして人種差別的な行動をしていたこともあり、NBCや番組側には、職場における人種差別にもっとセンシティブになって欲しかったという
※アメリカでは、白人が奴隷である黒人のモノマネをする際に黒塗りの化粧をしていた人種差別の歴史があり、現在ではそういった行為はタブーとなっている。とくに顔を黒く塗ることは、ブラックフェイスと言われる。
ガブリエル・ユニオンは心に信念を持っている
信念を持って声を上げていたガブリエルだけれど、最終的には『アメリカズ・ゴット・タレント』への出演は取りやめに。これらの経験から、ガブリエルの中での目標は大きく変わったと言い、現在は、「最も幸せで、高機能で、包括的で、保障されていて健全な労働環境の例を作ること」を目指しているという。いくつかのコスメブランドのスポークスパーソンやアンバサダーを務め、自身のファッションブランドも運営するガブリエルは、社会の変革を求め、声を上げることへの思いをこう語った。
「私と夫は恩恵を得ていて、声をあげられる特権があるのにそうしないのであれば、なぜそれを持っているの?他の人々を助けるために使わないのであれば、地位を得て特権を守っているのはなぜ?権力に立ち向かうのは本当に怖いこと。私は怖がらないようにしてる。マシな日もあるから」
(フロントロウ編集部)