全世界待望のアデル最新作『30』は、同世代の女性たちのための1枚
2021年10月にアルバムに先立ってリリースした実におよそ6年ぶりとなるシングル「Easy On Me(イージー・オン・ミー)」で、母国イギリスの全英シングルチャートで5週連続1位を、米Billboardの全米シングルチャートでも4週連続で1位を獲得して、いかにカムバックがファンに待ちわびられていたかを証明したアデル。

11月19日に満を持してアルバム『30』をリリースすると、リリース当日に日本のiTunesアルバム総合ランキングで首位を獲得。さらには、アルバム本編に収録されている12曲が、Apple Musicのアメリカとグローバルのシングルランキングのそれぞれでトップ12を独占するという快挙も達成。さらには、リリースからわずか3日間で、アメリカにおいて2021年に最も売れたアルバムとなった。
リリースされるや否や、世界各国のチャートを席巻していった『30』の楽曲たち。昨今の音楽シーンでは、10代を中心としたTikTokのユーザーたちがいかに動画で楽曲をBGMに使っているかというデータも楽曲がヒットしていることを示す指標の1つとなるが、アデルが目指したのはTikTokで若者たちが好んで使うような楽曲ではなく、同世代である30代〜40代の女性たちに連帯を示せるような音楽だという。アデルはApple Musicのインタビューでこう話す。
「自分自身のことに取り組み、セラピーに通っているような30代や40代の人たちに私は共感する。私はそういう人たちに向けて取り組んだ。このアルバムで、どうやって彼女たちを助けることができるだろうって」
『30』は息子アンジェロに父親との離婚を説明するためのアルバム

「自分自身の幸せを求めるという、私が離婚することを決めた理由を辿ることができれば、それがもしアンジェロを不幸にしたとしても、もし私がその幸せを見つけて、幸せになった私を息子が見てくれたら、私は(離婚によって息子を傷つけた)自分自身のことを許してあげられるかもしれない」ー米Vogueに語って
『19』、『21』、『25』と、これまで収録曲を書き始めた時の年齢をアルバムのタイトルにつけてきたアデルが、通算4作目となる最新作を始めたのは、30歳の時。アルバム『30』は、アデルが30歳だった時に経験した、実業家サイモン・コネッキとの結婚と離婚がテーマになっている。

2013年、第55回グラミー賞授賞式に揃って出席したサイモン・コネッキとアデル。
2012年にサイモンとの間にアンジェロを出産して“母”となったアデルは、2019年にサイモンと結婚して、“妻”となった。サイモンと離婚した時には6歳だった幼いアンジェロにとって、自分の“母”としてのアデルと“父”としてのサイモンしか知らず、両親が離婚して母アデルと暮らし始めた時には、なぜ父サイモンがもう一緒に暮らしていないのか、不思議に思ったという。
『30』は、母アデルが“1人の女性”として下した父サイモンとの離婚という決断をまだ理解することができないアンジェロに宛てて、彼が20代か30代になった時に聴くことを想定しながら書かれたアルバム。。「このレコードを通して、彼が20代、30代になったときに、私が何者であるか、なぜ私が自分の幸せを追求するために彼の人生全体を解体することを自ら選んだのかを説明したいと思った。(離婚は)彼を不幸にさせたこともあった。それは私の心に傷として残り、一生癒えないかもしれない」とアデルは英Vougeに語っている。
『30』はアデルにとってのセラピーでもある
一方で『30』は、サイモンとの離婚を経たアデルにとってのセラピーとしての役割も果たしている。2011年からサイモンと交際していたアデルは、彼との離婚によって長きにわたるパートナーと別れることになったわけだが、そんな彼との離婚をきっかけに書き始めた『30』は、どちらかというと「むしろ、私自身との離婚」について書いたと米Vogueに話す。

