英王室に“黙らされていた”
「あなたは黙っていたの?それとも黙らされていたの?」。オプラがこの質問をメーガン妃に投げかけるシーンが予告映像にも含まれていたことから、番組放送前からその答えに注目が集まるなか、ついにメーガン妃本人の口から真実が語られた。
「後者です」
それまで積極的に声をあげるタイプだったメーガン妃が、王室からの指示でさまざまな事柄について口をつぐんでいたのは、彼らが自分のことを「守ってくれる」と信じていたからだという。しかし、ロイヤルファミリーの一員になってすぐ、王室は「自分のことを守ってくれない」と悟ったというメーガン妃は、「彼らはほかの王室メンバーを守るために平気で嘘をつきます。そして、私と私の夫を守るために真実を公にすることを拒否しました」と辛辣な言葉を浴びせた。
王室のメンバーと運営している人たちは別物
大半の人は「王室」と聞くと、エリザベス女王をはじめとする王室メンバーをイメージするが、王室メンバーと王室を運営する人々は別物だとメーガン妃は説明する。
「ロイヤルファミリーとそれを運営する人たちを切り離して考えるのは難しいですよね。これはファミリービジネスですから。まず家族がいて、次にそれを運営する人たちがいます。そしてこの2つはまったくの別物なのです。例えば、女王はつねに私にとても良くしてくださいましたから、その2つを区別して考えることは非常に重要です」
メーガン妃は王室のことを「Institution(機関)」という言葉を使って表現していたので、そりが合わなかったのは家族ではなく、王室を運営するスタッフのほうであったと思われる。
ロイヤルファミリーに関する知識がないまま王室入り
「私は甘く見ていました。私は王室のことをあまり知らずに育ちました。家で話題になることもありませんでしたし、私たち家族にとっては無縁の存在でした」
アメリカ生まれのアメリカ育ちで、ロイヤルファミリーに関する知識がほとんどなかったというメーガン妃。いざヘンリー王子と交際するとなった時も、リサーチはせず、ヘンリー王子の名前を検索するようなこともしなかったという。
しかし、王室入りするまで、ロイヤルファミリーの一員になるということが一体どういうことなのか、その本質を理解していなかったメーガン妃は、自身を待ち受けていた過酷な現実に圧倒されることに。メーガン妃いわく、事前にヘンリー王子から色々と聞かされており、自分では準備ができているつもりだったが、彼女が知っていることはほんの一部でしかなかった。
結婚式の3日前に“2人だけで結婚式”を挙げた
2018年5月19日にセント・ジョージ礼拝堂で結婚式を挙げた、メーガン妃とヘンリー王子。しかし、その3日前に密かに2人だけ結婚式を行なっていたことを明かした。
更新:メーガン妃は「We got married(結婚した/入籍した)」と言っていたが、正確には“結婚の儀式”を行なっただけで、インタビューの放送後、夫妻の代理人が法的に結婚したのは5月19日であることを明確にした。
「じつは結婚式の3日前に入籍していたんです。そのことは誰も知りませんでした(中略)あの盛大なセレモニーは私たちのためではなく、世界に向けたものでした」
泣かされたのはキャサリン妃ではなくメーガン妃
メーガン妃とヘンリー王子の結婚式でフラワーガールを務めた、ウィリアム王子とキャサリン妃の長女シャーロット王女のドレスをめぐって、メーガン妃とキャサリン妃のあいだにひと悶着あり、「メーガン妃がキャサリン妃を泣かせた」という報道が全世界を駆けめぐったことがあったが、実際には“泣かされた”のはキャサリン妃ではなくメーガン妃のほうだったという。
メーガン妃は「(報道された内容とは)真逆のことが起きました。けれど、誰のことも非難するつもりはありません。結婚式直前の1週間は本当に大変なことばかりでしたから。(キャサリン妃は)何かに腹を立てていました。でも、彼女は非を認めて私に謝罪し、お詫びの手紙と花束をくれました」と言うと、こう続けた。
「結婚式の数日前、彼女はひどく取り乱していました。(報道のとおり)フラワーガールのドレスをめぐる問題でした。そのことが原因で私は涙し、気持ちを深く傷つけられました。結婚式の直前に(実の父親との問題など)さまざまなことが起きていた状況を考えると、協力的ではないことが私には理解できませんでした」
キャサリン妃はこの件についてきっちりと謝罪し、メーガン妃もそれを受け入れたことから、「これ以上の詳細を話すことはフェアじゃない」として泣かされた理由までは明かさなかったが、「みなさんに真実を知ってもらうことが非常に重要だと思いました。彼女も報道の内容が訂正されることを願っていると信じていますし、王室が関係者に他言を禁じているように、彼女が良い人だからこそ、否定しないよう王室から圧力をかけられていると思っています」と語った。
