乳がん患者にとっての乳房再建
フロントロウでは先日、乳がんにまつわる乳房再建について記事を公開。
脱毛や乳房の変形など、がん治療にともなう外見の変化による患者の苦痛を軽減する「アピアランスケア」をはじめ、再建術の種類やタイミングなど「医療側からの乳房再建」について紹介した。
今回お届けするのは「患者にとっての乳房再建」。話を伺ったのは、自身も乳がんにより乳房の摘出と乳房再建を受け、その時の経験から乳房再建の正しい情報を広めるために、NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeC(以下NPO法人E-BeC)を立ち上げ活動する真水美佳さん。
女性の9人に1人※1が乳がんになると言われるなか、いつ自分ごとになるか分からない乳房再建について、自身の経験とNPO法人E-BeCの活動から見えてきた実情を話してくれた。
乳がん発覚から乳房再建まで、簡単ではなかった道のり
真水さんは2007年10月、両方の乳房でがんが発覚。乳がんと診断され、目の前が真っ暗になったという。さらに術後の胸のかたちは、全摘の右はたいらに、乳房温存の左は左上に引きつれると言われ、外見の変化を受け入れられず、治療をせずにこのまま天寿を全うしようと思い詰めたと話す。
そんなとき、医師から聞いたのが「乳房再建手術」の存在。しかし、再建手術ができる病院をネットで必死に探したが情報が得られず、手術難民になったという。さらにセカンドオピニオンで乳腺外科医から「乳房再建手術」を全否定され、心が折れてしまう。
それでも諦めなかった真水さんは、サードオピニオンでようやく「乳房再建手術」について説明してもらい、前向きに治療することを決心できたという。
その後、真水さんは写真家のアラーキーこと荒木経惟氏に出会い、2010年、乳がんを宣告された女性たちのために「乳房再建手術」経験者たちがモデルとなった写真集『いのちの乳房』を出版。再建術を受けた女性19人の誇りと自信に満ちた姿を収めた。
真水さんは、乳房再建についてこう話している。
「手術によって胸を失うと、第三者の目に触れることはなくても、着替えやお風呂に入るときに裸の自分を見て、そのたびに『乳がん患者』ということを思い知らされ、辛い思いをする人が多くいます。乳房再建は、乳がん後の長い人生を自分らしく豊かに生きていくための大切なアピアランスケア。私は乳房再建手術を受けたことで、自分らしさを取り戻し、残りの人生の新しいスタートを切ることができました」
出版をきっかけにボランティア活動をはじめた真水さんは、首都圏と地方に情報格差があることを実感。地方にも正しい情報を届けたいという思いから、「乳房再建手術」の正しい理解と乳がん患者のQOL向上を目指したNPO法人E-BeCを設立した。
そんな経験を経てきた真水さんは、乳房再建手術は、認知と理解不足が課題だと話す。
アピアランスケアとは
治療にともなう外見の変化に起因する、がん患者の苦痛を軽減するケアのこと。脱毛や傷あと、乳房切除(全摘)や乳房の変形など、治療による外見の変化について医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、治療中や治療後も自分らしく生きることをサポートする。
乳房再建のハードルに「医療格差」や「周囲の無理解」の声
NPO法人E-BeCが昨年、300名(うち294名が乳がん経験者)を対象に行なった「乳房再建を考える際のハードル」についてのアンケート※2では、一般的に手術の不安として聞かれるであろう「手術が怖い」「費用」といった回答と並び、こんな回答が見られた。
- 職場に言いにくい
(首都圏22.0%、地方22.3%) - 近くに再建を受けられる施設がない
(首都圏7.3%%、地方21.5%) - 周囲の反対
(首都圏6.7%、地方6.9%)
大きく分けると「医療格差」と「周囲の無理解」。真水さんによると、2013年からアンケートを実施しているが、地域格差と周囲の無理解については変化が見られないという。
「専門医や施設が近くにない」地域で医療に格差
首都圏、地方の両方を対象に行なったアンケートでほぼ同数の回答が多いなか、ひとつだけ約14%もの開きを見せたのが「近くに再建を受けられる施設がない」という回答。
これまで実施したアンケート※3では、「居住地に近いところで希望する手術を受けられる施設がない」「選択肢が限られてしまい、結果的に不本意な術式となった」といった声が聞かれており、地域格差により満足に医療を受けられない実態がわかっている。
女性の9人に1人※3が乳がんになると言われるなかで、乳房再建の知識や技術が地方に行きわたっていないことは、大きな課題。乳房再建を考えることになった時、真水さんが経験したように、施設や医師が見つからないという困難が待っているかもしれない。
そんな事態に対応するために、自分自身にも正しい知識を身につけておくことが大切。
「豊胸と同じに捉えられる」周囲の無理解もハードルに
そして、乳房再建術ならではのハードルと言えるのが、周囲の無理解。保険適用術にもかかわらず、約22%が「職場に言いにくい」、約7%が「周囲の反対」と回答している。これまで実施したアンケート※3では、具体的にはこんな声が聞かれたという。
「夫はがんを切除するのは必要だと理解しているようだが、再建手術は費用が高いので必要な手術なのか疑問を持っている。そのため相談もしづらい」
「再建は病気ではないので休職希望を言いにくい」
「乳房がなくても生きていけるので、反対されないまでも理解されず豊胸と同じに捉えられる事もある」
これらの回答からは、なぜか乳房再建を求める乳がん患者が苦しい立場に立たされていることがわかる。これは乳房再建の必要性について、社会や周囲の理解が不足しているため。自分や周りの人が当事者になったとき、理解をもって対応できるようにしたい。
望む人が乳房再建を受けられる世の中にするために
医療の進歩によりがんは治る病気となり、治療を経て社会生活に戻る人も増え、アピアランスケアの必要性は高まっている。そのひとつである乳房再建は、がん治療のその後を自分らしく生きていくための大切な選択肢。
しかし、社会的な認知や理解の低さがハードルになっているだけでなく、乳がん患者自身にもその存在や保険適用術であることなどが十分に知れわたっていない※という。
※参照:乳がんの治療で知っておきたい「乳房再建」という選択肢
真水さんは、乳房再建を望む人が誰でも一定水準の再建手術を受けられるようになるには、乳房再建に関する認知と理解を広げることが大切だと話す。
私たち一人ひとりが正しい知識をつけることが、乳房再建を望む人への助けとなり、自分自身にとっても力になってくれるかもしれない。今は乳がんに直面していなかったとしても、女性にとって決して人ごとではない話。この機会にぜひ知識として身につけて、未来へと繋げてほしい。
>>関連記事:乳がんの治療で知っておきたい「乳房再建」という選択肢
※1 国立がん研究センターがん情報サービス、累積がん罹患リスク(2019年データに基づく)
※2 NPO法人E-BeCが、2022年中に開催した「第17 回~第21 回オンラインセミナー」と1月~12月(月1回)に行なわれた「Zoomで乳房再建ミーティング」の参加者を対象に実施したアンケート調査。参加者は532名、アンケート協力者は300名で、このうち乳がん経験者は294名
※3 NPO法人E-BeC実施2013-2022年度「乳房再建手術」の経験者を含む乳がん患者さんたちの意識を把握する『乳房再建に関するアンケート調査』