映画『ヒンド・ラジャブの声』――世界が傍観した「6歳の少女の声」を実際の通話音声で描く89分の衝撃


一本の電話が、映画になった。それも娯楽としてではなく、世界の記憶に刻むための89分として。『ヒンド・ラジャブの声』は、2024年1月29日に実際に起きた出来事を出発点に、観る者の感覚を容赦なく揺さぶる。
ガザ地区で銃撃に遭い、車内から出られなくなった6歳の少女ヒンド・ラジャブ。彼女が助けを求めてかけた電話を受けたのが、パレスチナ赤新月社のボランティアたちだった。映画はその通話を切らずにつなぎ続ける人々の姿を、ほぼリアルタイムで描いていく。
特異なのは、その電話の声が再現ではなく、当日の実際の音声記録だという点だ。幼い声で「撃たれている」と訴える言葉は、脚色の余地を一切許さない。観客はドラマとして消費する逃げ道を奪われ、ただ聞き続けるしかなくなる。
密室となる赤新月社のオフィスでは、スタッフたちが電話を交代しながら励まし、状況を確認し、救出の糸口を探る。しかし刻一刻と悪化する現実は、彼らの声にも焦りと動揺を滲ませていく。その空気感こそが、本作最大の緊張点だ。
この大胆で過酷な構成を選んだのが、監督カウテール・ベン・ハニアである。過去作でも現実の痛みを真正面から描いてきた彼女だが、本作では「映画で何ができるのか」という問いそのものに挑んでいるようにも見える。
評価は瞬く間に世界へ広がった。ヴェネチア国際映画祭での栄誉、アカデミー賞ノミネートという結果は、題材の重さだけでなく、表現の誠実さが認められた証だろう。
さらにブラッド・ピットをはじめとする名だたる映画人がプロデューサーとして参加した背景には、「この声を埋もれさせてはならない」という共通認識があったという。
日本版特報映像では、「決して忘れない」という言葉が静かに提示される。その一文が、観る前から重く胸に残る。『ヒンド・ラジャブの声』は、観終えたあとに感想を語る映画ではない。観たという事実そのものが、問いとして残り続ける作品だ。
【STORY】
2024 年 1 月 29 日。人道支援組織「赤新月社」のボランティアスタッフたちは 1 本の緊急電話を受ける。パレスチナ・ガザ地区から、6 歳の少女が助けを求めていた。少女の名前はヒンド・ラジャブ。赤新月社のボランティアチームは電話をつないだまま、救出するためにあらゆる手段を尽くすが、彼女を救出したいという思いとは裏腹に状況は刻一刻と悪化し、次第にいらだちや激しい動揺に襲われていく……。
監督・脚本:カウテール・ベン・ハニア『Four Daughters フォー・ドーターズ』(23)『皮膚を売った男』(20)
製作総指揮:ブラッド・ピット、ホアキン・フェニックス、ルーニー・マーラー、ジョナサン・グレイザー、アルフォンソ・キュアロン
出演:サジャ・キラニ、クララ・クーリー、モタズ・マルヒース、アメル・フレヘル
2025 年/チュニジア・フランス/アラビア語/89 分/原題:The Voice of Hind Rajab/日本語字幕:松浦美奈/字幕監修:高橋和夫/提供:ニューセレクト/配
給:スターキャットアルバトロス・フィルム
©MIME FILMS — TANIT FILMS
公式サイト:hindrajabjp.com 公式 X:@Hindrajab_film 公式インスタグラム:@albatros_film_official
9 月 4 日(金)
新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー












