初単独監督MVで「男性」に扮する
テイラー・スウィフトが男性優位社会に物申すパワフルなメッセージを込めた楽曲「ザ・マン(The Man)」のミュージックビデオが公開。
テイラーが、「もし自分が男性だったとしたら、これまでに下した選択や、成し遂げた功績、おかした過ちはどんな風にとらえられるだろう?」とイメージしながら作ったという楽曲「ザ・マン」には、世に蔓延する性差別やダブルスタンダードに斬り込んだ、グサッと来る歌詞が並ぶが、そんな同曲の世界観を表現したMVで、テイラーは、特殊メイクを使って男性に変身。
成敗されるべき男性の悪態をギュッと凝縮したような“ウザ男”を熱演し、男性優位体質からなかなか脱却できない社会を痛烈にそしてコミカルに皮肉った。
「ザ・マン」のMVの監督を務めたのは、テイラー自身。過去にも、共同プロデューサーや共同監督の1人として自分の楽曲のMV制作に携わったことがあるテイラーだけれど、今回は初めて、単独監督としてMV制作の総指揮を執った。
「隠しメッセージ」を徹底解説!
テイラー演じる、“ウザ男”の名前は、自身の名前をもじった「タイラー・スウィフト(Tyler Swift)」。
さすが、ベースがテイラーなだけあって、パッと見はイケているように見えるものの、眉をひそめたくなるような問題行動を連発する「タイラー」を主役にしたMVに隠された風刺的なメッセージの数々を検証&解説。
<1>あの映画へのオマージュ
冒頭のシーンで、ラグジュアリーな重役用オフィスから出てきた「タイラー」が、部下たちに発破をかけ、高圧的で滑稽な態度をとるシーンは、俳優のレオナルド・ディカプリオ主演の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)のシーンを再現したものだとの説が濃厚。
レオナルドが演じた主人公のジョーダン・ベルフォートは、実在の人物であり、90年代初めに金融界で大儲けし、ド派手でクレイジーな生活を楽しんだが、不正行為が暴かれ、投資詐欺で逮捕されたという過去を持つ。
I couldn’t love the reference more #TheManMusicVideo pic.twitter.com/wchbzQEGg2
— in taylord, we trust (@cantaloupe29) February 27, 2020
ファンがツイッターに投稿した比較画像。
MVでテイラーが演じているタイラーは、ほとんど何もしていないのに、なぜか社員たちから誉めそやされて得意顔。これは、とくに頑張らなくても、ただ威張っているだけで世間からチヤホヤされる権力者の男性たちへの皮肉だととらえられる。
<2>「マンスプレッディング」
通勤電車の座席で、周囲の迷惑も顧みず大股を広げるタイラー。日本でも超がつくほどのマナー違反として嫌厭されるこの行為は、英語では「男性(man)」が足を「広げる(spread)」という様子から派生した「マンスプレッディング(manspreading)」という俗称で知られ、ニューヨークの地下鉄では、これを防止する策として車内にポスターが貼り出されたほど。
一部の男性の横柄かつ自己中心的な性分の象徴であるマンスプレッディングを何食わぬ顔で貫くタイラーは、さらに、禁煙のはずの車内で葉巻をプカプカ。隣に座る女性のハンドバッグを灰皿代わりに使うという、「ウザい」どころか完全に「嫌なヤツ」ぶりを発揮している。
<3>バトル真っただ中の前所属レーベルCEOへのディス
地下鉄車内の右側の壁に貼られたポスターには「BO$$SCOTCH(ボス・スコッチ)」の文字が。
これは、テイラーがデビュー以来、2018年まで所属していたレコードレーベル、ビッグマシン・レコーズのCEOのスコット・ボーチェッタへのディスだととらえられている。
テイラーは、2019年7月にビッグマシン・レコーズがシンガーのジャスティン・ビーバーの“恩師”としても知られる敏腕マネージャーのスクーター・ブラウンによって買収され、自身の原盤権がスクーターの手に渡った際、ボーチェッタCEOが自分に原盤権を買い取るチャンスを与えてくれなかったと主張。テイラーはスクーターとボーチェッタCEOのやり方を幾度となく批判しており、現在も溝は埋まっていない。
「BO$$」と本来なら「SS」のところを「$」で代用し、ボーチェッタCEOがお金に汚い性分であることを連想させるポスターの下には「Capitalize on the Feeling(人の感情を金儲けに使え)」という一文のほかに、そのすぐ横の壁にはマジックで書かれた「Greedy(強欲)」という落書きが確認できる。
