「トランスフォビア的」ととらえられる発言により世間から大きな批判を浴びている『ハリー・ポッター』シリーズの原作者J.K.ローリングが、2万字にもおよぶエッセイを通じて自身の発言の真意を説明した。(フロントロウ編集部)

『ハリー・ポッター』著者、大炎上発言を釈明

 映画『ハリー・ポッター』(以下『ハリポタ』)シリーズの原作となった同名児童向けファンタジー小説の著者で、『ハリー・ポッター』のスピンオフシリーズである『ファンタスティック・ビースト』(以下『ファンタビ』)の原作・脚本も手がける作家のJ.K.ローリングの「トランスフォビア(※トランスジェンダー/トランセクシュアルに対するネガティブな感情・思想・行動)」的ととれる発言が、LGBTQ+コミュニティをはじめとする世間の人々から批判を集めている件で、しばらくの間沈黙を貫いていたローリング氏が、自身の公式ウェブサイトで公開した長文エッセイを通じて、自身の発言を擁護した。

画像: 『ハリー・ポッター』著者、大炎上発言を釈明

J.K.ローリングの「トランスフォビア的」発言とは?

 ローリング氏は、ツイッターを通じて米メディアDevexの『意見:新型コロナウイルス以降の世界を月経がある人々にとってより公平なものにするために』というタイトルの記事をシェア。

 新型コロナウイルスというパンデミックによって得た教訓をもとに、月経にまつわる健康への意識を高め、さまざまな理由により生理用品を入手するのが困難な人々をサポートするシステムを整えるべきだと論じたこの記事では、トランスジェンダー(※1)の男性(生まれ持った体は女性)やノンバイナリー(※2)の人たちも考慮に入れ、「月経がある=必ずしも女性ではない」ということを強調するため、タイトルでも「月経がある人々」という書き方が採用されたが、この表現にひっかかるものを感じた様子のローリング氏は、「“月経がある人”ね。以前はこの人たちを表す言葉があったと思うんだけど。なんだったっけ、誰か教えてくれない?ウンベン?ウィンパンド? それとも、ウーマッド?」と、あえて「女性(ウィメン)」と記載しなかったことに疑問を投じた。

※1:生まれ持った体と心の性が一致しない人。※2:自分の性認識が男女という性別のどちらにもはっきりと当てはまらないという考え

 少し茶化したようにも聞こえるローリング氏のこの発言は、トランスジェンダーに対して差別的だと批判の的に。

画像: 『ハリー・ポッター』著者、「トランスフォビア的発言」を2万字のエッセイを通じて釈明

 ローリング氏は、「もし性別がリアルではないなら、同性同士が引かれることだってない。もし性別がリアルじゃないなら、これまで世界中の女性たちが生きてきた現実が消し去られてしまう。私はトランスジェンダーの人たちのことも知っているし、大好きだけど、性別の概念を取り除いてしまうのは、多くの人たちが自分の人生について有意義に議論をする可能性を奪ってしまう。真実を語るのは悪意ではない」と持論を展開し、トランスジェンダーを嫌悪しているわけではないと説明したが、非難の声は鳴りやまず、一般ユーザーからはもちろん、セレブたちからも異論を唱えるコメントが続出した。


TERF疑惑の発端となった騒動の内幕

 2018年に「ドレスを着た男性」が女性よりも上に扱われているとするツイートを「いいね」したことや、2019年には、TERF(ターフ)<※3>としてたびたび炎上していたユーチューバーのマグダレン・バーンズをツイッターでフォローしていることが発覚したことで、トランスフォビア疑惑が浮上したローリング氏。

