A24が贈る新作『WAVES/ウェイブス』
2017年にアカデミー賞作品賞を獲得した『ムーンライト』 のほか、『レディバード』 や『ミッドサマー』 をはじめとした話題作を立て続けに世に送り出している、今、最も勢いのある映画スタジオA24が贈る新作映画『WAVES/ウェイブス』が2020年7月10日に日本公開。
勉強に部活、恋愛、ソーシャルメディア、世間の評判、将来について、今のティーンエージャーが抱える言葉にできない悩みや苦しみがリアルに、そしてヴィヴィッドなカラーと、31曲もの心を揺さぶる音楽で描かれる。
『WAVES/ウェイブス』あらすじ
マイアミで暮らすアフリカ系アメリカ人の兄妹タイラー(演:ケルヴィン・ハリソン・Jr.)とエミリー(演:テイラー・ラッセル)。17歳の兄タイラーは、レスリング部のスター選手で、美しい恋人アレクシス(演:アレクサ・デミ―)もいる。恵まれた家庭に育ち、何不自由ない生活を送っているように見えたが、思いがけない運命がタイラーを待ち受けていた。一方、エミリーは活発な兄の影で目立つこともなく平凡な暮らしをしていた。タイラーが起こした“ある事件”が家族をバラバラにしていくなかで、エミリーは誰にも打ち明けられない苦しみに息苦しさを感じていた。そんなエミリーは、タイラーと同じレスリング部にいたルーク(演:ルーカス・ヘッジズ)と出会う。ルークのことを愛するようになったエミリーは、彼のためにある決断をする―。
「タイラーの罪」と「エミリーの愛」をテーマに、現代社会を反映させたようなリアルな青春映画のメガホンをとったのは、独特のカメラワークを得意とするA24常連のトレイ・エドワード・シュルツ監督(31)。
歴代の監督作である『クリシャ』や『イット・カムズ・アット・ナイト』は、どれも辛口映画評論サイトRotten Tomatoesで高評価のフレッシュ認定される、今後が期待される監督。映画『WAVES/ウェイブス』では、今の若者に焦点を当てたストーリーとともに、30曲以上に及ぶ挿入歌にはフランク・オーシャンやカニエ・ウェスト、タイラー・ザ・クリエイター、アニマル・コレクティヴ、エイサップ・ロッキーといった、若者に絶大な人気を誇るアーティストの楽曲を選曲。
セリフを使わずに音楽でストーリーを伝える手法で、まるで映画の世界の一員になったような気持ちにさせてくれる、そんなシュルツ監督に制作秘話を直撃した。
『WAVES/ウエイブス』シュルツ監督にインタビュー
監督自身の経験をストーリーのアイディアにしたとのことですが、その理由は何ですか?
「ストーリーは10年以上も前から僕の中で温めてきたものなんだ。大半の内容は自伝的もしくは実際に起きたことにインスパイアされている。そして人生経験を重ねていくにつれ、構造もテーマも次第に形が整ってきて、やっと映画として世に出すことができた。パーソナルだけど広がりのある、当時の僕という人間を表している映画を作りたいと思っていた。元々僕はパーソナルな映画や芸術が好きなんだ。これまでに撮った映画はどれも、個人的な想いから生まれたものばかりさ」
10代の張り裂けそうな気持ちを表現するにあたり、キャスト陣へお願いしたことや、カメラワークで気をつけたことはありますか?
「出演者には特に指示を出していない。彼らは素晴らしい役者だからだ。キャストの相性も最高によかったし、僕は本当に恵まれていたと思う。今回の映画は、役者たちとの共同作業から生まれた。彼らには自分自身、そして自らのアイデアを役に投影してほしいと思っていた。そうすることによって、彼らにしか演じられない人物になるからだ。役者とのコラボレーションは、配役が決まった瞬間から始まるんだ。シーンについて役者と話し合い、彼らの意見や新しいアイデアを脚本に取り入れるのが僕は好きなのさ。今回は彼らの素晴らしい演技に加え、そのコラボレーションがうまくいったんだと思う。カメラに関しては、タイラーやエミリーの心情をありのままに描くように、また彼らの視点で撮るように心がけた。それぞれのシーンで彼らは、考えて込んだり、周りを観察したり、想像を巡らせたりする。彼らの頭の中で何が起きているのか、それをカメラでどう表現できるのか、常に考えながら撮っていた」
兄のストーリーと妹のストーリーを前半と後半で区別した理由はありますか?
