中絶が違法だった時代に人工妊娠中絶手術を経験したリタ・モレノが、経験を語った。(フロントロウ編集部)

中絶禁止=安全な中絶が禁止されるだけ

 アメリカで1973年に女性の中絶の権利を認めた「ロー対ウェイド」裁判の判決が、2022年6月24日に米最高裁で覆され、女性の中絶の権利が憲法で保障されなくなった。すでに7つの州で中絶が禁止となっており、今後も増加していくと見られる。

 ミシシッピ州知事であり共和党のテート・リーヴス氏は最高裁の判断を受けて、「この判断はより多くの赤ちゃんの心音に繋がり、より多くのベビーカーが押され、より多くの通知表が渡され、より多くのリトル・リーグの試合が行なわれ、そして正直に言って、より多くの良い人生に直接的に繋がるだろう。今日はただ幸せな日だ」と声明を発表しているが、そんなわけはない。

 女性が中絶を決断する理由は様々で、中絶を禁止さえすれば女性が子どもを産み、それぞれが子どもを育て、良い人生になるわけがないうえ、社会には女性への暴力、女性へのケアの欠如、児童福祉、貧困といった問題がそっくりそのままある。

 中絶の禁止は、安全ではない中絶手術、さらには女性が自分で中絶を行なおうとしたり、流産しようとしたりする件数を増やすだけ。日本でも、中絶が禁止されているわけではないが、人工妊娠中絶手術が非常に高額に設定されていたり、避妊の方法が制限されていたりしていることが理由で、中絶にアクセスできない女性は少なくない。アメリカの問題は他人事ではない

画像: 「ロー対ウェイド」の判決が覆されたことで、世界各国でデモが起こっている。フランスで2022年6月26日に撮影。

「ロー対ウェイド」の判決が覆されたことで、世界各国でデモが起こっている。フランスで2022年6月26日に撮影。

画像: イギリスで2022年6月24日に撮影。

イギリスで2022年6月24日に撮影。

 そして、女性の中絶の権利が制限されることに危機感を持つのは、中絶が違法だった時代に中絶を経験した女性も多い。

リタ・モレノ、マーロン・ブランドの子を妊娠・中絶

 エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞のすべてを受賞してEGOTを達成した史上3人目であり、1961年の映画『ウエスト・サイド物語』のアニータ役でも有名な御年90歳のリタ・モレノは、1954年から約8年にわたってマーロン・ブランドと断続的な恋愛を続けた。

画像1: リタ・モレノ、マーロン・ブランドの子を妊娠・中絶

 そしてそのなかで、リタはマーロンの子を妊娠し、違法に人工妊娠中絶を受けた経験があると公表している。「マーロンは友人づてに医師を見つけてきました。彼は怪しい裏社会から連れてきたような人とは異なり本物の医師で、マーロンは彼に500ドルを支払いました」と、米Varietyのインタビューで話したリタ。しかしその医師による手術は正しいものではなく、家に帰った彼女からは血が流れ始めたという。

 「マーロンは私を病院へ連れて行きました。医師らが言うところの“不安定な妊娠”というのが、私の状態でした。(マーロンが見つけた)医師は、私に血を流させる以外に何もしなかったのです。別の言葉で言えば、彼は正しく行なわなかった。当時は知らなかったのですが、私は死んでいたかもしれなかった。酷いことです。残忍で残酷なことです」

 中絶の権利を訴えるデモでは、ハンガーの絵や写真がシンボルとなっている。その理由は、歴史のなかでは女性がハンガーといったものを使って自分で中絶をしようとした事例があるから。リタは最高裁の判決について、「現在起こっていることは、裏社会(での施術)へと戻るものです。これが起こっていることに、本当に気が沈み、恐怖を感じ、おびえています。ああいった人々が、私たちに対して私たちの身体をどうしろと言っているのが信じられません」と語る。

 彼女は「ヒラリー・クリントンはこれについて、みんなに警告していた」と、この判決は突然起こったことではないとしたうえで、「若い少女たちのことを考えています。最たる例ですが、レイプや近親相姦で妊娠してしまった少女たちのことを」と苦しさをにじませた。

画像2: リタ・モレノ、マーロン・ブランドの子を妊娠・中絶

女性と同じ数だけ男性も中絶を引き起こしている

 また、彼女の経験で忘れてはいけないのは、男性であるマーロンは女性の中絶の権利に声をあげてこなかったこと。

 ちなみにマーロンといえば、人種差別に対して非常に熱心に活動してきた白人として有名であり、その点で称賛されることが多い。一方で、リタは彼から虐待され、自殺を考えたこともあると明かしている。リタが中絶の経験を初めて明かしたのは、約50年後の2011年に発表した自伝でのこと。そして、2021年のドキュメンタリー『Rita Moreno: Just a Girl Who Decided to Go for It』のなかでは、こんな思いを語っていた。

 「マーロンは私を妊娠させましたが、完全に彼だけを責めることは出来ません。私もそれを引き起こさせたのですから。私は、彼が『あぁ、そうか。なら結婚しよう』と言うという希望を持っていたんだと思います。しかしそうはならなかった。そうはならなかった。彼は誰かに連絡し、誰かがそれ(中絶)をしてくれる医師を見つけた。もちろん秘密のことでした。私は自分で現金を持って行き、医師は私を眠らせ、それをした」

 女性の妊娠には男性にも責任がある。そしてその中絶にも、男性の責任はある。例えば日本で2021年になされた中絶数は14万5,340件にのぼるが、果たして中絶を経験した女性の相手の男性約15万人は、中絶の権利のために声をあげているのか?

画像: からだの自己決定権(ボディ・オートノミー)のためにデモに参加する少女。アメリカのロサンゼルスで2022年6月26日に撮影。

からだの自己決定権(ボディ・オートノミー)のためにデモに参加する少女。アメリカのロサンゼルスで2022年6月26日に撮影。

 ドラマ『NUMBERS 天才数学者の事件ファイル』で知られるアメリカ人俳優のデヴィッド・クラムホルツは、女性の中絶の権利のために男性が声をあげていないことを鋭く指摘している。

 「沈黙が聞こえるか?それは、性的な関係にあったパートナーが妊娠していた時に、どうしても中絶を必要としていた男たちの沈黙だ。それは耳をつんざくよう(な沈黙)だ。吐き気がしそうだ。充分な“男性”の味方が声をあげていない」

(フロントロウ編集部)

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