失われゆくゲイカルチャーへのラブレター『スワンソング』
プライドの原点であるゲイクラブが次々と閉鎖に追い込まれ、エイズ危機を経験した世代が老いていくなか、過去のLGBTQ+当事者の歩みを伝えるエンタメ作品の必要性は今まで以上に高くなっている。トッド・スティーブンス監督による新作映画『スワンソング』は、そんな失われゆくゲイカルチャーへのラブレターとなっている。
かつては有名なヘアメイクアップアーティストだったものの、現在は老人ホームでひっそりと暮らすパット。そんな彼に、昔顧客だったリタから「死化粧をしてほしい」という依頼が入り、パットはキャリア絶頂期に暮らしていた街に舞い戻る。煌びやかで、誇り高く、ファビュラスなパットの旅を通して、90 年代から現在に至るゲイカルチャーの現実を真摯に見つめていく。
フロントロウ編集部では、強烈な存在感を放つパットをしぐさから表情まで完璧にとらえた演技を見せた、名優ウド・キアーにインタビューをした。
主演ウド・キアー「多くの賞を受賞したが、こんな経験はじめて」
『スワン・ソング』に出演することになった経緯を教えてください。
ウド::監督から脚本をもらった後に、私が住むパーム・スプリングスまで来てもらい、午後を一緒に過ごして監督のビジョンを聞きました。私からは、ステレオタイプな大袈裟なものにしたくないということと、映画を時系列で撮りたいというお願いをしました。(時系列での撮影は)大作ではできないことですね。老人ホームのシーンからヒッチハイクのシーンと、順番に撮っていったんです。そうして完成した映画を観て、あれは演技ではないと思いました。
私の親友のひとりであり30年来の仕事仲間であるラース・フォン・トリアー監督に「忘れるな、演技をしてはいけない」と言われたのを覚えています。シェイクスピア劇のときは演じます。しかし映画は現実に近いのです。私はこの映画で、昔有名だった時に、奇妙な服を着て、金曜の夕方にお金持ちの女性客の話を聞いていた、年寄りの男性になりきりたかったのです。とても楽しかったですよ。数週間という短い期間で撮影し、予算も少なかったでしたがね。私は『アルマゲドン』や『エンド・オブ・デイズ』や『エース・ベンチュラ』など予算の大きい大作映画にたくさん出演してきましたが、アートの観点から見ると、大作映画で小さなアイディアを実らせることは難しいのです。でも『スワン・ソング』のような映画では、そういったことを作り上げることができるのです。
パットはトッド・スティーブンス監督が地元のオハイオ州サンダスキーでよく見かけたという実在の人物がモデルになっていますよね。パットという豪華と言えるほど華やかでキャラの濃い役を、仕草から表情まで完璧に演じられていますが、どのようにリサーチされたのでしょうか?
ウド::まず、そして私は老人ホームで数日間過ごし、誰にも話しかけないで欲しいと言いました。そこで、窓の外の鳥や木、そこで過ごす老人たちを観察しました。(オハイオ州)サンダスキーに着いたとき、パットを知る友人たちに会いに行きました。彼らは、(※ポスターで見られる片手をひじに当ててタバコを吸うポーズを取りながら)パットがタバコを吸うときの仕草や、彼の歩き方、彼の話し方を教えてくれました。パットと生きた人々から彼について学んだのです。
若い世代がLGBTQ+の人々が生きてきた歴史を知ることは非常に重要です。監督も「失われゆくゲイカルチャーへのラブソング」とおっしゃっていますが、この映画のアプローチについてどう思われますか?