「『私の世界が崩壊しそうだから、それについて書かないと』というよりはむしろ、(スタジオという)安全な場所に行くという感じかな」ースタジオでの作業が持つ意味について英Vogueに語って
『30』はアンジェロに離婚の決断を説明するという大切な役割を果たしながら、本編12曲からなる本作には、アデルが心に負ったダメージと向き合い、それを認め、また誰かを愛せるようになるまでが時系列で綴られている。ここでは、アルバム『30』の収録曲たちを、収録されている楽曲の順番に沿って7つのフェーズに分けて紐解いていく。
アデル『30』を構成する7つのフェーズ
1. 息子アンジェロとの対話
「もともと他人同士」というタイトルがつけられた1曲目「Strangers By Nature(ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー)」で、「心の墓場に花を手向けよう」と自分の負の感情に向き合うことを宣言したアデルは、「私はそこへたどり着ける?/Oh いつの日か 自分がしてきたことを/大切に育めるようになりたい」と、自分はまだ過去を愛せていないと歌う。
続く2曲目に収録されたファーストシングル「Easy On Me(イージー・オン・ミー)」では、「お手柔らかに ベイビー」とアンジェロに直接語りかけるアデル。「私は気持ちを切り替えて/二人のことをまず考えた/でももうお手上げ」という歌詞からは、“母”や“妻”として“こうあるべき”という自らの理想に限界を感じ、あくまでも1人の女性として決断を下したことが伺える。
息子アンジェロと交わしたやり取りがそのまま収録されている「My Little Love(マイ・リトル・ラヴ)」は、アンジェロから「ママのことが見えない」と言われた翌日にレコーディングしたという楽曲。アデルは米Vogueとのインタビューで息子とのやり取りをこう振り返る。
「息子が6歳半だった時に、私にこう言ったの。『僕のこと見えてる?』って。私が『えっと、うん』って答えると、息子はこう言った。『だって、僕にはママが見えない』って。その瞬間に、私の全人生が崩れていった。息子は、私がそこにいなかったことを知っていたの」
「My Little Love」では、「なんとか持ち堪えてる (辛うじて)/ママはいろんなことを覚えなきゃ (大変)」と、自身が抱えている心労を説明しながら、母親として子供には“完璧”に映るかもしれないが、そんな自分も、弱みを抱える1人の人間だと歌う。
2. 弱い自分を認めて、心の隙間と向き合う
大人になるにつれて、自分と向き合う時間は次第に少なくなり、社会的もしくは家庭的な役割が増える。ここまでは、傷心した自分と向き合ってきたアデルだが、4曲目に収録された「Cry Your Heart Out(クライ・ユア・ハート・アウト)」では、「自分自身が嫌になる/私の瞳はきっと死んでいる/もう何も感じられない/泣くこともできない」と、すっかり後ろ向きになってしまった心情を吐露。
それでも、愛の強さを知るアデルは、「愛はいつだって誠実で/どんな気持ちも無駄じゃない/でも自分自身に与えなきゃ」と、まずは自分を愛することが大切だと自分自身に言い聞かせる。
3. 自分は1人の女だと宣言
夫にとっては“妻”であり、息子にとっては“母”、そしてファンにとっては“ポップスター”だが、あくまでも自分は1人の“女”。「Oh My God(オー・マイ・ゴッド)」では、「時間に余裕はないけど/都合をつけて この気持ちを伝えよう」と、シンガーや母としての多忙な生活のなかでも誰かをまた愛したいという気持ちが歌われる。

「私は大人の女 やりたいようにやるの」というフレーズからは、1人の女性としての幸せも大切にしたいという思いが伝わってくる。
母親とて決して完璧ではない。アデルの心に空いた隙間を最も感じられる2曲が、「Can I Get It(キャン・アイ・ゲット・イット)」「Drink Wine(アイ・ドリンク・ワイン)」。どうしてもセックスフレンドの関係に落ち着いてしまいがちだという、現在暮らしているLAの恋愛市場をテーマに歌った前者では、「あなたの心を私の居場所にできるなら」と、誰かで心の隙間を埋めたいという気持ちが歌われ、後者では、「子どもの頃は何を見ても驚いていた/楽しくてしかたなかった でも今はワインに頼るだけ」と、ワインで心の隙間を埋めようとする。
いずれも、まだ8歳のアンジェロにとっては刺激が強い歌詞かもしれないが、ここには、母親としてのアデルではなく、33歳の1人の女性としての彼女のリアルが詰まっている。
4. 新しい恋へ
「どうやって私の心をつかんだの (こんなに冷たいのに)」と、離婚した後の冷え切った心を表すようなフレーズが登場するインタールード「All Night Parking(オール・ナイト・パーキング)」で、アデルはなかなか誰かに気持ちが向かうことのない自分を惹きつけた“貴重な”相手に向けて、「あなたの姿は印象的で/一眼見ただけで私はパニック」と純粋な恋心を伝える。
米Vogueとのインタビューでサイモンとの離婚について、「私たちのどちらかが悪いわけではないし、私たちのどちらかが傷つけたとかでもない」と、円満なものだったと語ったアデルだが、「Woman Like Me(ウーマン・ライク・ミー)」では、離婚後に一時的に交際した次の相手に矛先が向けられている。
アデルは自分というパートナーがいながらなかなか心を開いてくれなかった相手に向けて、「私がどれほどあなたにふさわしいか なぜわからないの/傷ついた経験があるのは知ってる/だからいつも不安なんでしょ/私を受け入れてと言ったのは あなたを癒やしてあげたいから」と、自分の価値を分かってほしかったと歌う。
現在は新たな恋人と真剣交際中のアデル
ちなみにアデルは現在、NBAのスター選手であるレブロン・ジェームズらの代理人を努めていることで知られるリッチ・ポールと交際している。

