性犯罪を受け、国の法律を変えたジーナ・マーティン
イギリスに住むジーナ・マーティンさんは、2017年にロンドンで開催された音楽フェスで、2人組の男の1人にスカートの中を盗撮されていることに気がつき、声をあげた。男の手からスマホを奪い、周りにいた人々が味方になってくれたこともあり、警察に犯人を突き出した彼女だったが、男が罰を受けることはなかった。
じつは当時、イギリスでは盗撮行為のすべてが犯罪とはされておらず、ジーナさんが受けた盗撮被害では警察は男を逮捕することができなかった。
法律は女性を守らない。ジーナさんはこの事件をきっかけに声をあげ、盗撮を違法とするために行動を開始。そして2年後の2019年に、イギリスで盗撮行為を刑事罰の対象とする新法が施行された。これにより、服の下から下着や性器、お尻などを写すために盗撮をした犯人は最長で2年の禁固刑を科される。また、最も悪質な犯行の場合は、性犯罪者として氏名が登録される。
国の法律を変える。この無謀に思えることに挑戦し、26歳で達成したジーナ・マーティンさん。活動家、講演家、著者として活動する彼女が、国際女性デーにあわせて、フロントロウのインタビューに応じてくれた。
Q. 日本においては、盗撮の手法が巧妙化し、被害者が“犯人は盗撮しているのではないかもしれない”と確信が持てなかったり、自分が黙っていれば済むと、女性が自分自身で被害を軽視してしまったりして、被害者が声をあげないことも多いです。ジーナさんはTED talk で、相手の男たちが攻撃的だったと明かしていましたね。彼らに立ち向かうことは恐怖を伴ったと想像できますが、なぜ犯人を逃がさないと思えたのでしょうか?
「盗撮をされるという経験は、人によって全く違うものです。一連の経験、置かれている状況、周りにいる人、時間、その日の気分、その出来事にどう気づいたか、気づいたかどうか…。これらすべてが、声を上げられるかどうかの感情に影響を与えます。女性として、女性的な人々として、私たちは男性の暴力の影に隠れて社会生活を送っているため、次に何が起こるか分からないので、声を上げることはとても難しいです。
被害者にどう行動すべきかと話すのは好きではありませんが、私が言いたいのは、黄金ルールはこうです。その場を簡単に離れられるか、どれくらい安全かなど、自分がいる環境を判断して、もし十分に安全だと感じたら、反応する。どんな形でも。好戦的である必要や、大声を出す必要はなく、ただこっそり犯人の写真を撮るだけでもいいのです。あなたの安全は、常に第一優先となるべきです。その場で発言することも含めて」
Q. 当時、フェスティバルにいた人々がジーナさんに協力してくれたと明かしていますね(※)。日本では公共の場で誰かが声をあげても、多くの人が無視するので、女性たちは協力を得られず、被害を黙って耐えることを選ぶ人は多いです。これを変えるにはどうしたら良いと思いますか?
※2人組の男の1人から盗撮されたジーナさんは、男の手からスマホを奪った後、それを返せと攻撃してきた男から逃げるために、隣にいた女性にスマホを渡した。男はその女性にもスマホを返せと迫ったが、女性は拒否。また、別の男性がジーナに「逃げろ」と言い、彼女は女性からスマホを受け取ってセキュリティチームの元へ全速力で走った。セキュリティは彼女と彼女の妹を囲って守り、スマホを自分の警護服の後ろポケットに入れるよう指示。警察が到着するまで、男たちと3メートルほど距離を取ってくれていた。(英BBCのインタビューより抜粋)。
「私も周囲の人々が助けてくれようとしたことに驚きましたが、日本に比べれば、イギリスはより“行動する傍観者”(※)が多いのかもしれません。これは間違っているかもしれませんが、盗撮のことを調べているときに、日本の文化、特に都市部の文化についてもリサーチしたのですが、“他の人が助けるだろうから自分は助けなくてもいい”という思い込みである傍観者効果が、社会の文化によって悪化していることを読みました。
私たちの文化は、このような事件に対する人々の反応に大きな影響を与えます。このような行動を変える唯一の方法は、メインストリームのなかで会話が行なわれることだと思います。そしてそれは、十分な数の人々がこのことについて話しているときにのみ起こります。安全でないと感じたり、助けがないと感じたりしている時に、その場で発言する必要はありませんが、できるのであれば、安全な場所から、こうした問題について声をあげてほしいなと思います」
※英語ではActive Bystanderと言う。見知らぬ人からの性暴力や、知人からのセクハラなどを受けている人を見かけた時に、第3者として止めに入り、被害者を守る人のこと。
