年齢や立場を超えて、公平にスピードで競う
女性限定フォーミュラレース「KYOJO CUP」

photo:後藤佑紀
今年で9年目を迎える女性限定のカーレース「KYOJO CUP」を現地で初観戦。都内から車で2時間半ほどだったが、天気にも恵まれ、青空の下でのドライブは心地よく、到着前からすでにワクワクしていた。到着した富士スピードウェイは、雄大な富士山のふもとにあり、その姿がくっきりと広がる。
この日は、年内に全5戦で競われる「2025 KYOJO CUP」の開幕戦ファイナルとあり、朝から多くの観客が集まり、会場には緊張感と高揚感が満ちていた。開幕戦の総来場者数は、昨年比で80%増というから注目度の高まりがよくわかる。

第1戦のファイナルレースが始まる前には、ドライバーたちによるトークショーが開催。国内外から集まった20名の女性レーサーが登場し、ここではレースを直前にした彼女たちの思いや意気込みを直接聞くことができる。本番前の緊張感の中で交わされる言葉には、レーサーの素顔や情熱がにじんでいて、印象に残るひとときとなる。

photo:後藤佑紀
「KYOJO CUP」の魅力は、全員が“イコールコンディション”で競い合える点にもある。マシンは全車共通で、ドライバー全員に公平な環境が用意される。参戦するドライバーたちは、学生や社会人、母親などバックグラウンドも年齢もさまざま。しかしサーキットに立てば、全員がフェアな環境を与えられた同じ“ひとりのレーサー”。速さだけが評価されるシンプルでフェアな世界が、ここにはある。

photo:後藤佑紀
続いて、レース直前には“グリッドウォーク”がスタート。観客がホームストレートに入り、スターティンググリッドのマシンやドライバーを間近で見られるこの時間には、多くのファンがカメラを手に思い思いのひとときを楽しむ。個人的には、数分後に本気のスピードで走り出すマシンや、ドライバー自らがセレクトしたカラフルなヘルメットやグローブなどを、こんなにも近くで見られることに驚いた。

レース直前とは思えないリラックスしたムードのなか、“ピットウォーク”ではドライバーたちがファンとの交流を楽しむ姿があちこちに。間近で交わされる笑顔や会話に、モータースポーツの“敷居の高さ”は感じられず、むしろ誰でも受け入れてくれるような開かれた空気がそこにあった。

photo:後藤佑紀
いよいよ「2025 KYOJO CUP」第1戦ファイナルスタート!
スタート前、サーキットに響くエンジン音を聞きながら、ふと思う。コックピットにいるのは、全員女性。ヘルメット越しでも伝わってくるその気迫と集中力に、自然と胸が高鳴る。
男性が多い印象のモータースポーツの世界で、女性だけが走るレース。その光景はまるで、未来のワンシーンを見ているような感覚。もちろん、女性が活躍する場面は増えてきたが、モータースポーツのフィールドで輝く姿は、まだまだ希少だろう。

ポールポジション(一番前の位置)から好発進を決めたのは、予選1位突破の下野璃央(Dr.Dry with Team IMPUL KC-MG01)。素早く飛び出してトップに立つと、最初のカーブもそのまま先頭でクリアし、序盤から他の車を引き離しはじめた。スタート直後の混み合った場面をうまく抜け出したのは、翁長実希(Kids com KDDP KC-MG01)と佐藤こころ(OPTIMUS CERUMO・INGING KC-MG01)。
2位争いが激しさを増す中、先頭を走る下野は、まるで別世界にいるかのように落ち着いた走りを披露。2周目、3周目と着実に周回を重ね、背後のプレッシャーをものともせず、自らのペースをしっかりと刻んでいく。その走りは安定感があり、とくにカーブの入り口から出口にかけてのライン取りや加速の滑らかさには、思わず息をのむほど。洗練されたドライビングテクニックが光っていた。

序盤は翁長が2位に食らいつき、後半には佐藤、そして平川真子(docomo business ROOKIE KC-MG01)も追い上げる。とくに3位争いは終盤まで緊迫した攻防が続き、佐藤と平川が競り合う展開に。
一方、トップを走る下野は、安定したペースと冷静な判断力で後続の追撃を封じ込める。タイヤマネジメントや安定感ある走りも美しいこと! 20分間のレースをノーミスで走り切り、ついに悲願の初優勝を飾った。

2位には堅実な走りで終始上位をキープした翁長、3位には佐藤。追い詰めた平川は、最後まで粘りを見せながらもあと一歩届かず。わずか数秒を争う表彰台争いが、最後まで観客の目を捉えて離さなかった。