※3Trans-Exclusionary Radical Feministの略。トランスジェンダーの人々を排除しようとする急進的なフェミニストのこと

 2019年末には、イギリスの研究員マヤ・フォーステーターが「生物学的性別は2つしかない」、「性別は生まれつきでなく性の自認で決まるという考えの“セルフID”を中心に性別変更を可能にすると、女性の権利が守られなくなる」と、トランスジェンダーに対して差別的な主張をしたことで、勤め先だったシンクタンクをクビになったことを受け、不当解雇を主張して裁判を起こした彼女が敗訴。この一件に、ローリング氏が、ツイッターを通じて「好きな服を着て。自分を好きな名称で呼んで。同意した大人が相手ならば、あなたを受けいれてくれる人と寝ればいい。平和で安全な環境で、素晴らしい人生を生きて。でも、生物学的性別があると発言したことで、女性から仕事を奪うことはしないで#私はマヤと共に#これは予行練習じゃない」と、マヤを擁護する発言をしたことで、トランスジェンダー嫌悪に同調しているとみなされ、波紋を呼んだ

画像: TERF疑惑の発端となった騒動の内幕

 エッセイの序盤で、これらの“疑惑の元”について言及したローリング氏は、過去数年間にわたり、以前執筆中だった作品の取材・研究と、個人的な理由を兼ねて、トランスジェンダーの人々に直接会ったり、トランスジェンダーやジェンダーの専門家、インターセックス(両性具有者)、心理学者、護衛の専門家、ソーシャル・ワーカー、医師といったさまざまな人々によって書かれた本やブログ、記事などを読み漁るなどして、知識を深めようとしていたことを告白。最初に“トランスフォビア”を疑われることとなった、ツイッターでの「いいね」は、この頃、資料集めのためにしていたスクリーンショットの代わりに、誤って「いいね」ボタンを押してしまったことが原因だったと説明した。

 ローリング氏は、これについては、騒動が起きた当時にも「手違いだった」と弁解していたが、この過ちにより、間違った考えの持ち主であるというレッテルを貼られ、今日に至るまで、トランスジェンダーの権利向上を訴える活動家などから、過激なバッシングや脅迫ともとれるメッセージが自身のもとに届き続けていることを明かした。

TERF(ターフ)とは?
「Trans-Exclusionary Radical Feminist」の頭文字をとった呼び方で、その多くはシスジェンダーの女性(心と体の性が女性として一致している女性)。具体的な例を挙げると、トランスジェンダーの女性がトイレや更衣室、女性専用車両といったの“女性専用”のスペースを利用することに否定的であったり、そもそもトランス女性を女性として認めることを拒否したりするケースも。TERFという言葉は、批判を込めたネガティブな意味合いで使われることが多い。


過去のDV、性的暴行被害を告白

 ローリング氏は、エッセイの中で、自身が、今回の騒動の発端となった性別の定義にまつわる発言をした背景には、昨今、急進しているトランスジェンダーの権利擁護運動の行く先に不安を感じている5つの理由があるためだと綴っている。

<第1の理由>
まず第1に、ローリング氏は、DVや性的暴行の被害を受けた女性たちの保護や、性別によって症状が異なる病気(多発性硬化症)を持つ人々のチャリティを支援しているが、「性別に関する法的な定義づけが、生まれ持った性というものを浸食し、それにとって代わったとしたら、そういった人々が大きな影響を受ける恐れがある」と心配していること。

<第2の理由>
そして第2には、元教師であり子供たちを支援するチャリティの設立者でもある自身としては、「トランスジェンダーの権利擁護運動が子供たちの教育や保護に与える影響について深い懸念がある」を挙げた。

<第3の理由>
第3の理由は、「発言の自由を行使したいと思った」ため。この言葉がトランスジェンダーの権利運動の急進とどう関係があるかは具体的に説明していないが、ローリング氏は、「これまで何度も(メディアなどから)出禁を食らってきた作家として、発言の自由に興味を持っており、これまでもそれを、ずっと公に擁護してきたし、ドナルド・トランプ米大統領にでさえも直接訴えたことがある」とコメントしている。

<第4の理由>
第4の理由については、「男性へのジェンダー移行を望む若い女性が激増する一方で、後になって後悔し、再ジェンダー移行(生まれ持った性に戻る)を行なう人も増えているが、手術などにより生殖能力を失ってしまった場合には、取り戻すことはできない」、「じつは同性愛者だということに気づく以前にジェンダー移行をしてしまった、社会や家庭における同性愛嫌悪からジェンダー移行を行なってしまったという話も聞く」と、ジェンダー移行を行なうことが以前よりもずっと容易になっていることで、早まった決断を下してしまう人もいることを心配していると示唆した。

