約40年にわたり世界で最も語られているストーリーである、ダイアナ妃の半生。新作ドキュメンタリー『プリンセス・ダイアナ』ではカメラを国民やメディア側に向けて、彼女のよく知られた半生を新たな視点で伝える。実映像から見えてくる、私たち全員が悪意なく作り出している社会問題とは?

何が、誰が、あそこまでの羨望文化を作りだしたのか?

 36歳の若さで他界したダイアナ妃の葬儀から25年が経つ2022年9月に日本公開されるドキュメンタリー映画『プリンセス・ダイアナ(原題:The Princess)』。当時のアーカイブ音声とビデオ映像のみで作られている本作は観客を当時のその瞬間に連れて行く没入型のドキュメンタリーとなっていて、観客はダイアナ妃を取り巻く状況を直感的に感じることができる。

 ダイアナ妃とチャールズ皇太子の結婚に世界中が熱狂したのは知られた話だが、ドキュメンタリーではまず、当時のイギリス情勢がダイアナに対する異常なまでの羨望を生み出す完璧な温床だったかを伝える。

画像: 1979年バーミンガム、賃金を巡り起きた大規模なストライキ。ダイアナ妃とチャールズ皇太子が結婚した翌年の1982年9月に、イギリスの失業率は過去約35年で最悪の14%に達していた(英統計局データ)。

1979年バーミンガム、賃金を巡り起きた大規模なストライキ。ダイアナ妃とチャールズ皇太子が結婚した翌年の1982年9月に、イギリスの失業率は過去約35年で最悪の14%に達していた(英統計局データ)。

 2人が結婚した1981年は、公共支出削減や労働組合解体などで労働者の不満をあおったサッチャー政権時代。失業率は過去約35年で最悪レベルに達しており、時代遅れな王室の人気は低迷していた。そんな憂鬱な80年代に現れたダイアナ妃は、わずか19歳にして国中の満たされていなかった欲求を埋める対象にされてしまう。ダイアナ妃はその素朴さから“people's princess(人々のプリンセス)”という愛称をつけられたが、その愛着は“人々の(ものである)プリンセス”と言えるまでの執着へと変貌していった。ドキュメンタリーでは、混沌と興奮が入り混じる当時の様子を実映像で見ることができる。

画像: ダイアナ妃が友人らと暮らしていたマンション前には正式な婚約発表の前からメディアや国民が押し寄せ、入口には警察官が配備された。

ダイアナ妃が友人らと暮らしていたマンション前には正式な婚約発表の前からメディアや国民が押し寄せ、入口には警察官が配備された。

 愛らしく優しく、気立てが良く、清純であり、夫を支えるべきだが出しゃばり過ぎず、女性としての繊細さを失わず、母としては強くあれ。女性に求められるそんな非現実的な理想を押しつけられ、“子どもは男児か女児か、何人産むべきか”などと、子宮の中のことまで詮索されたダイアナ妃。このようなプレッシャーは多くの女性が妻として母として経験することだが、ダイアナ妃の場合は夫や義理の家族だけでなく、王室関係者やメディア、国民とあらゆる方面から過剰な干渉があったため、その心労は計り知れない。あまりに愛されたがゆえにすべてに執着されたことがダイアナ妃のメンタルヘルスにどのような影響を与えたかが、ドキュメンタリーに映るダイアナ妃の表情の変化からも見て取れる。

画像: ウィリアム王子とハリー王子を学校に送るダイアナ妃。

ウィリアム王子とハリー王子を学校に送るダイアナ妃。

 『プリンセス・ダイアナ』は世界初となる劇場版ドキュメンタリーだが、カメラを国民やメディアにも向けてダイアナ妃の半生を伝えているところでもほかのドキュメンタリーとは異なる。“メディアは過熱しすぎだ”と批判する国民、“メディアが高値で買うから”とダイアナ妃を執拗に追うパパラッチ、“国民が読むから”と記事を書き続けるメディア。そこから見えてくるのは、全員が羨望文化を作り出している当事者でありながら、誰にも当事者意識がないという状況。「ダイアナ妃に対して騒ぎすぎか?」というテーマで討論する(騒ぐ)当時の番組映像が流れるシーンでは、その結果起こる悲劇を知る者としては居心地が悪い感覚さえ覚える。

画像: ドキュメンタリーからのワンシーン。死後、報道や世論は“悲劇のプリンセス”としてダイアナ妃の話題に夢になった。©Jeremy Sutton-Hibbert / Alamy Stock Photo

