『ハリー・ポッター』の著者J.K.ローリングがトランス差別だとされる発言を繰り返している騒動。トランスジェンダー・コミュニティに悪影響を与える “切り取られた事実”だと批判を受けている主張の裏にあるデータとは?(フロントロウ編集部)

J.K.ローリングの主張は「中途半端な真実」なのか?

 トランスジェンダーに対する差別や偏見が含まれているとされる発言を繰り返しているJ.K.ローリング。著書の映画版『ハリー・ポッター』に出演するダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリントら多くのキャストが彼女の発言を受けてトランスジェンダーを擁護する声明を発表するなか、J.K.ローリングはツイッターに連投を行なったり、2万字に及ぶエッセイを公式サイトに公開したりして持論を展開してきている。

画像: J.K.ローリングの主張は「中途半端な真実」なのか?

 しかしそんな彼女が提示している情報は、真実の一部しか提示しない「half truth (中途半端な真実)」だと揶揄されており、世界的に有名な著者である彼女の行動としてはあまりに無責任すぎると批判が集まっている。

 では、J.K.ローリングの主張で説明されていない真実とは何なのか?今回は、J.K.ローリングが繰り返している、思春期の精神的な不安定さやプレッシャーが原因でジェンダー移行をして後悔する若者が増えている、という点にスポットライトを当ててみる。

ジェンダー移行を後悔する人、実際はどれだけいる?

 J.K.ローリングはエッセイにて、「ジェンダー移行を望む若い女性が激増する一方で、後になって後悔し、ジェンダー再移行を行なう人も増えている」ということを問題点として挙げている。

 “中途半端な真実(half truth)”だと批判が多いエッセイの中で、ここは批判が大きい箇所の一つ。では、J.K.ローリングのエッセイで語られていない真実とは何なのか?

画像: ジェンダー移行を後悔する人、実際はどれだけいる?

 まず、ジェンダー移行した後にジェンダー再移行をする人が存在することは、LGBTQ+コミュニティの中でも認められている事実。2015年にアメリカで2万8,000人のトランスジェンダーを対象に行なわれた調査によると、8%がジェンダー移行後に再移行したと回答した。これだけを読むと10%近くもの人がジェンダー移行を後悔しているように見えるけれど、重要なのはその内訳。

 実際にジェンダー移行をやめて再移行したと回答した人のうち、62%はあくまで一時的な再移行だった。そして、ジェンダー再移行する理由で最も多かったのが、親から再移行するようプレッシャーを受けたからだった。そのほかには、ジェンダー移行後に受けたハラスメントに耐えられたなかったことや、仕事が見つけられなかったことが挙げられた。実際に再移行をした人のうち、ジェンダー移行は自分にとって正しいアクションではなかったと答えた人は全体の0.4%だった。

 ジェンダー再移行をした人、ジェンダー移行は間違いだったとした人のあいだで、“周囲からのネガティブな反応”が一番の理由として挙げられているというデータは他国でも報告されている。

 スウェーデンで発表された調査によると、ジェンダー移行が間違いだったとした人のあいだで最も多かった理由は、ジェンダーを変えたことで家族やコミュニティからの支援が得られなくなったことだった。さらにこの調査では、手術結果への不満も大きな理由とされている。また、オランダのトランスジェンダー人口の95%に治療を提供しているオランダ最大のジェンダークリニックの調査によると、1972〜2015年に同クリニックで治療を受けた人のうち後悔したと回答した人はトランスジェンダー女性で0.6%、トランスジェンダー男性で0.3%となり、後悔の理由を回答した人のうち3分の1が、家庭や職場で差別を受けたといった社会的な拒絶を理由にあげた。

 欧米では、政府による支援の拡大、保険の適用拡充、社会的な認知や受け入れの向上などによって、支援を必要とする人が昔よりも支援を受けやすくなってきているため、ジェンダー移行の件数は間違いなく増えている。そしてその中には、その決断に満足せず後悔している人がごくわずかながらいることはデータも認めている。しかしデータは同時に、ほとんどの人が満足していることも認めている。

 J.K.ローリングはこのデータの一部を切り取って、“ジェンダー移行がトレンドとして激増しており、そのなかで誤ってジェンダー移行してしまう若者が増えている”とする、反トランスジェンダー主義者のあいだで訴えられている主張をしており、そのため、ジェンダー移行/性別適合手術によって命や人生が救われている多くのトランスジェンダーの人々の差別や偏見につながっていると批判されている。

ジェンダー移行の「社会的伝染」も不確定なデータが基 

 J.K.ローリングはエッセイの中で、「社会的伝染(social contagion)」という言葉を使い、思春期の若者のあいだでジェンダー移行したいという感情が“伝染”してしまっているいう説に触れている。

画像: ジェンダー移行の「社会的伝染」も不確定なデータが基

 エッセイの中では、ブラウン大学のリサ・リットマンが発表した、若い女性が性自認ではなく社会的なプレッシャーが原因の感情によってジェンダーに違和感を覚えているとするROGD(=性別違和感の急激な発生)という論文に触れている。しかしこの論文はのちに、当事者であるトランスジェンダーのティーンではなくその親の証言を元にしていたことがわかった。当然、子供のジェンダー移行に賛同していない親はROGDを理由に挙げる可能性が出てくるため、論文が掲載されたサイトが訂正版を公開する結果となった。

 また、J.K.ローリングはエッセイにおいて、「10年前、反対の性にジェンダー移行をしたい人の大半は男性でした。この比率は今や逆転しています」としている。しかし2019年のイギリス政府の発表によると、これは事実ではない。イギリス政府の調査では、トランスジェンダー女性は人口の3.5%で、トランスジェンダー男性は2.9%。ジェンダー移行をしているのは、生まれた時に割り当てられた性別が男性の方が上回っていることがわかっている。

 J.K.ローリングはツイッターで「私はトランスの人を愛しているし知り合いもいる」と語るなど、反トランスジェンダーであることを一貫して否定している。そんななか、エッセイの公開後、政策が反LGBTQ+だとして米人権NGOヒューマン・ライツ・キャンペーン財団(HRC)にも名指しで批判されている米議員ジェームズ・ランクフォードが答弁でJ.K.ローリングのエッセイの一部を引用するなど、LGBTQ+に厳しいスタンスをとる人たちの間では彼女の主張を追い風とする人が現れている。(フロントロウ編集部)

 

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