「この映画のテーマと関係している。『WAVES/ウェイブス』は人生の二面性を描いているんだ。善と悪、愛と憎、男と女などね。僕たち人間はその繋ぎ目にある混沌とした部分で悩み苦しむことが多い。そういう理由から、物語を二分割して、兄の視点と妹の視点から描くのが適切だと感じた。僕は個人的に映画の“視点”というものが好きで、他人の人生を経験できるのは映画を観ている人の特権だと思うんだ。それは共感にも繋がる。だから、まずは1人の人物に焦点を当て、その人がどのような人生を歩んできたのか、悲劇が起こるまでの経緯をその人の視点から見てみたかった。そして次は悲劇の影響を受けた人の視点から、その傷が癒やされるのかを描きたかった。このアイディアを兄と妹で追求できたら最高だと思ったのさ。兄妹は、たとえ一緒にいなくても常にどこかで繋がっているからね」
若者に人気のアーティスト陣による楽曲を31曲も起用した理由は?また全編を通して登場人物のセリフが少なかったのは、音楽があったからですか?
音楽により物語が運ばれていく、音楽が物語の“満ち引き”を表しているような映画が好きなんだ。また音楽があれば、登場人物がより身近に感じられ、彼らの世界をより深く知ることができる。特に10代の心情を表すのに音楽は欠かせない。僕自身が高校生の時に音楽に救われたからだ。音楽がなければ10代を生き抜けなかったはずさ。この映画も2人の10代の視点から描いているから、音楽でストーリーを伝えるような作品にすべきだと思った。タイラーとエミリーが作ったプレイリストを聴いているかのように感じてほしかった。音楽は物語の“満ち引き”はもちろん表しているけど、タイラーとエミリーが何を思い、感じているかも表現している。他の映画よりセリフが少なく感じるのは、それが理由かは分からない。でも映画というものは元々無声だった。僕もできるだけ言葉を使わず、ビジュアルでストーリーを語るように心がけているんだ。セリフを最小限に抑えた映画をいつか撮りたいね。(セリフが少ないと感じる)もう一つの理由は、タイラーとエミリーが共に内向的な性格だからだと思う。考えていることをすべては口には出さない。だから自然とセリフも少なくなったんだろう。
どうやって選曲しましたか?
「すべて僕のお気に入りの曲なんだけど、映画のキャラクターや世界観にぴったり合う曲を選んだ。かなり前から、個人的に好きな曲を集めて膨大なプレイリストを作っていたんだ。そして脚本に書き始めた時、そのプレイリストからストーリーや各シーンに合いそうな曲を選んでいったのさ」
ミュージカルに近い、音楽にメッセージ性のある作品にしようと、はじめから考えていましたか?
「音楽は10代の僕にとって大切な存在で、この作品からもそれを感じ取ってほしかった。『WAVES/ウェイブス』は、ストーリーの流れに合わせて曲を選ぶようにした。歌詞の内容が、ストーリーやキャラクターについて歌っていると感じられるようにね。音楽だけを抜いてプレイリストとして聴いたら、映画の各シーンと共鳴し、ストーリーを語っているように聞こえるはずだ」
映画に起用した音楽のなかで監督にとって最も印象的な曲は何ですか?