ドキュメンタリーからのワンシーン。死後、報道や世論は“悲劇のプリンセス”としてダイアナ妃の話題に夢になった。©Jeremy Sutton-Hibbert / Alamy Stock Photo

私たちはダイアナ妃の死から何かを学べたのか? ハリー王子の訴えに滲む切実さ

 ダイアナ妃に対する異常な熱狂は本人の死という悲劇に繋がったが、じつは、この悲劇の幕はまだ下りていない。私たちは歴史から学ぶのではなく、20年以上経った今もその歴史を繰り返してしまっているのだ。

画像: 私たちはダイアナ妃の死から何かを学べたのか? ハリー王子の訴えに滲む切実さ

 ドキュメンタリーのなかではダイアナ妃に対する英タブロイド紙の偏向報道にスポットライトが当てられたが、そんなダイアナ妃の息子であるハリー王子は妻メーガン妃に対する偏向報道に悩まされ、2019年には声明を発表。「私は母を失い、今、妻が同じ巨大な力の犠牲になっているのを目の当たりにしています」と語り、「後先考えずに個人を攻撃する英国のタブロイド紙」を強く批判した。そしてこの背景には、メーガン妃に対して賛否両論で騒ぐ一般大衆と、その議論のネタを提供し続けるメディアが、お互いを煽るような形でコントロールを失っていくという、ダイアナ妃の時と同じ現象があった。

画像: 妊娠中にお腹を触るという行動に対して、同じメディアで、キャサリン妃に対しては「優しく撫でる」という表現が使われた一方で、メーガン妃に対しては「自尊心」や「見栄っ張り」といった言葉が使われるなど、英タブロイド紙の目に余るほどの偏向報道は大きな問題になった。

妊娠中にお腹を触るという行動に対して、同じメディアで、キャサリン妃に対しては「優しく撫でる」という表現が使われた一方で、メーガン妃に対しては「自尊心」や「見栄っ張り」といった言葉が使われるなど、英タブロイド紙の目に余るほどの偏向報道は大きな問題になった。

 そしてこの問題は王室に限ったことではない。ジャスティン・ビーバーは2015年に、27歳で他界したエイミー・ワインハウスのドキュメンタリーを観たときに、「メディアが彼女に何をしたのか、どう扱ったのかを目の当たりにして、涙が出ました。彼女がどん底にいるときに、それを叩いて、自分を見失うまで彼女を追い詰め続けることを、人々は面白いと思っていたんです。そしてそれは、私にも起きたことなのです」というコメントを米NMEのインタビューで残し、報道が有名人のメンタルヘルスに与える責任にスポットライトを当てた。

 さらに近年は、SNSの普及で状況はより複雑化している。セレブにとってSNSはファンとダイレクトに繋がれる素晴らしいツールである一方で、距離感が取りづらく、当事者意識が薄れやすいため、ビリー・アイリッシュやセレーナ・ゴメスなど、メンタルヘルスのためにソーシャルメディアから距離を置いたり、自分に関するコメントは読まないと決めたりする著名人は多い。

画像: ドキュメンタリーより。亡くなった直後のニューススタンドに並んだ表紙はどれもダイアナ妃だった。©Michael Dwyer / Alamy Stock Photo

ドキュメンタリーより。亡くなった直後のニューススタンドに並んだ表紙はどれもダイアナ妃だった。©Michael Dwyer / Alamy Stock Photo

 有名人・メディア・一般大衆はどの時代も密接な関係にあり、有名人側もメディアやファンの存在の必要性を認めている。しかし個々が当事者意識を忘れ、熱狂がコントロールを失ったときに悲劇は起こってしまう。観客が自分も当事者として参加しながらこの問題を考えることができる『プリンセス・ダイアナ』は、ダイアナ妃がその半生と死を通して伝える大事な教訓なのではないだろうか。『プリンセス・ダイアナ』は9月30日に全国ロードショーとなる。

映画『プリンセス・ダイアナ』
公式サイト:diana-movie.com

  • 監督:エド・パーキンズ(Netflix『本当の僕を教えて』)
  • 製作:サイモン・チン、ジョナサン・チン(アカデミー賞®2度受賞『シュガーマン 奇跡に愛された男』『マン・オン・ワイヤー』)
  • 2022年/イギリス/109分/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:The Princess/日本語字幕:佐藤恵子/字幕監修:多賀幹子
  • 後援:ブリティッシュ・カウンシル 読売新聞社
  • ホームページ:diana-movie.com
  • Twitter:@Dianafilm0930 #プリンセスダイアナ
  • 配給:STAR CHANNEL MOVIES
    © 2022 DFD FILMS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.

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(フロントロウ編集部)

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