大御所シンガーのシンディ・ローパーが、名曲「トゥルー・カラーズ(True Colors)」の制作秘話を明かした。(フロントロウ編集部)

シンディ・ローパーが「トゥルー・カラーズ」の制作秘話を明かす

 グラミー賞のみならず、エミー賞やトニー賞など、これまで数多くの賞を受賞してきたシンディ・ローパーは、これまで数々の名曲を世に送り出してきたが、その中でもトップ3に入るほど人気なのが名曲「トゥルー・カラーズ(True Colors)」。

画像1: シンディ・ローパーが「トゥルー・カラーズ」の制作秘話を明かす

 1986年にリリースされた「トゥルー・カラーズ」は、本当の自分や個性を大事にしてほしいという力強いメッセージをシンディが優しく歌っており、アメリカのみならず世界中で大ヒットを記録した。

 そんな「トゥルー・カラーズ」を作るきっかけとなったのは、シンディの長年の友人であるグレゴリー・ナタルがエイズで亡くなったこと。同性愛者であったグレゴリーはシンディの親友で、1985年に24歳という若さでエイズのためこの世を去った。

 現在でこそHIV は治療でコントロール可能な「慢性疾患」として考えられているが、当時は 「死の病」として知られており、“同性愛者が感染する病気”だという誤った情報も多かったため、グレゴリーがHIVに感染すると離れていく友人もいたよう。その後、グレゴリーが亡くなり、彼の死に打ちのめされている時にシンディが作ったのが「トゥルー・カラーズ」だった。

 シンディはドキュメンタリー映画『Letthe Canary Sing』の中で、初めて「トゥルー・カラーズ」を聴いたときのことを「メロディが素晴らしく、言葉も素晴らしいことはわかっていた」と振り返り、「私は人間の最も優しい部分に語りかけたかったのです」と話した。

 また、グレゴリーはシンディに楽曲を作って欲しかったようで「グレゴリーは私に自分のための曲を書いて欲しがっていたので、私はチャレンジしたんです」とPeopleに語り、グレゴリーとの約束を果たすために書いたことも明かした。

 その後シンディは、ホームレスになってしまうLGBTQ+コミュニティの若者を支援するために、「トゥルー・カラーズ」から名前を取った慈善団体トゥルー・カラーズ・ユナイテッドを設立。現在「トゥルー・カラーズ」は、LGBTQ+コミュニティのアンセムになっており、2022年12月13日にジョー・バイデン大統領が全米すべての州で同性および異性間の結婚を合法と認める「結婚尊重法」に署名した式典では、シンディが「トゥルー・カラーズ」を披露。

画像2: シンディ・ローパーが「トゥルー・カラーズ」の制作秘話を明かす

 ちなみにシンディは「トゥルー・カラーズ」以外にも「ボーイ・ブルー(Boy Blue)」という楽曲もグレゴリーのために書いているが、シンディは「私は『BoyBlue』を書いたんですが、彼のために書いた曲で彼が知ってほしいと願ったアンセムになった本当の曲は『TrueColors』でした」と語った。

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