<4>最も重要な問題を軽視する権力者たちへの皮肉
地下鉄車内に貼られたもう1枚のポスターに書かれている文言にも、痛烈なメッセージが。
映画のポスターを模したこのポスターには、「Man vs Waste(人類vs廃棄物)」というタイトルのほかに、「Mother Nature Doesn't Stand a Chance(母なる自然に勝ち目はない)」というキャッチフレーズが添えられている。
これは、刻々と深刻化する気候変動を軽視し、なかなか具体的な策を講じようとしない、権力者たちの姿勢を皮肉ったもの。
<5>メディアの性差別的報道にウンザリ
タイラーがバサッと広げた新聞の見出しには、男性と女性によって報じ方を変えるマスコミの性差別的報道の仕方を皮肉る文言が並ぶ。
「これは男と若い男の闘い、女の出る幕ではない」といった見出しにくわえ、「セレブの恋愛、この1年で男は何を勝ち取った?」というものも。
これは、過去に数々の男性セレブとのロマンスが報じられたテイラーが、メディアから“恋多き女性”、“男好き”といったレッテルを貼られたのに対して、男性はたくさんの女性と恋愛を楽しんでも、プレイボーイともてはやされるという、自身が身をもって経験した恋愛におけるダブルスタンダードを浮き彫りにしたものと解釈できる。
<6>「スクーター禁止」
タイラーが降り立つのは、テイラーがラッキーナンバーとして以前から頻用している数字の「13」にかけて、「13番通り駅(13th Street Station)」と名づけられた架空の駅。
公共の場であるホームの壁に向かって立ち小便をする、これまたルール違反な行動がフィーチャーされたシーンでは、落書きや張り紙に注目。
まず、すぐに目に飛び込んでくるのが、右側にある「キックスクーター禁止」のサイン。
これは、前出のスクーター・ブラウンをディスったもので、その周囲の壁に殴り書きされているのは、「Taylor Swift」、「Fearless」、「Speak Now」、「Red」、「1989」、「Reputation」といった原盤権がスクーターの手に渡ってしまった過去のアルバムの6作のタイトル。
さらに、左側には、「Missing If Found Return to Taylor Swift(探しています:見つけた方はテイラー・スウィフトまで)」と、原盤権の返却を求めるような文言が書かれたポスターも貼られている。
<7>「ミスター・アメリカーナ」のポスター
このシーンで、もう1つファンたちの視線を釘づけにしたのが、左側に貼られた「ミスター・アメリカーナ(Mr.Americana)」のポスター。
これは、Netflixで配信中のテイラーのドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』のパロディとなっており、ここで、初めて男性化したテイラーの名前が「タイラー・スウィフト」であることが明かされ、さらに、本作が2020年のサンダンス映画祭でお披露目されたことにかけて、“マンダンス映画祭2020公式選考”の文字も書かれている。ポスターの上部には、監督を務めたラナ・ウィルソンの名前も、しっかり「ラリー・ウィルソン」と文字られて表記されているという凝った作りに。
<8>若い女性をはべらせ酒池肉林
シーンは、休暇中のタイラーの過ごし方へと切り替わり、舞台は海に浮かぶヨットへ。水着姿のセクシーな若い女性たちとシャンパン片手に乱痴気騒ぎする様子は、「ザ・マン」に登場する、「みんな私と乾杯にしに来る、遊び人は遊ばせてあげよう/私はサン・トロペのレオになる」という歌詞をなぞったもの。
「レオ」とは、先にも登場した俳優のレオナルド・ディカプリオのことで、彼が毎年フランスのリゾート地サントロペで豪華ヨットを使ってバケーションを楽しんでいることとリンクしている。
“I’d be just like Leo in Saint Tropez”#TheManMusicVideo pic.twitter.com/DstsPQkvqt
— in taylord, we trust (@cantaloupe29) February 27, 2020
ファンが公開した比較画像。ちなみに、左のレオナルドの写真は、プライベートではなく映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の撮影中の1枚。
レオナルドは、自分よりも20歳近く若いモデル美女をとっかえひっかえしている印象が強く、世間ではそれを問題視する声も。ここでも、「女性が同じことをしたら批判されるだろう」というダブルスタンダードへの批判が見て取れる。
