日本で元ジャニーズJr.による性加害の告発が報じられているが、アメリカをはじめ海外のボーイズグループでは、マネージャーや業界関係者による性加害が多く告発されている。

バックスや’NSYNCのマネージャーによる不適切行為

 ボーイズグループのマネージャーとして最も有名な人物は、バックストリート・ボーイズと’NSYNC(インシンク)を作ったルー・パールマンだろう。マネージャーとしてグループのお金を流用して両グループとドロ沼裁判をしたことで知られるパールマンだが、複数のメンバーたちから性的不適切行為を告発されている。

画像: ルー・パールマンによるオーディションで誕生したバックストリート・ボーイズ。最年少ニック・カーター(右)は加入時13歳だった。

ルー・パールマンによるオーディションで誕生したバックストリート・ボーイズ。最年少ニック・カーター(右)は加入時13歳だった。

 パールマンに初めて性的加害疑惑があがったのは、1997頃。当時17歳だったバックストリート・ボーイズの最年少メンバーであるニック・カーターがパールマンの家に泊まるのを嫌がっていると、別のメンバーであるA.J.マクリーンの母が米Vanity Fairにコメント。A.J.の母は、「ニックはルーの家に行くのが大好きでしたが、ある日を境に、状況がひっくり返りました。そして、カーター家から、ある種の不適切な行動があったと聞いたのです」と付け加えた。当時、ニックの母ジェーンは詳細については話さなかったが、2020年以降にインスタグラムライブで「ニックは間違いなくルー・パールマンにいたずらされた」「ニックが『ルーにいたずらされた』と言ってきた」と認めた。一方で、ジェーンは別のインスタグラムライブでは、絶縁状態にあるニックを罵倒したうえで、いたずらされたという話はニックの作り話だとも発言している。

 パールマンの不適切行為に対する言及は、ほかのグループからも出ている。パールマンの家は、ホームシアター、テレビゲーム、ビリヤード台、プール、ボウリング場などがあり、ボーイズグループのメンバーたちがよく集まっていたという。そんななか、パールマンはここでよく“マッサージ”と称して少年たちを触ることがあったそうで、インシンクのランス・バスは、パールマンを題材にしたドキュメンタリー『The Boy Band Con: The Lou Pearlman Story』のなかで、「すごく身体的タッチが多かった」と振り返った。

画像: バックストリート・ボーイズやインシンクを作ったルー・パールマン(中央)。

バックストリート・ボーイズやインシンクを作ったルー・パールマン(中央)。

画像: O-Townもルー・パールマンが作ったグループ。

O-Townもルー・パールマンが作ったグループ。

 パールマンが2000年に誕生させたボーイズグループであるO-Townのアシュリー・パーカー・エンジェルは、パールマンには「気をつけろ」と周囲から警告されていたことを前述のドキュメンタリー番組で認め、「ルーと2人きりになったときのことは忘れられません。彼の部屋に行くと、彼はずっと、成功したいという僕の願望をくすぐるのです。『ジャスティン・ティンバーレイクやニック・カーターのような存在になるには、体型を維持する必要があるんだ』とか言ってね。そこからさらに一歩進んで、『僕は大学で理学療法を専攻していたから、君が運動しなくても、君の筋肉も盛り上がらせられる』というんです。そしてそれは奇妙なマッサージに変わり、自分の中ですべての危険信号が鳴りはじめる」と、自身の経験を明かした。この時、アシュリーはマネージャーからの電話に助けられ、その場から逃げ出したという。

 4人組グループのLFOのリッチ・クローニンは、ヨーロッパの音楽業界の重鎮に紹介したいと言ったパールマンが、商談を成功させるために相手に性器を触らせるよう勧めてきたという話を、ハワード・スターンの番組で告白。また、フロリダ州で結成されたTake 5のティム・クリストフォーは、パールマンからマッサージをオファーされたほか、タオル1枚を身に着けたパールマンが自分たちのベッドに飛び込んできてレスリングが始まり、パールマンのタオルがほどけるという経験があったことを2007年にVanity Fairに明かした。

 パールマンにはほかにも、少年たちにポルノを見せていた、夜遅くに寝室に少年を呼び出していたといった告発が出ているが、すべてを否定したまま、62歳だった2016年に刑務所で心臓発作を起こして死亡。パールマンは3億ドルの投資詐欺をした罪で服役していた。

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