最近よく聞く「トキシック・マスキュリニティ(Toxic Masculinity/有害な男らしさ)」って、何?(フロントロウ編集部)

男性自身を苦める男らしさの呪縛(トキシック・マスキュリニティ)

 男性だから泣いてはいけない、男性だからリードしなくてはいけない、男性だから稼がなくてはいけない、男の子だからわんぱく、男の子だからいたずらをしても仕方ない…。

 そんな呪いは捨ててしまおう。

 「トキシック・マスキュリニティ(Toxic Masculinity)」という言葉が、ここ数年で注目度が急上昇している。日本でも「男らしさの呪縛」という言葉で話されるようになってきているこの問題は、社会が男性に対して“男らしさ”を設定し、その“らしさ”に沿わない行動や思想を罵ったり、バカにしたりして排斥することや、またはその概念のことを言う。

 男らしさの呪縛は、男性の間で多様性をかき消し、その“らしさ”に共感できない男性は苦しむことになる。また、そんな“男らしさ”に従う男性もまた、悩みを相談できなかったり、男らしさをキープしなければという緊張にさらされたり、苦しむことになる。

画像: 男性自身を苦める男らしさの呪縛(トキシック・マスキュリニティ)

 とくに近年では、男らしさの呪縛が男性のメンタルヘルスに悪い影響を与えていると問題視する声が増えている。男性の自殺率が女性の3.5倍とされているアメリカでの調査では、“泣かない、感情を表さない、リスクを恐れない”といった、古くから存在する16の男らしさの呪縛に沿って行動する男性ほどそうでない男性に比べて自殺率が2.5倍も高かったという結果が2020年にJAMAにて発表された。男らしさの呪縛とメンタルヘルスの関係はさらなる調査が必要とされているものの、社会として啓もうやアクションが求められている。

 実際に男性自身が男らしさの呪縛に声をあげる機会も増えており、2018年に米TIMEの最も影響力のある100人に選ばれた22歳のシンガーであるショーン・メンデスは、2020年の楽曲「ワンダー(Wonder)」のなかで、「思うんだけど/僕が手で顔を覆って泣く時/それは男らしくないって感じる習慣が身についてしまっているんだ」と歌っている。


男らしさの呪縛は社会問題

 男らしさの呪縛は、男性自身以外にも、社会の中で多くの問題に影響を与えてしまっていると言われている。

 男らしさの呪縛は、“ホモソーシャル”によって深まっていくと言われている。ホモソーシャルとは、同性同士、とくに男性同士の繋がりのことを指す言葉。男性同士は、男らしさの呪縛が作り出した“女が好き”“男の友情”といったような価値観を共有して絆を深める場合があり、すると例えば、男性同士はその友情を証明するために同性愛を否定することになる。そしてその結果、同性愛差別に結びつきやすい。

 そして男らしさの呪縛は、女性差別を引き起こすことにもなる。“男なら女をモノにできなくてはいけない”といった価値観は、女性の意思を無視した不適切な扱いに繋がりやすい。そして、男性から女性への性加害は“男らしさ”で片づけられてしまうこともある。例えば女性の外見について性的なコメントをすること、お風呂を覗くこと、スカートめくり、嫌がる女性と性行為に及ぶことなどが、男だから仕方ないと肯定的に描かれているフィクション作品はいまだに多い。

画像: 男らしさの呪縛は社会問題

 男性社会による女性蔑視は非常に深刻。男性に対するプレッシャーから男らしさの呪縛が出来上がり、そこから女性蔑視が引き起こされたからといって、男性もプレッシャーがあって辛いのだという理由で差別が許されるものではない。そういった女性蔑視や、そのほかの様々な差別をなくすため、そして男性自身が有害な“らしさ”で感情や行動を制限されないためにも、男性が男らしさの呪縛から解放されることは社会全体にとって重要。


男らしさとか女らしさって、本当にあるの?

 俗に言う男らしさや女らしさは、本当にあるのだろうか? 女の子でも活発な子はいる。男の子でも静かな子はいる。では、なにがまっさらな子供たちに影響を与えるかといえば、周囲の大人がジェンダーによって対応を変えてしまうことは大きな原因の1つ。

 2017年にイギリスで行なわれた実験では、大人たちが性別を知らない赤ちゃんをあやしたのだけれど、ワンピースを着た男の子の赤ちゃんとは人形やぬいぐるみで遊び、ズボンを着た赤ちゃんとはパズルや車のおもちゃで遊ぶという結果に。つまり、大人が子供の性別によって態度を変えていることが分かった。

画像: 男らしさとか女らしさって、本当にあるの?

 また先述の通り、フィクション作品やテレビ番組などで、男らしさの呪縛は多く発信されている。そんなメディアに映る多くの男性セレブも、男らしさの呪縛には口を開いてきた。彼らはどんな思いを発信してきたのだろうか?