王子の称号を与えられない=警護の対象ではない
イギリス王室における「王子」「王女」という称号の付与には、ヘンリー王子の高祖父にあたるジョージ5世が1917年に制定した“男性直系の息子の孫たちまでが称号の恩恵を受けられる”という制限(※)があるため、女性であるエリザベス女王のひ孫にあたるアーチーには「王子」の称号は与えられなかった。
※ただし、この称号の制限はエリザベス女王の意思により無効にできるため、ウィリアム王子とキャサリン妃の子供であるジョージ王子、シャーロット王女、ルイ王子はこの称号を得ている。
しかし、王室の称号を与えられない=警護の対象ではないということ。王室側から一方的に「王子の称号は付与されない」と告げられた際、ロイヤルファミリー初となる有色人種のメンバーとして好奇の目にさらされるであろう息子に、必要とする安心や安全を与えてあげられないことに大きな不安を抱いたというメーガン妃は、この件がきっかけで王室への不信感をさらに募らせることに。
王室内でアーチーの「肌の色」を懸念する声
メーガン妃は白人と黒人のハーフで、王室入りした際には「黒人系のプリンセス誕生」と大きな話題になった。そのメーガン妃の息子であるアーチーは、当然、黒人の血を引いているわけだが、アーチーが誕生する前、王室では信じがたい会話が交わされていたという。
「彼が生まれてきた時の肌の色を懸念する声や会話がありました」というメーガン妃の言葉にショックを受けたオプラが「なんですって?」と驚いたように聞き返すと、メーガン妃は少々考えたあと「(仮に肌の色が濃かった場合)それが一体何を意味して、どのようなことが起き得るかといったことです」と答えた。ただし、そのことを議題に挙げた人物の名前を明かすことは、王室に多大なダメージを与えることになるとして口をつぐんだ。
また、メーガン妃と同じく、ヘンリー王子も「(アーチーの肌の色について交わされた)あの会話の内容を公表するつもりは絶対にありません」としたうえで、当時の自身の心境について「気まずかったですし、少しショックでした。でも結婚する前から、困難なものになるという兆候がありました」と明かしている。
「自殺願望」を抱くほど追い詰められていた
ヘンリー王子と結婚後、連日のように続いたメディアによる執拗なネガティブキャンペーンや、ネット上の誹謗中傷によって、精神的に相当参っていたというメーガン妃は自殺願望を抱くほど追い詰められていた時期があったことを告白。
ある日、「もう生きていたくない」と思ったメーガン妃は、身近な人を失う悲しみを誰よりもよく知るヘンリー王子に、“死”の文字が頭をよぎったことを伝えるのは抵抗があったものの、「言わなければきっと自分は実行に移してしまう」と思い、ヘンリー王子に自身が抱える問題について打ち明けることを決意。メーガン妃から相談を受けたヘンリー王子は彼女のことを抱きしめ、必要な助けを得られるよう一緒に王室に掛け合ってくれたが、体裁を気にする王室から返ってきた答えは「ノー」だった。
ちなみに、誰にも助けを求めることができず、王室でも孤立していたメーガン妃に救いの手を差し伸べてくれたのは、ヘンリー王子の母である故ダイアナ元妃の友人だったという。
子供は「2人まで」と決めている
流産を乗り越えて、現在、第2子を妊娠しているメーガン妃だが、このインタビューで子供の性別が「女の子」であることを告白。それと同時に「子供は2人まで」と決めていることも打ち明けた。
ヘンリー王子は、「感謝しています。1人でも2人でも、子供を授かることは素晴らしいことです。それがましてや男の子と女の子の両方を授かれるなんて。家族ができて、4人になりました」と喜びを語っている。
王室を離脱したのは必要なサポートを得られなかったから
メーガン妃とヘンリー王子が王室を離脱したのは、王室から必要なサポートと理解を得られなかったからだとヘンリー王子は話す。
「歴史が繰り返されることが何よりも心配でした。私は母のことを言っています。(中略)助けを得られないということは、『これはどうにもならない現実で、みんなそれを乗り越えてきた』と突き放されたも同然です」
続けて、オプラからイギリスを出たのは、「メディアから逃れるため?それとも王室のサポートを得られなかったから?」と聞かれたヘンリー王子は、「その両方です」と答えると、もし王室が自分たちを守ってくれていたら離脱することも、イギリスを離れることもなかったと語った。
王室からの金銭的な援助はゼロ
