外見の変化による苦痛をケアする「アピアランスケア」
以前は治療がとても困難なイメージだったがんは、医療の進歩により、治療を経て社会生活に戻る人や、治療をしながら社会生活を送る人が増えている。
そのうれしい進歩の一方で、治療により髪を失ったり、乳房を失ったりと、心や体に傷を抱えながら社会とかかわりを持つ人も多い。治療できるから、命が救われたから、それでいいのだろうか?
だからこそ今重要度が増してきているのが、がん治療のその後をケアする「アピアランスケア」。
アピアランスケアとは、治療にともなう外見の変化に起因する、がん患者の苦痛を軽減するケアのこと。脱毛や傷あと、乳房切除(全摘)や乳房の変形など、治療による外見の変化について医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、治療中や治療後も自分らしく生きることをサポートする。
しかし、社会に戻る人が増えてアピアランスケアを必要とする人が増える一方で、大きな課題となっているのが、その認知度の低さ。
乳がん罹患者で知っているのはたった「2割」
アッヴィ社アラガン・エステティックスとNPO法人エンパワリング ブレストキャンサーが今年8月、全国の乳がん罹患者208名を対象に意識調査※1を行なったところ、アピアランスケアについて知っていた人は、なんとたったの21%。
知っていると回答した44名のうち、乳がんに関するアピアランスケアで知っているのは、「ウィッグや帽子による脱毛のカバー」90.9%、「乳房再建手術」79.5%、そのほか「パッドや下着などによる補正」「メイクアップ」「人工乳房(貼り付けるタイプ)」など。
また自身で行なったケアでは、「ウィッグや帽子による脱毛のカバー」が45.9%と最も多く、「パッドや下着による補正」は28.6%、そして「乳房再建」においては9.2%とわずかだった。
乳房の形をつくり直す手術「乳房再建」は、10年も前から保険適用の対象になっている手術で、過去には100万円ほど費用がかかっていたが、今では10~20万円、または乳房切除の手術費用に含んだ形で行なえることもある※。にもかかわらず、実際に受けている人はとても少ない。
※ 治療内容や病院により異なります
「知らなかった」「言いづらかった」認知度の低さが生むハードル
ここで目を向けたいのが、乳房再建術を受けていない人のなかには、そもそも知らなかった人がいることや、認知度の低さがハードルになっている人がいること。
公益財団法人がん研究会有明病院が設立するアピアランスケアを支援する「サバイバーシップ支援室」で室長を務める、乳腺センター 乳腺外科医長の片岡明美先生は、こう話している。
「全摘をして数年経過したところで再建をした高齢の患者さんがいます。ダンスをするときパットがずれて困るという話をお聞きし、再建を提案したところ『やっていいんですか?』と。当院で手術をしたにもかかわらず情報提供が至っていませんでした。また40代の患者さんで、がんの手術のときは休職できたけれど、再建手術のために休職するとは言い出せず、コロナ禍にリモートワークが始まって再建できるようになったという方もいました」
乳房再建は見た目の変化のほかにも、左右のバランスが悪くなることによる肩こりといった不調や生活の不便さにも関係するもの。しかし知られていないだけでなく、乳房再建術のために休むと言えなかったという、認知度の低さが生む偏見や理解のなさもハードルになっているという。
アピアランスケアが整ってきても、知られていないがために充分にサポートできないのなら、認知拡大は重要なカギ。もしも自分や大切な人が当事者になったとき、「知っている」ことが力になってくれるかもしれない。
アンジェリーナ・ジョリーで広く知られた「予防的乳房切除」
2013年、アンジェリーナ・ジョリーが遺伝性の乳がん卵巣がん症候群の予防処置として乳房切除したことを発表し、世界中で話題になった。記憶にある人もいるのでは?