男性セレブたちも男らしさの呪縛に意見


ジェイソン・モモア

画像: ジェイソン・モモア

 自分の中にある問題を受け入れず弱さや非を認めない、ということも男らしさの呪縛の一つと言われているけれど、筋肉があり、俗にいう男らしい身体つきで男性からも人気の俳優ジェイソン・モモアは、自分の中身と向き合うことに恥はないと言い切っている。

 「俺は戦士だ。それは断固として言うよ。でも、『自分にはたくさん問題がある。それを正したい』と真っ先に言うタイプでもある」

 また、社会的に“女性らしい”とされているピンクの洋服を着ることが多いジェイソンに対して、「なぜピンクばかり着るの?」と質問された時には、「何でって、ピンクは美しい色だからだよ」とさっぱりした様子で答えた。

 ちなみに、色自体に“男らしさ”や“女らしさ”などがあるわけはなく、色に対するイメージも社会によって作られてきた。今では社会的にピンクが女の子の色とされる傾向があるけれど、その考えが出てきたのは第二次世界大戦後。それ以前は、むしろピンクこそ男の子の色であり、女の子を象徴するのはブルーとされていた。『オズの魔法使』のドロシーや、1865年に発表された児童文学『不思議の国のアリス』のアリスがブルーの洋服を着ているのは、そういった社会的背景が関係していると言われている。


マイソン

画像: マイソン

 ラッパーのマイソンは、過去に性暴力を働いたことがあるとの疑惑が出たアメリカ最高裁判所判事のブレット・カバノー氏に対する就任反対デモに参加し、ホモソーシャルについて反省した

 「私たちは、自分たちでも気づかないうちに、女性にトラウマを与えている。なぜなら、それが普通とされてきたからです。…、女性がノーと言ったって、彼女にプレッシャーをかけて何かをさせたことがあるだろう。それは、男にとって普通の行動だとされてきたから。男は女性をモノにするのがかっこいい生き物とされてきたから。
 しかしそのことに気がつき、女性たちからの話を聞いた時、自分たちが普通だとしてきたことのせいで、彼女たちは傷ついてきたんだと気がつくんだ。そして、そこで説明責任はうまれる。自分は何かをしたかもしれない。レイプはしていないけれど、男として、女性のトラウマとなる何かをしたかもしれない。その時こそが、成長した男としての始まりなんだ。自分の過ちへの説明を果たす時が」


ブラッド・ピット

画像: ブラッド・ピット

 俳優のアンジェリーナ・ジョリーとの離婚の原因には、自身の飲酒があったと公表している俳優のブラッド・ピットは、禁酒会に参加した時のことを、「大の男たちがじっと座って、包み隠さずオープンに語り合うんだ。僕はそんなのそれまで経験したことがなかった。誰もほかの人を批判したりしないし、だからこそ、自分も自分自身を否定したりしなくて済む。そんな安全な場所だと感じた」と振り返っている。そして、「僕たち(男性)は、強く、弱さを見せず、バカにされないように教育された時代に育った」とし、そのような男らしさは、持たないほうが良い人間関係を築けるのではないかという思いを語っている。

 「(男として)よりオープンでいることは、自分の愛する人や両親、子供たち、そして自分自身ともっと良い関係を築けることになるんじゃないか?」


ヘンリー王子

画像: ヘンリー王子

 兄のウィリアム王子とともに、男性のメンタルヘルス問題に熱心に取り組んできたヘンリー王子もまた、心をオープンにする重要性を話した。

 「真の強さや男らしさというものには、必要なときに誰かに助けを求めることができるかどうかということも含まれます。一人で静かに苦しむ必要はないのです」


ブライアン・オースティン・グリーン

画像: ブライアン・オースティン・グリーン

 前妻で俳優のミーガン・フォックスとの間に子供を育てている俳優のブライアン・オースティン・グリーンは、息子がディズニープリンセスのドレスを着て楽しんでいることについて、一部からネガティブなことを言われ、こう反論した

 「息子は4歳だ。ドレスだろうが、ゴーグルだろうが、スリッパだろうが、着たいものを着る」
 「とくに、4歳か5歳の時は何ごとも楽しむべきだ。ドレスを着ても誰にも危害が出ないんだから、いいじゃないか」


ハリー・スタイルズ

画像: ハリー・スタイルズ

 ブライアンが息子をそう育てるように、今の若い世代の間では、加速度的にジェンダーに縛られない感覚が育っている。男性であっても“女性らしさ”があっても良いといったメッセージを送るセレブがいる一方で、シンガーで俳優のハリー・スタイルズは、ジェンダーとらしさをくっつけることをしない。女性向けの服を着ることも多いハリーは、こう話した。

 「服というのは、楽しんだり、実験したり、遊んでみたりするためにあるんだよ。両者の間の線引きが崩れ去っているのはワクワクすることだよね。『男性のための服があって、女性のための服がある』っていう障壁さえ取り除けば、言うまでもなく、楽しむことのできる領域が広がることになる。僕も時々、ショッピングに行った時に女性の服を見ることがある。『素晴らしいな』って思いながらね」


ジレット

 また、男らしさの呪縛を止めようと取り組むのは、セレブ以外にも。カミソリブランドのジレットは、『We Believe: The Best Men Can Be(私たちは信じている:男性がなれるベストは)』というタイトルで、ホモソーシャルの中で、男同士で男らしさの呪縛を止めていこうという広告を発表し、称賛された。

(フロントロウ編集部)

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