『最後の決闘裁判』レビュー
観る者を考えさせる映画はどの時代にも押さえておきたいが、『最後の決闘裁判』は今の時代のそれにあたる。男社会(家父長制)がマルグリットの真実の認識や伝達にどのように影響したかを浮き彫りにするユニークな脚本には、ハッとさせられた。そして、若手ながらも早くも一流の域に達しているジョディ・カマーの演技。心をギュッとされるほどの強さと弱さ、敬意を感じるほどの慎み深さと大胆さ、マルグリットの多面的な魅力を体現するのに彼女以上の逸材はいなかったかもしれない。最後の決闘シーンで緊迫しすぎて両手に食い込んだ爪の感覚はまだ覚えている。
7世紀ぶりに伝えられる、マルグリットの真実
14世紀フランスに実在したマルグリット・ド・カルージュは、フランス国王シャルル6世や数千人のパリ市民が観衆として参加したフランス最後の決闘裁判の中心に立たされた女性。
裕福な家庭出身のマルグリット(ジョディ・カマー)は、ノルマンディー地方の領地を統治していた騎士のジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)の妻になる。夫が戦いでいない時は夫以上の手腕で領地を繁栄させ、この時代に男性として生まれていたら権力者になっていただろうと思わせるほどの才女だったが、夫を立てて後継ぎを産むという、その時代の女性に求められていた“妻としての務め”と真面目に向き合う女性だった。
そんなマルグリットがフランス中の注目を浴びることになったのが、権力者ピエール伯(ベン・アフレック)の寵愛を受ける家臣ジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)を訴えた時。彼女は、夫が留守にしている間に夫の戦友だったル・グリに性的暴行を受けたと訴え出る。しかし、ル・グリは無実を主張。
暴行には重い罪が課せられていたものの、権力や家族の立場を危惧して沈黙する女性が多くいたなか、マルグリットはリスクを背負ってでも権力者に立ち向かうことを決意。“真実”を明るみにするためにすべてを賭ける。
「周囲からの辱めの視線や圧迫を受けながら、決して自分は退きさがらずに、自分に起こった真実を語るという、マルグリットの信じられないほどの勇気こそ、本作において語られるべき、価値のある唯一無二のストーリーであると感じた」―脚本兼カルージュ役、マット・デイモン
夢だったのではないか、誤解したのではないかなどと偽証を疑われるなか、最終的に決まったのが、夫カルージュと容疑者ル・グリが戦って勝った者が正しいと判断される決闘裁判。夫が負ければ、マルグリットも偽証の罪で火あぶりにされる。自分の名誉と命が男性たちの手に委ねられるなかでも、マルグリットの口から出るのは真実だけだった。
「わたしが彼女という人間を気に入っている点は、彼女の(精神的な)強靭さと反発力です。得るものは少なく失うかもしれないものばかりが多いのに、彼女があのように発言したということは、素晴らしいことだったとわたしは思います」ーマルグリット役、ジョディ・カマー
見どころを作った2人の女性、ジョディ・カマーとニコール・ホロフセナー
歴史的に有名な事件でありながら、マルグリットの名前を知る人は少ない。その理由は、多くの史実がそうであるように、この事件は決闘を行なった男性2人を軸に語られてきたから。『最後の決闘裁判』ではマルグリットに“声”を与えることで、この事件を男性2人の決闘の物語ではなく、勇気ある女性の真実の物語として描き、歴史家たちが激論してきたスキャンダルの真相に迫る。
本作には、そのうえで重要な役割を果たした2人の女性がいる。
まず1人目が、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』以来24年ぶりに本作にて脚本でタッグを組んだマット・デイモン&ベン・アフレックにオファーを受けて共同脚本を務めたニコール・ホロフセナー。『最後の決闘裁判』は、被害者の夫カルージュ、容疑者のル・グリ、被害者のマルグリットという順番で同じ物語が語られるのだが、ニコールはマルグリットの視点の脚本を担当。女性の視点で性的暴行事件を描いただけでなく、女性に許された生活や求められた基準のなかでマルグリットが感じた喜びや心にうっすらと落ちた影を細かく描き、現代の女性も共感するであろう“女性の真実の物語”を描いた。
「マルグリットという女性に『声』を与えることが出来て、自分も力と勇気を持てました。歴史を通観していった場合、女性の『声』や視点というものは概して消されてしまうものですから...。わたしたちは女性たちの視点から物事を聞かせてもらう機会になかなか恵まれせんが、わたしはそういう視点で語る機会を本作で与えられたのです」ーマルグリット役、ジョディ・カマー
そして2人目が、マルグリットを演じたジョディ・カマー。本作では、男・男・女という3つの視点から同じ物語を描くことで、男女の経験の差や男性が書き残した歴史の中での女性像のズレを描こうとしているのだが、それを成功させるには、3つのストーリーの中で“男性から見たマルグリット”と“実際のマルグリット”を微妙な表情やしぐさの違いで演じわけるジョディの演技力が重要になってくる。本作がまだ4本目の映画出演という若手ながら、リドリー・スコット監督から「自由に演じて」というプレッシャーの大きい言葉をかけられたジョディのベテラン俳優なみの細やかなパフォーマンスは、ぜひ劇場で体験してほしい。
「(3人の言い分が)比較できることで(マルグリットの言い分は)より共鳴でき、強く、明白なものになる。もしジョディの優れた才能と、あの針を通すように繊細なパフォーマンスがなければそれは実現しなかったでしょう」ー脚本兼ピエール伯役のベン・アフレック
真実のために権力と闘ったマルグリット・ド・カルージュという女性の歴史を、映画人たちが独特の手法で描いた映画『最後の決闘裁判』は2021年10月15日(金)に劇場公開。
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※記事内のキャスト発言はオフィシャル資料およびベネチア国際映画祭の記者会見より
(フロントロウ編集部)