そもそも女性監督の作品が選出されないパルム・ドール
第76回カンヌ国際映画祭で、フランス人監督のジュスティーヌ・トリエによる映画『Anatomie d'une chute(英題:Anatomy of a Fall/アナトミー・オブ・ア・フォール)』が最高賞であるパルム・ドールを受賞。
カンヌ国際映画祭は2023年で76回目となるが、これまでに女性監督が受賞したのはトリエ監督で3人目。ジェーン・カンピオン監督による1993年の『ピアノ・レッスン』、ジュリア・デュクルノー監督による2021年の『TITANE チタン』に続く快挙となる。
76回目で3人目の女性監督ということはつまり、パルム・ドールの96%は男性が受賞していることになる。この不均等の背景には、パルム・ドールを競うコンペティション部門に選出される作品における男女比の不均等がある。例えば、2023年は同部門に21作品が出品されたが、女性監督による作品は7作品。全体の約3割にとどまったが、それでも、7作品という数はカンヌ史上最大数だった。
2018年にはそんな不均等に抗議するために、この年に審査員長をつとめたケイト・ブランシェットを筆頭に、映画界で活躍する女性が82名の集結。この「82」という数字は、1946年から71年間、毎年開催されてきたコンペティション部門に招待された女性監督の数。一方で、それまで招待された男性監督の数は1,688人にも及んでいた。
この問題を解決するために、カンヌ国際映画祭では審査員における男女比や人種比の是正に取り組んでいる。この動きの背景には業界外からの批判もあったが、ジェシカ・チャステインのような、映画業界における男女格差の是正に取り組む俳優たちによるロビー活動もあったようで、2018年には映画祭のディレクターであるティエリー・フレモーが、「映画祭のスタッフや選考委員に占める女性の割合を均等にすることは、重要なことです。昨年、審査員を務めたジェシカ・チャステインが選考過程における“女性の視点”の重要性を私に教えてくれました」とVarietyでコメント。女性の声に耳を傾けて変化を起こしたのは素晴らしいことだが、この規模の映画祭のディレクターが2017年に俳優に教わるまで女性視点の必要性に目を向けていなかったことに、カンヌが抱えてきた問題の根深さが感じられる。
ちなみに、カメラの裏側の多様性はスクリーンでの多様性にリンクしていると常々言われているが、同年2018年にBBCが行った調査によると、パルム・ドール受賞作品における主要登場人物の女性のレプレゼンテーション(表象)は約28%のみだったという。
このような歴史があるカンヌ国際映画祭は、Time'sの元映画評論家であり、映画界で誕生した性暴力撲滅運動Time's Upの活動家であるケイト・ミューアから、「男性の頭脳と女性の美しさを2週間かけて祝福するイベント」と英Guardianで揶揄されている。
ドレスコードや広告でも“女性差別”と批判されてきたカンヌ
カンヌ国際映画祭のドレスコードの問題については、多くの人が知るところだろう。
2015年には、ハイヒールを履いてない女性たちが映画祭への入場を拒否されていたことが明るみに。映画祭側はハイヒール必須というルールを否定したが、多くの女性が実体験として証言しており、翌年、この件に抗議するためジュリア・ロバーツは裸足で、クリステン・スチュワートはスーニカーで、スーザン・サランドンはフラットシューズでレッドカーペットに登場。それ以来、カンヌ国際映画祭では“ハイヒールを履かないこと”が抗議活動として使われており、2023年のカンヌ国際映画祭では、ケイト・ブランシェットがイランの女性たちに連帯するために裸足でイベントに現れた。
加えて2017年には、70周年記念公式ポスターで、イタリア人俳優クラウディア・カルディナーレのウエストや太ももが細く加工されたとしてネット上で炎上。この件について、クラウディア本人は加工を擁護。さらに、カンヌのディレクターであるティエリー・フレモーは、Elleがこの件を報じたことに触れて、「Elleが加工されていない写真を使うのはよく知られたことですね」と嫌味を込めて反応して話題となった。
120名超の俳優がカンヌ映画祭を批判、アデル・エネルは業界引退
そして2023年、ジョニー・デップ主演・マイウェン監督映画『Jeanne du Barry』をオープニング作品として5月16日に幕開けたカンヌ国際映画祭も新たな抗議活動で揺れた。
映画祭開始にあたって、フランスの120人以上の俳優らが、性暴力や暴力の加害者に甘い映画業界の姿勢をフランス紙Libérationに掲載した公開レターで批判。「私たちは、職場で性的暴行やいじめ、人種差別を経験することがあまりにも多い」と明かした俳優たちは、「勇気を出して声をあげたり、助けを求めたりしても、『映画のために黙っていてください』と言われることがあまりにも多い」と暴露した。
さらに、「他者を攻撃する男女のためにレッドカーペットを敷くことで、クリエイティブな業界においては、暴力行為は処罰を受けないということを映画祭側が証明していることになります」と言及した俳優たち。オープンレターでは誰について言っているかは明言しなかったが、オープニング作品の主演であるジョニー・デップには元妻アンバー・ハードへのDV疑惑があり、監督であるマイウェンは今年、男性ジャーナリストへの暴力行為を認めた。
また、俳優たちは映画業界を引退したアデル・エネルへの支持を表明。
2020年、フランス映画芸術技術アカデミーが主催する、フランスのアカデミー賞にあたるセザール賞で、数々の未成年者への性的暴行容疑のある映画監督ローマン・ポランスキーが監督賞を受賞。この発表の直後、抗議のために複数の女優や女性映画監督らが途中退出する事態となった。そのうちの1人である、映画『燃ゆる女の肖像』で主演を務めたフランスの俳優アデル・エネルは、2023年のカンヌ国際映画祭開催を前に、市場主義や差別問題を抱えるフランス映画業界からの引退を表明した。
アデルは自身の引退理由について「政治的理由によるもの」だとTélérama誌に明言。その際、カンヌ国際映画祭についても触れたうえで、性的暴行の加害者を擁護し続けるフランス映画業界全体を批判した。
これに対して、カンヌ国際映画祭のディレクターを務めるティエリー・フレモーは、アデルによるカンヌへの批判は「嘘で間違い」だと真っ向から反論。加えて、「アメリカでのジョニー・デップのイメージは知らない」とし、「俳優としてのジョニー・デップに興味がある」と続け、『Jeannedu Barry』をオープニング作品として選んだ正当性を主張した。
(フロントロウ編集部)