「ほとんどの曲は脚本の段階で決めていて、どれも僕にとっては大切な曲なんだ。一曲だけ選ぶことは非常に難しいけど、映画の精神を表していて、クリエイティブなインスピレーションを与えてくれたのは、フランク・オーシャンとカニエ・ウェストの楽曲だろう。編集の時、よくジョークを言っていたんだ。前半のタイラーの部分はカニエで、後半のエミリーの部分はフランクの世界観だと。もし一曲を選ぶのであれば、「Seigfried」かな。あのシーンは脚本では、同じくフランク・オーシャンの「Godspeed」を使う予定だった。実は脚本は完成した映画よりもずっと長くて、編集でカットして今の尺にしたんだ。でもそうすると「Goodspeed」がうまくハマらなくなってしまった。あのシーンは編集が思うようにいかなくてね。「Seigfried」に入れ替えてみたものの、ロードトリップのシーンに切り替わった瞬間、スコアを流していたから、どうもしっくりこなかったんだ。でもその理由が当時は分からなかった。そしてある時、ロードトリップに切り替わる瞬間に「Seigfried」のクライマックスを持ってきたら、魔法のように完璧に合ったんだ。編集室で泣いたのを覚えている。編集を始めて1年ほど試行錯誤していたからね。「Seigfried」は僕が最も好きなシーンの直後に流れる。映画の核心であり、作品のテーマとも言えるシーンだ。次の場面でも曲は続き、エミリーとルークのロードトリップの個所でクライマックスを迎える。僕は膵癌で危篤状態だった生みの父親に恋人と会いに行ったんだけど、あのロードトリップはその再現なのさ。僕と恋人にとってロードトリップは大切な意味を持ち、僕たちは大切な局面でいつも旅をしてきた。「Seigfried」は僕も恋人も大好きな曲だし、そういうすべての理由から「Seigfried」は映画の中で最も大切な曲だと言える。もし使用許可を得られなかったら、どうしていたか正直分からない。でも限りなく近いものに仕上がっていたと思うよ」
キャスティングについて、映画化するにあたり誰を最初にキャスティングした/しようとしましたか? その理由も教えてください。
「最初にキャスティングしたのはケルヴィン(・ハリソン・Jr)だ。『イット・カムズ・アット・ナイト』で初めて出会って、一緒に仕事をして、互いのことが気に入ったから、絶対にまた組もうと言っていたのさ。僕は初長編を家族や友人たちと作ったんだけど、そういう環境の中で映画を作るのが大好きなんだ。ケルヴィンはとにかく才能にあふれているし、人間としても素晴らしい。前作を通して親友になったから、どうにかしてまた彼と映画を作りたかった。『WAVES/ウェイブス』はケルヴィンとの共同作業の賜物だと言える。脚本を書いている段階から参加し、彼自身の経験をインプットしてくれた。彼がいなければ『WAVES/ウェイブス』は全く違う映画になっていただろうね」
A24で映画作りすることで印象的だと思うことは?
「A24はとにかくセンスがいいし、フィルムメーカーを信頼してくれるんだ。他が作らないようなオリジナルかつユニークな作品を好み、自分たちが好きなもの、信じているものに対しては明確な意思表示をする。彼らが『WAVES/ウェイブス』に出資し、信頼を寄せてくれて、本当に幸運だった。まだ長編3作目だし、とても野心的でリスクの高い作品だったからだ。思い描いていたとおりの作品が完成して、誇らしく思うよ」
階段からキッチンにつながる自宅の感じが2015年の『クリシャ』のセットと似ているように思います。これは意図的に選んだのですか?
「これは美しい偶然なんだ!ロケ地をずっと探していたんだけど、時間が迫っていて、理想どおりの家が見つからないかもしれないと不安になっていた時に、あの家と出会ったんだ。入った瞬間、『クリシャ』を撮影したフロリダの家を思い出したよ。でもさらに良くて、『WAVES/ウェイブス』にぴったりだった。そこに暮らしている家族もすばらしく、兄妹の部屋が引き戸でつながっているのも気に入った。脚本は、『クリシャ』の家と僕が育った家を思い描きながら書いたんだけど、見つけた家は想像以上で、これは運命だと感じたんだ。実際に住んでいる一家は、映画に登場する家族と似ているところがあり、その美しい家に漂っている雰囲気をそのまま映画に反映することができた」
A24制作、トレイ・エドワード・シュルツ監督の映画『WAVES/ウェイブス』は7月10日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。(フロントロウ編集部)