アンジェリーナは、母を乳がんと卵巣がん、祖母を卵巣がんで亡くしており、自身も遺伝子検査を受けたところ、診断結果は、将来乳がんになる可能性は87%、卵巣がんは50%以上。そのため予防的乳房切除を決意し、胸の皮膚、乳頭と乳輪を残して組織を取り出し、乳房再建術を受けた。
健康な乳房を切除することについては賛否両論あるが、アンジェリーナの発表により、予防的手術を受ける人は増えたという。「知る」ことが人生の選択肢を増やし、悩む人の力になっている。
医療法人社団ブレストサージャリークリニック院長の岩平佳子先生は、こう話している。
「当院で31歳で乳房再建術を受けた患者さんがその後、結婚し、10年経ったところで出産して『あのときやっていなければ今の私はいないかもしれない』とおっしゃったことがあります。私はその言葉から、患者さんの思いを改めて知りました。むやみに受けるべきとは思いませんが、保険適用になったのは患者さんの気持ちを汲んでいることだと思います」
乳房再建の方法は大きくわけて2種類
では、さらに乳房再建について「知る」を深めたい。乳房再建の方法は大きく分けると、シリコンなどを使う人工再建と、お腹の脂肪など自分の組織を使う自家組織再建の2つ。
自家組織再建のメリット・デメリット
自家組織再建の特徴は、お腹の脂肪など自分の身体から採った組織を使用するため、血の通った温かい組織になるということ。ただし、組織を採取する部位も手術するため身体の負担が大きく、保険適用ながらも入院が長引くことから費用が高くなってしまう。
また、のちに反対側の乳房も再建することになったとき、お腹の脂肪がもう使えずに片方は人工物再建になるという可能性もある。
そして、再建した乳房の仕上がりが術者の技術や熱量に大きく左右されるため、病院や術者選びがとても重要になることも覚えておいてほしい。
人工物再建のメリット・デメリット
人工物再建は、身体のほかの箇所に傷をつける必要がなく、体の負担が軽いのが特徴。そのため、入院せずに日帰りも可能なので、時間的・経済的な負担も少ない傾向にある。
また、術者の技量が仕上がりに大きく影響する自家組織再建に比べて、人工物再建はシリコン製品による影響が大きいのも特徴で、厚生労働省が認可した保険適用のインプラントから、サイズなどその人に合ったインプラントを選ぶことができる。
ただし、もう片方の健側の乳房と全く同じ大きさや形のシリコンはないため、とくに乳房が大きい例や下垂している例では、もう片方の引き上げや縮小の手術を行なうケースもあるという。
乳房切除と同時も可能、乳房再建のタイミング
乳房再建術のタイミングにも選択肢があり、乳房切除手術と同時に行なうもの、もしくは後日に行なうものがある。
乳房切除の手術と同時に行なうメリットは、術後に鏡を見ても乳房に膨らみがあるので、喪失感を減らせること。人工物再建の場合は身体的な負担も減らせる。一方デメリットは、乳がん治療の手術について考えているときに、同時に乳房再建についても決定しなければならない心的、時間的負担がある。
後日に手術を行なう場合は、検討する時間に余裕があるため、乳房再建は別の病院で行なうなど選択肢が増やせる一方で、乳房切除後には喪失感を抱えることもある。乳房再建術を行なうタイミングは、その時に必要としていることは何なのかをじっくりと考えて決めたい。
乳房再建を行なうこと、行わないこと。自家組織再建にするか、人工物再建にするか。再建手術を同時に行なうか、後日行なうか。
これらはどれも当事者の意志が尊重されるべき選択肢。しかし、選択しなかったことと知らなかったことには、大きな隔たりがある。乳房再建という選択肢があることで、治療に前向きに取り組めたり、治療後にこれまでどおりの生活が送れたりと、喜びの声も多い。
未来の自分や大切な人のために、ぜひこの知識を忘れずにいてほしい。
また何より大切なのは、乳がんになったとしても早期発見できるように、乳がんの定期検診を怠らないこと。医療も進歩し、診断の精度も向上してきた今、早期発見でがんを治療し、自分らしく社会生活に戻ることをアピアランスケアがサポートしてくれる。だからこそ、自分が自分のためにできることは定期的な検診であることを忘れずに。
後日フロントロウでは後編として、患者側の経験を聞いた「患者にとっての乳房再建」について記事を公開。
※1 アッヴィ合同会社アラガン・エステティックス、NPO法人 エンパワリング ブレストキャンサーによる共同調査
調査期間:2023年8月10日(木)~2023年8月16日(水)
調査対象:乳がん罹患経験者/有効回答数:208名
地域:全国/調査方法:インターネットによる調査
調査実施機関:株式会社メディリード