 続けて、「これまでにも、たくさんの女性たちが口にしてきましたが、『女性』は衣装でもなければ、男性の頭のなかにあるアイディアでもありません。『女性』はピンク色の脳ミソではないですし、ジミー・チューを好むといった、昨今どういうわけか進歩的だともてはやされている性差別的な概念ではありません。そして、“月経がある人”、“(女性器の)陰門を持つ人”といった包括的な言語だとされる呼び名には、多くの女性たちが人間性を奪われている、屈辱的だと感じています」と、今回の騒動の発端となったツイートに立ち戻ったローリング氏は、「トランスジェンダーの権利活動家たちがなぜ、これらの言語を適切で親切だと感じるのかという理由は理解していますが、これまで暴力的な男性たちから名誉を傷つけられるような中傷を浴びせられてきた私たち女性にとっては、中立的だとは感じられず、敵意に満ちていて、疎外感を感じるものなのです」と、持論を展開した。


過去のDV、性的暴行被害を告白

 ローリング氏は第5の理由の説明の一環として、じつは自身がDVと性的暴行の“生還者”であることを初告白。

画像: 過去のDV、性的暴行被害を告白

 トランスジェンダーの女性も、生まれながらにして女性である自身と同様、もしくは、それ以上に男性に暴力を振るわれたり虐待の対象になるリスクが高いことを認識しており、「彼女たちに共感し、仲間意識を持っている」、「安全でいて欲しいと願っている」などと記したが、その一方で、「自分が女性だと信じる・感じているすべての男性(現在、性別証明書は、性別適合手術やホルモン治療の有無にかかわらず発行されるのです)に対して女性専用のトイレや更衣室のドアを解放してしまうことは、そこに入りたいと願う、すべての男性に対してドアを開けてしまうということと同じなのです」と、トランスジェンダーを自認するほとんどの人々が他人に対して何の危害も及ぼさないことは分っているが、もしかしたら悪意を持った男性が制度を悪用して性犯罪に手を染める可能性もゼロではないことから、「生まれつき女性として生まれた少女たちや女性たちに安全ではないと感じて欲しくない」と説明した。


反省や自分の意見を取り下げるような記述は無し

 ローリング氏は、「決して、絶対に微妙なニュアンスでの会話ができるなどと期待してはいけない、というツイッターの第1のルールを忘れて、女性の名誉を傷つけるようだと感じた言葉に反応してしまいました。私が声を上げたかったのは、生物学上の“性”の重要さについてですが、あの発言以来、報いを受けています」と、問題視されている自身の発言は、ツイッターというさまざまな人の意見が飛び交うSNSでするには、場違いな内容だったことを悔いるコメントもしている。

 しかし、結局のところ、自身の発言について反省したり、持論を引っ込めたというわけではなく、エッセイの最後には、自身のもとに誹謗中傷が相次いでいることを明かしながら、「私が望んでいるのは、脅迫を受けたり暴言を吐かれたりすることなく、ただ、自分が抱えている心配事について聞いて欲しいと願っている、ほかの何百万人もの女性たちと同じような共感と理解だけです」と結んでいる。

 ローリング氏の今回のトランスジェンダーに対して差別的ととらえられる発言を巡っては、たくさんのセレブも抗議のコメントを出しているほか、『ハリポタ』シリーズで主人公のハリー・ポッターを演じた俳優のダニエル・ラドクリフや『ファンタビ』シリーズでニュート・スキャマンダ―を演じたエディ・レッドメイン)が、ローリング氏の発言には賛同しないとそれぞれ声明を出している。(フロントロウ編集部)

※当初この記事ではtransitioning(トランジショニング)という言葉を性転換と表記していましたが、より適切なジェンダー移行という言葉に訂正しました。また、transphobiaという言葉を当初「反トランスジェンダー」と記載していましたが、より適切な「トランスフォビア(※トランスジェンダー/トランセクシュアルに対するネガティブな感情・思想・行動)」に修正しました。

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