テイラーが、なぜ、レオナルドにまつわるネタを多用しているのかは不明だが、以前、テイラーがレオナルドにアプローチをかけているというデマが流れたことがあるため、それを逆手に取っている可能性もある。
<9>”廊下“で”19本の手“とハイタッチ
女性との一夜の関係を楽しんだタイラーが部屋を出ると、そこには独特のデザインの“廊下”があり、壁からは色とりどりに塗られた“19本”の手がニョキニョキとつき出されている。
タイラーは嬉々としながら、廊下を進み、19本の手とハイタッチ。
これは、もしも、女性が気軽に一晩だけの体の関係を楽しんだら、世間からは「あばずれ」呼ばわりされて辱められるのに、男性が同じことをしても、なぜか責められず、むしろ褒められるという、欧米文化におけるダブルスタンダードをコミカルに表現したもの。
英語では、恥ずかしい行為をした人が直面する状況を「Hall of Shame(恥の殿堂)」と呼ぶが、これを「Shame(恥/辱)」ではなく、人々にハイタッチを求められるような「Praise(称賛)」に置き換えて、「Hall of Praise(称賛の殿堂)」としたのがこのシーン。「Hall」には「殿堂」のほかにも「廊下」という意味がある。
ちなみに、この廊下の構造は、テイラーが10年以上にわたってバトルを繰り広げているラッパーのカニエ・ウェストとその妻でリアリティスターのキム・カーダシアンが暮らす豪邸の廊下に酷似。
さらに、その前の寝室でのシーンは、カニエがテイラーを「ビッチ」呼ばわりした楽曲「フェイマス」のMVにテイラー含む全裸の著名人たちの蝋人形とのベッドシーンを登場させたことになぞらえているのではとの見方もある。
ちなみに、“19本の手”の意味に関しては諸説あるが、テイラーはあるファンがTumblrに投稿した「アメリカ合衆国憲法修正第19条を意味している」という説に「いいね」して反応しているため、この説が最も濃厚。
修正第19条は女性が政治に参加できるように制定された革新的な法律として知られており、2020年はアメリカで女性参政権が認められてからちょうど100周年の節目の年にあたる。
<9>安易すぎる「育メン認定」
自分の娘とみられる幼い少女とともに公園を訪れたタイラー。とくに何かしているわけではなく、誰かと電話をしながら頭を撫でたり、抱き上げたりしているだけなのに、周囲のママたちは、いかにも彼が「育メン」であるかのような大袈裟なリアクションを見せる。
その後のシーンでは、公園中の人々がタイラーの周りに集まり拍手を送って大絶賛。「World’s
Greatest Dad(世界一のパパ)」の旗が掲げられるなか、タイラーはご満悦な表情。
これは、どんなに育児に励んでも、誰かから褒められたり、頑張りを認めてもらえないママたちが多いなか、男性はちょっと子供の面倒を見たくらいで、すぐに「理想のパパ」、「育メン」と認定されるという、アンフェアすぎる世間からの評価を表している。
<10>お札に印刷された顔
酒場でやりたい放題し、セクシーな女性の体を使って“女体盛り”を楽しむかのようにテキーラをあおる男性たち。日本でも古くから行われていたという“女体盛り”は、海外では性差別の象徴として近年タブー視されている。
宙を舞う100ドル札に描かれているのは、男性である「タイラー」。
アメリカでは、2016年に、女性の参政権を正式に認めた修正第19条の批准から100年目となる2020年を目途に、20ドル札のデザインを奴隷解放運動や女性解放活動に人生を捧げたハリエット・タブマンの肖像に刷新する計画が明らかにされていたが、その後、2019年5月にその計画が延期となったことが財務長官から告げられた。
アメリカでは、過去120年以上、女性の姿が印刷された紙幣が登場したことがない。お金は社会の本質や時代の流れを映す鏡のようなものでもあることから、「ザ・マン」のMVに登場する「タイラー」の顔が印刷された大量の紙幣は、“男性の顔ばかりが印刷される=まだまだ社会は男性中心に回っている”という風刺ととらえられる。
<11>スポーツ界におけるダブルスタンダード
続いて映し出されるのは、タイラーがテニスの試合で負けそうになり、激昂するシーン。
これは、2018年に行なわれたテニス全米オープン女子シングルス決勝戦で、絶対的女王の名前を欲しいままにしてきたセリーナ・ウィリアムズ選手が、日本の大坂なおみ選手との試合中に主審から規則違反を宣告されたことを受けて、身の潔白を訴えるために抗議を行なった様子に着想を得たもの。
第5ゲーム終了後にラケットを地面に叩きつけて壊すという行動を見せたウィリアムズ選手に対し、主審は規則違反としてペナルティを科したが、悔しそうな表情を隠さず怒りを露わにしたウィリアムズ選手の行動を批判・嘲笑する人々も。
