“一発屋”の汚名を払拭したリル・ナズ・X
「みんなは、人生最悪の時期を乗り越えた19歳の子にもう二度とヒットは生まれないと言ったんだ。まだ売れているうちにやめておけ、と。諦めることもできた。でも4つのミリオン超えのシングルと2度の全米1位を抱えて、まだまだここにいるぜ」

米ジョージア州アトランタ出身のラッパーであるリル・ナズ・Xは、2021年4月9日に22歳の誕生日を迎える直前、シングル「モンテロ (コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)(MONTERO (Call Me By Your Name))」で米Billboardの全米シングルチャートにおいて自身2度目となる首位を獲得し、2019年にビリー・レイ・サイラスとのシングル「オールド・タウン・ロード(Old Town Road)」で全米1位最長記録を樹立して以来、自身を“一発屋”と評してその才能に疑いの目を向けてきた者たちに向け、ツイッターで高らかにそう宣言した。
2019年を代表するヒット曲となった「オールド・タウン・ロード」
「オールド・タウン・ロード」といえば、ヒップホップとカントリーを融合した唯一無二のサウンドを当時誰もが耳にしたであろう、2019年を代表するヒット曲となったシングルで、マイリー・サイラスの父でカントリーシンガーのビリー・レイ・サイラスが参加したリミックス版の人気もあり、米Billboardの全米シングルチャートにおける連続首位記録を塗り替えて、19週連続1位という今も破られていない偉大すぎる記録を打ち立てた。
同曲で一躍時の人となったリル・ナズは、批評家からも高い評価を得て、2020年1月に開催された第62回グラミー賞では、最優秀新人賞、最優秀レコード賞、EP『7』での最優秀アルバム賞の主要3部門を含む計6部門にノミネートされ、いずれも「オールド・タウン・ロード」での最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞と最優秀ミュージックビデオ賞の2冠に輝いた。

少年モンテロがカミングアウトするまで
14歳の頃の自分に宛てた手紙を公開したリル・ナズ
日本では2018年に公開された映画『君の名前で僕を呼んで(原題:Call Me by Your Name)』から着想を得たタイトルがつけられた「モンテロ (コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」で、自身2度目となる全米シングルチャートでの1位を獲得したリル・ナズ。また、曲名の“モンテロ”は、「モンテロ・ラマー・ヒル(Montero Lamar Hill)」という、リル・ナズの本名から取られている。
本名“モンテロ”は、日本車に由来していた!
実は、本名のモンテロという名前は、日本では「パジェロ」の名前で三菱自動車工業が1982年から販売していた大型高級スポーツ用多目的乗用車。リル・ナズの母は、リルが生まれる前から7人乗りSUV車である「モンテロ」を所有することを夢見ていたそうだが、その夢を叶えることはできず、代わりにリル・ナズにこの名前をつけたという。
そんな、自身の本名を冠した楽曲をリリースするにあたり、リル・ナズは14歳の頃のモンテロ自身に宛てたメッセージをSNSで公開している。