Q. 女性差別があまりに普通とされている世の中で差別と闘い続けていると絶望してしまうという女性の声も聞きます。こういった女性にどんな言葉をかけたいですか?
「絶望は自然なことです。絶望を感じるのは人間だからですし、構造的な問題の影で、その解決を迫られながら生きているのですから。私だって絶望を感じる日もありますし、そういう時には、悲しくなったり、落ち込んだりするように、自分に時間と場所を確保します。でも、私はいつも、自分を奮い立たせ、男女平等の旅をコツコツと続けていくモチベーションをどこかに見つけます。
私がモチベーションを持てる理由は、3つのことです。私の周りには、同じように闘っている女性やノンバイナリーの人たちがいます。みんなの存在があることで、私が休む必要がある時にもアクションは起こされているのだと思うことができます。また、みんなの活動を見ているおかげで、変化は本当に起こせるんだと思えます。
もうひとつは、私を愛し、支えてくれる人たちからなる強固なサポートシステムがあることです。私を信じてくれなかったり、私の信念を非難したりした友人は大切ではないです。
3つ目は、私の前に道を開いてくれた人々の話を読んだり、見たり、聞いたりして、知ることです。私は、自分をインスパイアしてくれるライターや演説者、教育者の人々と多くの時間を過ごしています。なぜなら、みんなは私に、これは可能だと教えてくれるからです。みんながいなければ、私はずっと前に諦めていたでしょう」
Q. 法整備に関わる人物に男性が多いことで、女性を守る法整備が進まなかったり、女性が被害に遭いやすい犯罪が矮小化されていたりすることが問題となってきました。法律の分野で変化を起こそうとするなかで、社会構造的な女性差別に気づかされたエピソードはありますか?
「いっぱいあります! 私は国会議員との会議のために国会に何度も足を運びましたが、受付の人物は私を完全に無視して、後ろに立っていた男性弁護士のライアンを私の頭越しに見て、誰との会議なのかと聞きました。また、撮影をしていた時には、ある国会議員が私をメイクアップアーティストと勘違いしたこともありました。
人々は、ジェンダーによって人々を判断することが多いです。なぜなら、私たちは人を人としてでなく、ジェンダーで見るように仕向けられているからです。性差別はどこにでもあります。どの業界でも、私たちの社会は1つのコミュニティのマジョリティによって構築され、歴史的に多くの人々が排除されてきたからです。政治は、そのジェンダー・システムの極端な一例です」
Q. 法律を変えようとすることは、差別に声を上げるよりもさらにハードルが高いです。法律を変えようとするなかで鍵となった段階を教えていただけますでしょうか。
「それは巨大なプロセスを必要とすることで、常に強くいたと言いたいところですが、それは真実ではありません。これは私の人生において最も大きく、最も困難なことであり、一人の人間がその顔となることは大きなプレッシャーとなるため、私は非常に苦しみました。
まず、自分でできる限りのリサーチを始めました。私はもともと学問的な人間ではないので、法律を学ぶ友人たちに、現在の法律を把握するための手助けを頼みました。そして、イングランドとウェールズでは盗撮は性犯罪ではないことがわかりましたが、スコットランドでは10年前から性犯罪になっていました。
この調査の中で、日本では女性に盗撮を警告するために、電話のシャッター音を鳴るようにしたことを知りました。これは、男性優位の業界が、自分たちが理解も経験もしていない複雑な問題に対して解決策を与えるとどうなるかという一例でしょう。私たちは、女性がそれを阻止するために何をすべきかではなく、加害者がなぜ人を盗撮するのかに焦点を当てるべきです。