これは以前からウワサされていたことだが、王室を離脱後、金銭的な援助を打ち切られたそうで、故ダイアナ元妃がヘンリー王子に遺してくれた遺産のおかげで生活することができているという。ちなみに、メーガン妃も俳優時代に築いた資産があるはずだが、現在、そちらがどうなっているのかについては明かされていない。
ウィリアム王子とチャールズ皇太子は君主制の犠牲者
少なくともヘンリー王子は、父チャールズ皇太子と兄ウィリアム王子のことを“君主制の犠牲者”と考えているそうで、「出口が見えませんでした。私はずっと閉じ込められていたことに気づいていなかったのです。他の家族と同様に、君主制というシステムに縛りつけられていました。私の父と兄も閉じ込められているのです。しかし、(ともに次期国王である)彼らはそこから出ることを許されません。そのことに同情しています」と発言。
それを聞いたオプラから、公の場で見せる姿は「不幸には見えなかった」と指摘されると、「人と会ったり、握手をしたりしている時に微笑んでいる写真があったからといって、王室での生活を楽しんでいるとはかぎりません」返答。さらに、「ロイヤルファミリーのメンバーである以上、私生活で何があろうと、今この瞬間に何が起きようと、車が迎えに来たら、ちゃんとした格好をして、涙をぬぐい、邪念を捨て、全力で仕事に臨まなければならないのです」と続けた。
家族とのわだかまりは「時が解決してくれる」
とくにウィリアム王子との不仲が取り沙汰されているヘンリー王子だが、家族とのわだかまりは時が解決してくれると信じているという。
「解決しなければならないことがたくさんあります。父は私と似たような経験をしているので、とてもがっかりしました。父はその痛みがどんなものか知っています。それにアーチーは孫です。もちろん、私が父に対する愛を失うことは絶対にありません。しかし、たくさんの傷を負ったことも事実です。私は関係を修復することを、最優先事項にしていきたいと思っています。けれども、彼らは自分たちが知っていることしか、知ろうとしません。それが問題なのです。私はこの過程を通じて、彼らに学んでもらおうと頑張ってきました」と、父であるチャールズ皇太子との現在の関係性について明かすと、続けてウィリアム王子について「ウィリアムのことは愛しています。私たちは一緒に地獄を見てきました。ただ、今は別々の道を歩んでいます。私たちのあいだには間隔があいています。でも、それは時が解決してくれるでしょう」と言葉少なに語った。
ヘンリー王子はドラマ『ザ・クラウン』を見ている
王室は当初、メーガン妃との結婚を歓迎していたが、オーストラリアを中心に計4ヵ国をめぐったロイヤルツアーを機に状況が一変したそう。メーガン妃の人気ぶりに対する“嫉妬”が原因であったことをほのめかしたヘンリー王子に対し、オプラが「このターニングポイントは『ザ・クラウン』(※)を思い起こさせる」と言うと、ヘンリー王子は自分も『ザ・クラウン』を何話か「見たことがある」と明かした。
※エリザベス女王の半生と王室を描くNetflixのオリジナルドラマ。
エリザベス女王との関係は良好
ヘンリー王子とメーガン妃が王室を離脱したことに、エリザベス女王が「激怒した」という報道もあったが、ヘンリー王子によると、離脱するにあたってとくにエリザベス女王とは何度も何度も話し合いを重ねたそうで、「この1年で、ここ何年か分の会話を祖母としました。祖母に対しては尊敬の念しかありません」と不仲説を否定。
対するメーガン妃も、エリザベス女王はつねに自分に良くしてくれたと語っており、「女王と初めて公務に臨んだ時のことです。女王に誘って頂いて、同じ電車に乗りました。一緒に朝食を食べたのですが、その際、女王から素敵なプレゼントを頂きました。女王と過ごす時間が大好きでした。ちなみに、頂いたのはパールのイヤリングとネックレスです。公務へ向かう際、車に同乗させてもらったのですが、その日は寒かったので、女王は暖をとるために膝に毛布をかけてらっしゃいました。すると、『メーガン、こちらに来なさい』と言って、私の膝にも毛布をかけてくださいました」と、エリザベス女王との思い出を振り返っている。
また、先日、フィリップ王配が入院したと知って、いてもたってもいられずエリザベス女王に連絡したそうで、「すぐに女王にお見舞いの電話をかけました」と、王室離脱後も交流は途切れていないことを明かした。
チャールズ皇太子やウィリアム王子の話になった時は少々表情を曇らせていたヘンリー王子も、エリザベス女王については「私と祖母の関係はとても良好であり、お互いにちゃんと理解し合っています。祖母のことは心から尊敬しています。私にとって祖母は大佐です。これから先もずっとそれは変わりません」としている。(フロントロウ編集部)