©️Lil Nas X / Twitter
リル・ナズが14歳の頃の自分に宛てた手紙の日本語訳は以下の通り。
「14歳のモンテロへ
俺たちの名前を入れた曲を書いた。去年出会った男性についてさ。公にはカミングアウトしない、“そういう”ことをするゲイな人にはならないって、この秘密を墓場まで持っていくって約束してたのはわかってる。でもこうすることで、他の大勢のクィアな人たちに、存在するという機会を与えられるんだ。分かるだろうけど、俺もビクビクしながら取り組んでいる。たくさんの人が怒ったり、信念の押し付けだと言ってきたりするだろうからね。でも実際、俺はそういう人なんだ。他人の人生に干渉するな、どうあるべきか指図するな、という信念を。未来から愛を送るよ」
大ブレイクの真っ只中に異例のカミングアウト
14歳の頃には“生涯カミングアウトしない”ことを心に決めていた、リル・ナズ・Xことモンテロがゲイであることをカミングアウトしたのは、「オールド・タウン・ロード」が全米シングルチャートの首位を独走していた、2019年6月30日のこと。
LGBTQ+の人々への理解を深め、祝福するための「プライド月間」にあたる6月の最終日に、リル・ナズは、「もう演技なんてしない。天気予報で“自分を成長させてやるべき”と言ってる」「俺にはもう赤信号はない。ベイビー、青だけだ。もう行かなきゃ」といった歌詞が歌われる自身の「『C7osure(クロージャー)』をじっくり聞いてほしい」とツイートして、ゲイであることをカミングアウトした。
大ヒット中のアーティストが、人気絶頂のなかで同性愛者であることをカミングアウトしたこと自体も異例だったのだが、リル・ナズがヒップホップのシーンに身を置くアーティストだったという事実も、当時は大きな衝撃を与えることになった。
リル・ナズがカミングアウトした直後、米Los Angels Times紙が「リル・ナズ・Xがカミングアウトしたが、ヒップホップはどうだろうか? 岐路に立たされたマッチョ・カルチャー(原題:Lil Nas X came out, but has hip-hop? A macho culture faces a crossroads)」と題した記事で記したように、ヒップホップシーンはクィアの人々を排除してきたことで知られていた。実際に、リルの才能に惚れて「オールド・タウン・ロード」のリミックスの1つに参加したヤング・サグですら、YouTubeチャンネル『No Jumper(原題)』とのインタビューで次のような懸念を打ち明けていた。

「彼は世間に公表すべきじゃなかった。なぜなら最近は、クソ野郎どもが、みんなジャッジしてくるだろ?(中略) 彼がゲイだと分かった途端に、誰もが『このゲイ野郎』だとか言い始める。これ以上音楽を聴かれなくなるんだよ」ーヤング・サグ
それでも、リル・ナズは周囲のそうした懸念や、同性愛差別主義者たちからの反発を乗り越え、全米シングルチャートで19週連続1位という、クィアのアーティストに限らず誰も成し遂げたことのなかった偉業を達成してみせた。
ゲイのアーティストがなかなか受け入れられてこなかったヒップホップのシーンにおいて、リル・ナズが成功を収めたことは素晴らしい偉業。しかしそれ以上に、同性愛嫌悪がより根深いと言われる黒人コミュニティにおいて、LGBTQ+の人々の存在を知らしめるレプリゼンテーションとなって勇気を与えたことは、黒人とLGBTQ+コミュニティ双方の歴史を変えた比類ない偉業と言える。
セクシャリティを全面に表現した新曲2曲をリリース
「 モンテロ」でゲイ同士のセックスの喜びを表現
そして、カミングアウトからおよそ2年を経て、自身に「オールド・タウン・ロード」以来2曲目となる全米1位の座をもたらした、2021年3月にリリースしたシングル「モンテロ (コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」で、リル・ナズは楽曲を通して自身のセクシャリティを全面的に表現することを選択。
「欲しい時に連絡して、必要な時に連絡して」「ハワイで君のケツを感じたい/セックスと飛行機による時差ボケを解消したい/君の上に乗って、口にムスコを突っ込みたい」など、男性とのセックスについての赤裸々な歌詞が歌われるこの曲のミュージックビデオで表現されているのは、旧約聖書に登場するエデンの園を舞台にした世界。
リル・ナズがアダムと、禁じられていた欲望に身を委ねるようアダムを唆す蛇の二役を演じているこのビデオでは、一度は蛇の誘惑に負けて地獄に落ちるも、アダムが地獄で自分から悪魔を誘惑して王座を奪ってみせるストーリーが描かれており、リル・ナズ自身が経験してきた誘惑や、周囲からの批判、そして、自分のセクシャリティを恥じない姿勢などが表現されている。