キャンペーンの第2段階として、有料広告、署名、盗撮被害者の体験談の執筆、他の男女平等キャンペーンとのコラボレーションなどを含むソーシャルメディアでのキャンペーンを実施し、「なぜスカートめくりは性犯罪ではないのか」という問いに対する話題作りを行ないました。ソーシャルメディアから得た数字をまとめ、このキャンペーンを従来のメディアに売り込み、テレビニュースでの枠を獲得し、テレビで議論を行なうようにしました。
盗撮の被害者から数えきれないほどの体験談が寄せられていることに気がついたのはこの時期で、これはやり遂げなければいけないと理解しました。ライアン・ウィーランという弁護士に出会い、彼はリスクを冒して私の代理人を無償で引き受けてくれました。私たちは、英国のすべての法律当局に同意してもらった政治的戦略を持って議会に臨みました。私たちは、性犯罪法に追加する必要のある法律を書き、私たちに賛同する国会議員の軍団を作り、法律を変えるための法案を提出できるように、世論の圧力を高めました」
Q. インターネットは、社会を変えるキャンペーンを起こせる力がある一方で、誹謗中傷などのネガティブな側面もあります。インターネットの世界が拡大するなかで感じる危機感などはありますか?
「インターネットは何にでもなると思っています。シンプルに、それは私たち、そして私たちの社会を反映するツールです。私たちの社会やシステムに決してネガティブではない側面がたくさんあるように、インターネットにもネガティブな側面がたくさんあってもおかしくないと思っています。
人々よりも利益を優先させるプラットフォームは、ユーザーをダメにしていると思います。そして、自分のソーシャルメディアのアカウントすら持たない法律家は、ソーシャルメディアを使う若者の気持ちが分からないでしょう。
私はソーシャルメディアを良いことに使うよう常に心がけていますが、もう何年も暴言を送りつけられてきており、キャンペーン中は脅迫文を読むことが日常のなかで普通のことになっていて、自分の脳と神経をできるだけ安全で健康に保つために、多くの境界線を設けなければなりませんでした」
Q. アートやデザインもジーナさんの活動の大きな要素を担っているかと思います。どのようにアートの良い点をアクティビズムに利用していますか?
「アートが私の活動に役立つのは、それが私自身に役立つからです。アートは私の初恋の相手で、とてもエモーショナルで、すべてを消費し、感情的な労働を伴うこの仕事をするときには、途中で喜びを感じながら続けることが重要なんです。
喜びは抵抗の行為です。社会における問題に終わりはありません。つまりやるべき仕事はつねにあるため、正しく取り組むためには自分をすり減らすほどがむしゃらに努力しなくてはいけないと考えてしまうことがあります。しかし、私はもうそう思っていません。私は今、より良いアクティビストで、キャンペーン立案者で、ライターです。なぜなら私は心が健康だから。なぜなら燃え尽きていないから。なぜならバランスが取れているからです。それは、物事に対してより深く考えてから反応するようになり、人々のために時間を割くことができるようになったことを意味します。私は前向きでいるからです。
また、(アートは)社会活動とはプロテストや署名だけではないと、人々に分かってもらえることにもなります。必要とする人々のためにお金を集める絵や、ビルの壁に貼られる刺繍作品、メッセージを伝える雑誌の表紙のコラージュなどもそうです。私は、アクティビズムは最もクリエイティブな活動のひとつだと信じているので、アートはそれにぴったりです」
(フロントロウ編集部)