アデルは米CBSで放送された特別番組『Adele: One Night Only』に出演した際、オプラ・ウィンフリーとのインタビューでリッチについて、「自分を愛しながら、誰か他の人を愛したりその人から愛されることにオープンになれた」初めての相手だと称賛の言葉を寄せた。
5. 自分の価値を再認識
続けて収録されている、「そのままでいて/いまもあなたは強い」と自分自身に言い聞かせるように繰り返す「Hold On(ホールド・オン)」は、『30』の収録曲で聴く人を最もエンパワーしてくれる楽曲。「確かに私はダメな人間」と自分の弱さを認めながらも、「時には赦すことが/実は一番楽なのかもしれない」とそんな自分を受け入れることの大切さを美しいコーラスに乗せて歌う。
7. もう一度、愛し愛されたい
誰かを愛し、その人から愛されても、最後には傷ついてしまう可能性があることを知った後でも、アデルは「愛されても これ以上ないほど愛しても/そのせいで生きるに欠かせないものを全部失ってしまう/でも私は失くす方を選ぶ」と「To Be Loved(トゥ・ビー・ラヴド)」で歌い、これからも愛されることを選びたいと力強く宣言。
「知ってほしい あなたのために泣いたこと/嘘をつくようになってまで/確かに酷いわね/でもそれは愛されたかったから」とここで改めてアンジェロに謝罪しながら、自分には愛が必要だったと説明する。
ちなみに、アデルはポッドキャスト『Spout Podcast』に出演した際、「To Be Loved」を歌うとエモーショナルにならずにはいられないため、「この曲をライブでパフォーマンスすることはない」と宣言した。ツイッターには、そんな「To Be Loved」を力強く歌い上げる、貴重な映像がアップされている。
To Be Loved pic.twitter.com/r16x90FbAU
— Adele (@Adele) November 17, 2021
アルバムの最後を締め括るのは、アデルがオードリー・ヘプバーン主演の1961年公開の名作映画『ティファニーで朝食を』を観ながら完成させたという壮大な「Love Is A Game(ラヴ・イズ・ア・ゲーム)」。「愛は愚か者が手を出すゲーム」と歌いながらも、やっぱり自分には愛が必要だとアデルはここで再確認する。
「私は言ったの。『(『ティファニーで朝食を』の)サウンドトラックを書くつもりでこの曲を書きましょう。カメラが引いていく映画の最後の場面のつもりで』」とアデルは米Vogueに話す。
元夫との結婚生活には終止符が打たれたかもしれないが、1人の女性としての人生は続いていく。アデルは映画のエンディングで流れることを想定して書いた「Love Is A Game」で、「愛なんていくらあっても満足できない」と歌い、これからも自分は誰かを愛し、愛されるために生きていくと宣言する。『30』を通して綴られる、愛に傷ついても自分の幸せを求め続けるという姿勢は、同世代の女性たちならずとも誰もが共感できるもの。アンジェロも、もう少し大人になったら母アデルが下した決断を理解できるようになるに違いない。
<リリース情報>

アデル『30』
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●国内盤
発売日:2021年11月19日(金)
全形態:解説・歌詞・対訳付き
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発売日:2021年12月8日(水)
■輸入盤国内仕様/アナログ盤(SIJP-115〜116)
価格:5940円(税込)
クリアヴァイナル仕様
●輸入盤
発売日:2021年11月19日(金)
<収録曲>
1 STRANGERS BY NATURE | ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー
2 EASY ON ME | イージー・オン・ミー
3 MY LITTLE LOVE | マイ・リトル・ラヴ
4 CRY YOUR HEART OUT | クライ・ユア・ハート・アウト
5 OH MY GOD | オー・マイ・ゴッド
6 CAN I GET IT | キャン・アイ・ゲット・イット
7 I DRINK WINE | アイ・ドリンク・ワイン
8 ALL NIGHT PARKING(WITH ERROLL GARNER)INTERLUDE | オール・ナイト・パーキング(with エロル・ガーナー)インタールード
9 WOMAN LIKE ME | ウーマン・ライク・ミー
10 HOLD ON | ホールド・オン
11 TO BE LOVED | トゥ・ビー・ラヴド
12 LOVE IS A GAME | ラヴ・イズ・ア・ゲーム
13 Wild Wild West | ワイルド・ワイルド・ウェスト 【ボーナストラック】
14 Can't Be Together | キャント・ビー・トゥゲザー 【ボーナストラック】
15 Easy On Me (with Chris Stapleton) |イージー・オン・ミー(with クリス・ステイプルトン)【ボーナストラック】
(フロントロウ編集部)