(歌詞にゲイのセックスの描写を入れたことについて)「こういうセックスについての歌詞を曲に入れることを、『普通のこと』にしたいと思ったんだ。誰かが、異性である女の子とヤることについて歌ったり、男の子とヤることについて歌うのと同じようにね。(同性愛者の)レプリゼンテーションとして、とても重要だと思っているよ」ー米Geniusとのインタビューにて
「サン・ゴーズ・ダウン」ではカミングアウト前の苦悩を表現
「モンテロ (コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」でセックスについての大胆な歌詞を歌ってたリル・ナズだったが、続くシングルとして2021年5月にリリースされた「サン・ゴーズ・ダウン(Sun Goes Down)」では一転、ゲイであることをカミングアウトする前に抱えていた苦悩を綴っている。
「10歳の時からずっと孤独だった/友達はいた、でもいつも意地悪されていた/自分だけなんで唇が厚いんだろう/肌が暗すぎるのか?この恐怖がバレてるかな?/ゲイな考えがいつも頭をよぎって/神様に祈った、取り払ってって」と、リル・ナズ自身が過去に抱えていた葛藤が歌われるこの曲のミュージックビデオでは、人生初のアルバイトをしたというファストフード店のタコベルで働いていた頃の描写や、自分の寝室で人知れず悩んでいる様子など、当時のリル・ナズの葛藤が表現されている。
この曲は、今のリル・ナズが当時のリル・ナズを救い出すというストーリーになっていて、今のリル・ナズは昔の自分に向けて、「泣きたい気持ちは分かる/でも人生もっと楽しいことがあるから/過去の過ちや悪口を言ってきた奴らのために死ぬなんかより」と励ましのメッセージも送っている。
飾らないキャラクターもリル・ナズ・Xの魅力
子供たちのロールモデルとして
「これから大人になろうとしている、自分がLGBTQ+コミュニティの一員だと認識している子供たちには、大丈夫だって思ってもらいたいんだ。自分のことを嫌いにならないでほしい」と米Timesとのインタビューで話すように、ゲイのロールモデルとして、自分がLGBTQ+コミュニティの子供たちの見本であることを認識しているリル・ナズ。

2021年4月にYouTube番組『Arts and Raps』に出演して、子供たちから「『クローゼット(※)から出てくる』ってどういう意味?」と質問された際には、優しくこう教えている。「「それは、『やあみんな! 僕はこういう人間なんだ。みんな知らなかったと思うけど、これで分かってくれたよね』っていう意味だよ」。
※“押入れ”を意味する「クローゼット」という言葉は、自分自身のセクシャリティを周囲に秘密にする意味もあり、ここではその意味で使われている。
リル・ナズはTwitterでも人気者
記事執筆時点でTwitterで650万人以上のフォロワーを持つリル・ナズは、そこで見せる飾らない気さくすぎるキャラクターでも人気を集めている。ここでは、その一部をご紹介。

「プライド月間おめでとう。お祝いするために、幸運な100人のファンとセックスするつもりだよ」

「プライド月間として、もし君の友人でLGBTQ+コミュニティに属している人がいたら、その人に『愛されているよ』ということを伝えてほしい。有り金を全部その人たちにあげてくれ」
ジョークが大好きなリル・ナズだが、その優しい性格でもファンの心を掴んでいる。

「他の人たちから『君は素晴らしいよ』って言われるのを待つのは止めるんだ。自分は素晴らしいんだと心に決めて、他の人たちがそれに追いつくのを待とう」

「この世界のどこかに、失恋して髪を切って染めて、『こういうことになりました』って投稿する女の子がいるけど、俺はその子に『愛してる』と伝えたい」

「冗談は置いといて、俺たちは自分の運命を自分で決められる。周りに決めさせてはいけないよ。どんなに先が暗くても、進み続けるんだ!」
そして、ファンには嬉しいこんな投稿まで。

「(『モンテロ』と題したデビュー)アルバムに2年間取り組んでいて、それがようやく今年の夏にリリースされるんだ」
一発屋と呼ばれながらも、自身のセクシャリティを全面的に押し出した楽曲を携えて華麗なるカムバックを果たしてみせたリル・ナズ・X。文字通りの“モンテロ”という名前を授かった男の快進撃は、ここからが見所だ。
リル・ナズ・X「MONTERO (Call Me By Your Name) | モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」

2021年3月26日配信
ストリーミングやダウンロードはコチラから。
「SUN GOES DOWN | サン・ゴーズ・ダウン」

2021年5月21日配信
ストリーミングやダウンロードはコチラから。
Photo: Filip Custic, Charlotte Rutherford, ゲッティイメージズ, ©️Lil Nas X / Twitter
(フロントロウ編集部)