「素人の絵じゃない」。モネの恩師ゆかりの美術館で始まる鑑定


9月18日に公開されるフランス映画『モネと時間旅行』から、本編シーンの映像が解禁された。長く閉ざされていた屋敷から出てきた一枚の絵を、専門家に見てもらう場面だ。撮影が行なわれたのは、モネの恩師のコレクションを収蔵する実在の美術館だった。(フロントロウ編集部)
白いドレスの女性は、誰が描いたのか
パリで恋にも仕事にも悩みながら祖父と暮らすセブのもとに、ある日、面識のなかった親族一同が集められる。先祖のアデルが遺した屋敷を土地開発のために売ってほしい、という話だ。ノルマンディーの草原に佇むその古い一軒家は、1944年から閉ざされたままになっていた。
セブを含む4人が一族の代表として屋敷を調べることになり、そこで彼らは思いもよらない“過去”と出会う。見つかったのは、白いドレス姿の女性が描かれた、印象派の作品らしき一枚の絵画。描いたのは誰なのか、モデルの女性は何者なのか。
今回解禁されたのは、その絵を美術の専門家に鑑定してもらう場面だ。写真で見た段階では半信半疑だった専門家も、実物を前にすると表情を変え、「明らかに印象派の作品ね」と口にする。「素人の絵じゃない」「印象派の時代の作品よ」と、絵が持つただならぬ価値を見抜いていく。
さらにセブが屋敷から見つけた古い布を手渡すと、「同じ時代の画布ね」「かなり現代的な作風ね」と、謎はもう一段深くなる。古い屋敷から出てきた一枚の絵と一枚の布が、彼らの知らなかった家族の過去への扉を開くきっかけになる場面だ。
撮影地は、モネに「外で描く歓び」を教えた画家の美術館
このシーンの舞台になっているのは、フランス北部ノルマンディー地方のル・アーヴルにあるアンドレ・マルロー近代美術館。実際にカメラを入れて撮影された館内には、ノルマンディーの画家ウジェーヌ・ブーダンのコレクションも映り込む。
ブーダンは、生涯にわたってノルマンディーの海辺や空、雲の移ろいを描き続け、「空の王者」と称された人物だ。アトリエの外に出て、光や大気の変化を直接キャンバスに捉える手法をいち早く実践した。そして若き日のモネに、屋外で絵を描く歓びと光の表現を教えている。モネは生涯、彼を恩師として敬愛し続けた。
つまりこの場面は、印象派のルーツと言っていい場所で、“印象派らしき絵画”の正体を探るという構図になっている。現在を生きる4人の親族と、過去を生きた先祖アデルの人生が、一枚の絵を入り口に交差していく。
「過去を振り返ることなしに、人は前へ進めない」
監督・脚本を務めたのは、『スパニッシュ・アパートメント』『ダンサー イン Paris』のセドリック・クラピッシュ。本作には、アデルの旅と、4人の親戚たちの旅というふたつの物語が走っている。時代も生きる場所も異なるふたつの旅は、やがて一枚の絵画によってつながっていく。
クラピッシュ監督は、この構造についてこう語っている。
「彼らは、一軒の家を相続するだけではありません。その家を通して、自分たちには縁遠いと思っていた家族の歴史と出合うことになります。そして、自分たちがどこから来たのか、先祖たちとどのようにつながっているのかを理解しようとするのです」
「人は、過去を振り返ることなしに、本当の意味で前へ進むことはできません。この映画全体を通して描きたかったのも、そのことです」
ふたつの旅はどちらも過去を掘り起こそうとするが、それは過去に閉じこもるためではない、とも監督は言う。「未来を迎え入れるためです。過去へ向かうその旅こそが、人が未来へ踏み出すための条件になる」。
モネ没後100年の年に、日本公開
2026年は、印象派の巨匠クロード・モネの没後100年にあたる。本作にはモネはもちろん、ルノワール、セザンヌ、写真家フェリックス・ナダール、作家ヴィクトル・ユゴーといった実在の芸術家が次々に登場し、オルセー美術館やオランジュリー美術館、モネの「睡蓮の庭」といった印象派の聖地も物語を彩る。
クラピッシュ監督は、ベルリン国際映画祭で映画批評家協会賞を受賞した『猫が行方不明』(1996)や『PARIS パリ』(2008)などパリを舞台にした作品を重ねる一方、『スパニッシュ・アパートメント』(2002)、『ロシアン・ドールズ』(2005)で青春の一瞬や人生の転機を描いてきた。長年のバレエ・ダンスファンとしても知られ、パリ・オペラ座のダンサーを主演に迎えた『ダンサー イン Paris』(2022)も手がけている。かねてより念願だった〈19世紀のパリ〉の映像化に、〈現代〉という時代を交差させたのが最新作というわけだ。
出演はスザンヌ・ランドン、アブラム・ヴァプレ、ヴァンサン・マケーニュ、ジュリア・ピアトン、ジヌディーヌ・スアレム、ポール・キルシェ、ヴァシリ・シュナイダー、サラ・ジロドー、セシル・ドゥ・フランス、オリヴィエ・グルメ、ヴァランタン・カンパーニュ。原題は『La Venue de l’avenir』で、2025年製作のフランス映画。世界では250万人を動員するヒットとなった。
映画『モネと時間旅行』は、9月18日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国公開される。
9月10日の試写会トーク。劇中の“幻のモネ”は「0円か、100億超え」
9月10日には特別試写会が開かれ、三菱一号館美術館の上席学芸員・安井裕雄氏と、美術ブログ「青い日記帳」を運営する中村剛士氏が登壇した。本作の鍵となる“モネの幻の作品”がもし現代で見つかったらいくらになるのか。中村氏の直球の質問に、安井氏は「0円か、もしくは50から100億、100億超えると思います」と答えた。1870年代の主題を1895年に描いているため、科学調査で様式や制作年代の食い違いが出やすく、真作と認めさせるのが難しい作品だからだという。

安井氏は、オランジュリー美術館の《睡蓮》がかつて不評で、隣のドッグショーの看板のほうが大きかったという逸話や、《印象、日の出》が1872年11月13日の「朝7時25分から35分の間」に見た光景だと近年証明されたことにも触れた。そのうえで、写真や映画が生まれていた1895年という時代を念頭に置いて観ると、さらに面白いと語っている。
9月18日の公開日に、本編冒頭映像が解禁
日本公開初日の9月18日、本編の冒頭シーンが公開された。舞台はパリのオランジュリー美術館「睡蓮の間」。モネ自身が配置を構想したという、自然光の差し込む空間の壁面を埋め尽くすように連作《睡蓮》が並び、自撮りや記録のためにカメラを向ける鑑賞者たちの姿がとらえられている。
クラピッシュ監督は、このシーンについて「人々はモネの絵を見るより先に、その前で自分の写真を撮り、SNSに投稿する」と語る。「あらゆるものを見ることができる時代であるにもかかわらず、その中心にはつねに自分自身がいる」とし、「私は、この状況が、一種の現代的な<盲目>を生み出しているように思うのです」と続けた。
いっぽうで監督は、モネが生きた1900年前後にも同じような“現代性”があったと見ている。「今日の私たちにとっての<現代性>がインターネットやAIだとすれば、1900年前後の人々にとっての<現代性>は、電気や温水でした」。そうした変化をひとつの物語にまとめ上げるには、多くの時間が必要だったと振り返っている。

















