1990年代末から2000年代初頭にかけて世界的な人気を誇ったボーイズグループ、イン・シンク(*NSYNC)。そのメンバーだったランス・バスが、グループ時代はほとんどお金を稼げていなかったと告白した。(フロントロウ編集部)
初めての給料は「1万ドルの小切手」
ランスが語ったのは、現地時間10月8日に配信されたトーク番組『The Zach Sang Show』。当時の金銭事情について、こう明かした。
「僕たちには日当が支給されていて、1日35ドルだった。最初の給料は1万ドルの小切手で、それもアルバムが何年もヒットチャートの1位を獲得し、ツアーが完売したあとのことだった。グッズの売り上げが何百万ドルあったのかもわからない。グッズはとんでもない勢いで売れていたからね」
日当35ドルは、現在の為替レートで約5,000円に相当する。1万ドルの小切手を受け取った際には、「感謝するべきだ。君たちは2、3年間、タダ働きしてきたんだから」と言われたという。
47歳になったランスは、「みんな僕がイン・シンクのおかげで大金持ちになったと思っているのが、本当に不思議なんだ。まったくそんなことはない。イン・シンク時代には、ほとんどお金を稼いでいないんだ」と話す。現在も楽曲の印税収入はあるものの、「大した額じゃない」といい、グループが活動休止した2002年以降のほうが、はるかに多くの収入を得ているという。
記録的ヒットの裏で、お金はどこへ?
ランスの告白は、イン・シンクの輝かしい実績とはあまりにも対照的だ。米Billboardによると、2000年に発売されたアルバム『No Strings Attached』は初週に約240万枚を売り上げ、その後15年間破られなかった記録を樹立した。全米アルバムチャートでは通算8週にわたり1位を獲得し、「Bye Bye Bye」はグループの代表曲に。続く「It’s Gonna Be Me」は全米シングルチャートで1位を獲得し、ツアーの興行収入は7,000万ドルを超えた。
では、そのお金はどこへ行ったのか。ランスは、収益の多くがレコード会社と、グループのマネージャーだった故ルー・パールマンの手に渡ったと主張する。パールマンはイン・シンクやバックストリート・ボーイズを世に送り出した人物だが、長年にわたる巨額の投資詐欺事件で2008年に有罪となり、懲役25年の判決を受けた。2016年には服役中に亡くなっている。ランスは彼を「史上最大級の詐欺師の1人」と呼んだ。
「その後の人生に向けて、誰も僕らを準備させてくれなかった」
ランスは、かつてパールマンやレコード会社に対して強い恨みを抱いていたことも認めている。ただ、現在は「もう恨んでいない」とのこと。それでも、「その後の人生に向けて、誰も僕らを準備させてくれなかった」と振り返り、当時の待遇に対する複雑な思いをにじませた。
グループの活動休止後、メンバーたちは「一からやり直さなければならなかった」とランス。当時の音楽業界では、ボーイズグループ出身という経歴が必ずしもプラスに働かず、偏見とも向き合う必要があったと振り返る。ランスには、かつてのライバルだったバックストリート・ボーイズのように、グループとして活動を続けられていたらという思いもあるという。
ランスがイン・シンク時代の金銭事情に触れたのは、今回が初めてではない。2023年にもラジオ番組で「僕らは有名だったけど、お金持ちではなかった」と語っていた。




