女性をエンパワメントする「KYOJO CUP」という場
トークショーやコメントで、レーサーたちが口を揃えたのは「KYOJO CUPの特別さ」。初優勝を果たした下野は、「車両が統一されていて、技術と戦略が勝負を分ける。だからこそ、本当に“ドライバーの力”が問われるシリーズ」と語る。
日頃から男性レーサーと競い合う翁長は、「年齢も経歴も関係なく、実力と情熱で勝負できる。だからこそ夢がある」と語り、17歳の現役高校生で3位に輝いた佐藤も、「女性が活躍できる場所がこうしてあることに感謝している」とコメントする。

現代においても女性が完全に公平な条件のもとで自分の力を試せる場というのは、当たり前には存在しない。だからこそ、女性レーサーたちがフェアな環境下で、時速200kmにも及ぶ速さで自分の力で競い合う姿は爽快であり、感動的でもあった。
一人ひとりが勝利をめざして走るその姿に、観ているこちらまで背筋が伸びる思いがしたレースだった。あの場には確かに、“女性が自分の力で道を切り拓く”瞬間があり、そういった意味でこの「KYOJO CUP」はエンパワーメントそのものだと感じた。
表彰台の3人、それぞれの物語
ここで表彰台を飾った彼女たちのバックグランドにも注目したい。
優勝した下野璃央のレーシングキャリアは、小学5年生のときに父親と訪れた練習場でレンタルカートに乗ったのが始まり。以来14年にわたってモータースポーツに取り組み、男性レーサーとも競い合い、日々腕を磨き続けてきた。「KYOJO CUP全戦優勝、そしてシリーズチャンピオンを最終戦前に決めたい」と語る彼女は、女性レーサーの道を切り開きたいと先を見据える。

2位の翁長実希は、沖縄県唯一のサーキット「ククル読谷サーキット」を実家が経営していた環境で、4歳からカートを始めた。地元のカート選手権を経て、2017年には全日本カート選手権FS-125クラスに出場。さらに2023年には全日本EVカート選手権で女性初のシリーズチャンピオンを獲得した実績を持つ。残り4戦をかけて「2025 KYOJO CUP」チャンピオンの座を狙う。

3位の佐藤こころは、兵庫県出身・17歳の現役高校生。4歳でカートを始め、2020年にはJAFジュニアカート選手権FP-Jrクラスで史上初の女性優勝を達成。将来の夢はスーパーフォーミュラへの出場だ。若さとスピードを武器に、今後のKYOJOを支える存在として注目されている。

真の意味での“多様性あるスポーツ”
「KYOJO CUP」では、すべてのドライバーが同じ車両でレースに挑むことで、運転技術と戦略が勝敗を決する平等な競技環境を実現している。だからこそ求められるのは、純粋なドライビングスキルと、レース全体をどう組み立てていくかという力。誰にでもチャンスがある、実力勝負の場だ。
また、キャリアやライフステージに関係なく、情熱を持つ女性が挑戦できるこの場所は、多様な生き方や背景を肯定してくれる空間でもある。学生や会社員、子育て中の母親など、それぞれに異なる日常を送りながらも、スタートラインではすべての女性が“ひとりのレーサー”として同じ立場に立つ。それは、日常の役割を超えて、女性たちが自分自身の力を試し、輝ける瞬間でもある。

真剣な目で前を見つめ、全力で走る姿には、言葉では言い表せないほどの力強さがあり、同じ女性として、そのひたむきさに心を動かされた。その姿を見て、「私たちにもこんな力があるんだ」と、背中を押された気がした。
女性モータースポーツ界をけん引する先進的な存在
開催が9年目となる今年は、じつは特別な年であり、今シーズンから「KYOJO CUP」のレースには、新型フォーミュラマシンが導入されている。
フォーミュラマシンとは、いわゆるF1などでイメージするタイヤが車体の外に出ている車種のこと。車の運動性能は高く、高いドライビングスキルが試される、レーサーにとって憧れの車でもある。
フォーミュラマシンを導入することは「KYOJO CUP」にとって大きな挑戦であり、また女性レーサーたちの新時代の幕開けでもある。未来のスターを育てる取り組みも始まっており、「KYOJO CUP」はこれからの女性モータースポーツ界をけん引する、先進的な存在としてますます注目されている。

photo:後藤佑紀
2025年の KYOJO CUP 第2戦は、富士スピードウェイでスーパーフォーミュラのサポートレースとして、7月19日(土)〜20日(日) に開催予定。最終日の7月20日(日)にファイナルレースが行われる。
「KYOJO CUP」は、さまざまな歩みを経た女性たちが、それぞれの思いを胸にスタートラインに立つ場所。11月開催の最終戦を含む残り4戦を通して、今シーズンのチャンピオンを争う。次のレースではどんなドラマが生まれるのか。女性たちの本気の挑戦から、目が離せない。
KYOJO CUP 公式サイト:https://kyojocup.jp/