ウド::パットは、『男性同士、女性同士が結婚できて子どもを持てる時代が20年後にやってくる』と言ったら、『何をバカなことを言っているんだ、そんなことあるわけないだろ』と言われていたような時代の人間なんです。今、それは現実になっていて、素晴らしいことです。私はドイツで生まれ育ち、駆け出しの頃はエイズで亡くなる俳優もいました。当時は今のように薬もありませんでした。私にとってこの映画は、過去を再訪する映画なのです。パットは多くが変わったことを知り、でも、だからとってそれが悪い、若い頃の方が良かった、と言うわけではない。彼は昔いた場所に舞い戻って、旧友とベンチに座り思い出を語るのです。
これは映画を作っていた時は思っても見なかったことなのですが、映画を観た友人たちから、『泣かされたよ! そして笑わされた!』と言われたのです。それはなぜか? それはこの映画が真実の物語だからです。これは演技ではなく真の感情なのです。笑いがプラスされたね。私は多くの賞を受賞したが、こんな経験初めてです。この映画をやれたことを本当に幸せに感じています。
最も強烈に記憶に残っているシーンはありますか?
ウド::感情的に最も好きなシーンは墓場のシーンです。私は、亡きパートナーの墓石をそこで初めて見ます。実際に初めて墓石を見る様子を収めたかったため、あのシーンでは、監督に『事前に墓石を見たくない。カメラの準備ができたら合図をください』と言いました。リハーサルは無しです。シーンが始まり、パートナーと自分の名前が刻まれた墓石を見た瞬間、深い悲しみに襲われてすべての感情が押し出してきました。その日はその後、誰とも話さずホテルに戻りました。そういう状況が多くありましたね。
共演者の皆さんとのお話を教えてください。
ウド::元アシスタントを演じたジェニファー・クーリッジ、死化粧を依頼した親友役のリンダ・エバンス、リンダの役の孫を演じたマイケル・ユーリー、古着屋の女性店員を演じたステファニー・マクベイ、共演時間は長くはなかったですが、全員と素晴らしいシーンを共にできました。撮影を行なったストリートにはレストランやバーがあったので、みんなで行って映画の話をしたり、世界で起きていることを話したりしました。日本食レストランにも行きましたね。私は寿司が大好物なんですよ。昨晩も食べました。
パットは衣装も素晴らしかったですが、お気に入りはありますか?
ウド::一番好きなのは、もちろん、グリーンのスーツです。フィッティングで着てみたら、私にぴったりで、とても気に入りました。撮影中はあのスーツをずっと身につけていましたね。夜にでさえね。シャツは変えましたが、あの強烈なグリーンのスーツは着たままでいました。スーツは監督のアイディアでしたが、デヴィッド・ボウイのようだったので気に入りました。今思うと、他の洋服ではダメで、あのスーツでなくてはいけなかったのだと感じます。普通のジャケットとシャツではダメだった。あのスーツはキャラクターの個性を完璧に表していると思います。
ウドさんは、数回の来日経験がありますよね?
ウド::東京には映画祭で行ったことがあります。あと、(ライオンの歯ブラシ)ナビックのCMに(1998年に)起用されたため、東京に行って歯ブラシの人になったのです。訪れたのは若い頃でしたが、とても気に入ったのを覚えていますよ。夕方5時頃になるとスーツ姿の人が行き交っていて、でも2時間後にはあたりが静かになっていた。とても素敵で好きでしたよ。東京では、有名な俳優がフグを食べた話を聞いてフグを食べに行きましたよ。
日本で再びウドさんを見られる日は来るのでしょうか?
ウド::外国人を使ったうまいアイディアのある、繊細で良い監督を見つけてくれたらぜひ(笑)。日本の映画は観ますが、アメリカでは日本人監督の露出が少ないですよね。でも映画祭で見かけることが増えていて、だからこそ私は映画祭というものが好きです。普段触れられないような作品に出会えますからね。でも、スペインに(ペドロ・)アルモドバルがいるように、すべての国に素晴らしい監督や役が存在する。だから、もしも機会があるならもちろん日本でも仕事がしたいと思いますよ。
今は日本を除くG7すべての国で同性同士の結婚ができるようになっており、同性カップルが子どもを育てる時代になってきている。これは、前の世代が歩みをやめなかったから見えるようになった景色。映画『スワンソング』は8月26日(金)よりシネスイッチ銀座ほかで全国順次公開予定。ぜひ劇場に観に行ってほしい。(フロントロウ編集部)