男性プレーヤーの間ではよく見られる行動にも関わらず、ウィリアムズ選手はその後、1万7千ドル(約186万円)の罰金の支払いを命じられた。このことがきっかけで、世間ではスポーツ界における性差別的ダブルスタンダードを巡る議論が盛んに交わされた。
<12>年の離れた女性と結婚する男性たちにNO
海外でも、名声や権力を持つ中年から高齢の男性が自分よりも一回りも二回りも若い女性と交際したり結婚したりする傾向が強く、しばしば疑問視されているが、テイラーもまた、そんな風潮に疑問を抱いているよう。
もちろん心から愛し合っていれば問題はないが、高齢男性が孫ほども年の離れた若い女性と結婚式を行なうシーンには、気まずさや違和感を感じずにはいられない。
ちなみに、このシーンの冒頭では「58年後…」と表示されるが「58」の「5」と「8」を足すとテイラーの好きな「13」になる。
<13>「もっとセクシーに、もっと好感が持てるように」
最後を飾るのは、カットがかかった後、監督のテイラーが“主演”を務めたタイラーと会話するシーン。
「なあ、最後のテイクはちゃんと予定通りにできていたかな? 」と問いかけるタイラーに対し、テイラー監督は、「かなり良かったけど…でも、次はもっとセクシーに、もっと好感をもてるようにやってみてくれるかな」とひと言。
このセリフは、おそらく、テイラー自身やほかの女性セレブたちが、舞台裏で幾度となくつけられてきたであろう注文。
女性だからという理由で、性を全面的にアピールするよう促されたり、好感度を落とさないよういつもフレンドリーにニコニコしているよう指導されるのは、ウンザリだというテイラーの心情がひしひしと伝わってくる。
さらに、タイラーに厳しめなアドバイスをしたテイラー監督は、その直後、セットの隅でとくに何もしていない女性出演者を「素晴らしい仕事ぶりだね。びっくりするほど良かったよ」とベタ褒め。これも、男性は、女性と比べて、あまり頑張らなくても優遇されがちという世の不条理を反転させた演出となっている。
個性豊かなカメオ出演者
テイラーといえば、過去に発表したMVのいくつかに、プライベートで親交のある友人セレブたちを登場させてきたことで知られているけれど、「ザ・マン」のMVには、友人というよりも、彼女が注目している若手スターや彼女の家族、スタッフがカメオ出演。そして、意外な人物が声の出演を果たしている。
公園でのシーンに登場する男女2人組を演じているのは、ティーンに人気のシンガー兼俳優のジェイデン・バーテルズとユーチューバーのドミニク・トリバー。
テニスコートのシーンで、タイラーがクレームをつけている審判を演じているのは、テイラーの実父のスコット・スウィフト。
さらに、テニスコートで助手を務める女性は、バービー人形のような完璧な美貌とキュートなキャラクターが10代~20代の若者に人気で、TikTokで最も多いフォロワー数を誇る、シンガー兼インフルエンサーのローレン・グレイ。
結婚式のシーンには、テイラーがお世話になっているファンにとってはお馴染みのスタイリストのジョセフ・カッセルとメイクアップアーティストのロリ―・タークが出演している。
そして、男性化したテイラー=タイラーの野太い声の正体は映画『ジュマンジ』や『ワイルド・スピード』で知られる“ロック様”ことドウェイン・ジョンソン!
「ザ・マン」に声の出演を果たしたことについて、ドウェインは、「“ザ・マン”の声をやらせてもらえて嬉しいよ。すごい変身ぶりだし、それより何より、女性を公平に扱うことや、他人に対して親切に接すべきだという素晴らしいメッセージが込められた作品だね」とMVの公開後にツイッターを通じてコメント。さらに「次はデュエットしよう。ギターを持ってきてくれたら、僕はテキーラを持っていくよ」と冗談まじりにテイラーをデュエットに誘っていた。
特殊メイクにより男性へと変貌を遂げる過程を収めた写真が表示されるエンドクレジットでは、「監督テイラー・スウィフト」、「脚本 テイラー・スウィフト」、「所有権 テイラー・スウィフト」 、「出演 テイラー・スウィフト」と、MV制作のすべての役割を女性であるテイラーが担当したことが明示される。
ユニークなアイディアがこれでもかというほど詰め込まれた「ザ・マン」MVは大反響を呼んでおり、関連ハッシュタグは、公開と同時にツイッターのワールドトレンド1位になったほか、再生回数はすでに400万回を突破。ファンたちは、まだまだ隠されているかもしれないテイラーからのヒントやメッセージを必死で探している。(フロントロウ編集部)