“東欧の奇跡”が、スクリーンに帰ってくる。映画史の記録にも記憶にも、その名を刻み続けるメーサーロシュ・マールタ。その監督特集の第2章が、11月14日(金)からついに開催される。前回2023年に大反響を呼んだ特集上映の続編であり、今回は日本劇場初公開となる7作品が、最新レストア版で一挙上映される。
1975年、『アダプション/ある母と娘の記録』でベルリン国際映画祭金熊賞を獲得。女性監督として史上初の快挙を成し遂げたメーサーロシュ・マールタ。その繊細で鋭利な視点は、アニエス・ヴァルダ、アンナ・カリーナ、イザベル・ユペールといった錚々たる映画人たちの心を揺さぶってきた。
今回のラインナップは、代表作『日記』三部作をはじめ、『エルジ』『月が沈むとき』『リダンス』など初期の傑作がズラリ。カンヌ審査員特別グランプリを受賞した『日記 子供たちへ』、そして中期の傑作『ジャスト・ライク・アット・ホーム』には、アンナ・カリーナの姿も。少女、母、妻、そしてひとりの女性としての個のドラマが、東欧の激動の時代と絡み合いながら鮮烈に描かれる。
解禁された予告編では、静かに心をかき乱すような名場面が次々と映し出される。人生における喪失と再生、痛みと赦し。そのひとつひとつが観る者に問いかけてくる。“さらなる深みへ――”というコピーが添えられたポスタービジュアルには、ユリとアンナの姿が並ぶ。彼女たちの目線の先にあるのは、未来か、それとも記憶か。
メーサーロシュは言う。「自由の問題も女性の状況も、あまり変わっていないのですから、これらの作品は今の時代にも有効でしょう」。その言葉通り、いま観るべき映画がここにある。
メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章 本予告映像
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『エルジ』
英題 The Girl
原題 Eltávozott nap
監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:メーサーロシュ・マールタ
撮影:ソムロー・タマーシュ
出演:コヴァーチュ・カティ
1968年/ハンガリー/スタンダード/モノクロ/84分/HDデジタルリマスター/G
字幕翻訳:森彩子
字幕監修:コロンツァイ・バーバラ
<story>児童養護施設で育ったエルジは、24年ぶりに小村で暮らす実の母を訪ねる。
再婚していた母は、娘の来訪に戸惑い、彼女を姪と偽って新しい家族に引き合わせた。
家族関係の修復も曖昧なまま街へ戻ったエルジは、行きずりの男と交際しながら、
鬱々と日々を過ごす。ある日、素性の知れぬ中年男性がエルジの前に現れ、
「君の両親は死んだ」と告げる。長編デビュー作であり、のちに繰り返し描かれる“養子”をテーマとした自伝的作品。

『月が沈むとき』
英題 Binding Sentiments
原題 Holdudvar
監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:メーサーロシュ・マールタ
撮影:ケンデ・ヤーノシュ
出演:トゥルーチク・マリ、コヴァーチュ・カティ、バラージョヴィチ・ラヨシュ
1968年/ハンガリー/シネマスコープ/モノクロ/86分/2Kレストア/G
字幕翻訳:森彩子
字幕監修:コロンツァイ・バーバラ
<story>政治家の夫に先立たれたエディトは、保険金や邸宅の相続を頑なに拒む。
父の名声が汚されることを恐れた息子は、母エディトを別荘に軟禁した。
息子の婚約者も「看守」として手を貸すが、壊れていくエディトを見るうち、
結婚という結び付きに違和感を募らせていく。「家」に囚われた女性の苦しみと、
彼女に寄り添う女性の交流が描かれたシスターフッド映画。

『リダンス』
英題 Riddance
原題 Szabad lélegzet
監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:メーサーロシュ・マールタ
撮影:コルタイ・ラヨシュ
出演:クートヴェルジ・エルジェーベトゥ
1973年/ハンガリー/スタンダード/モノクロ/81分/4Kレストア/PG-12
字幕翻訳:高橋文子
字幕監修:コロンツァイ・バーバラ
<story>工場勤務のユトゥカは、ダンスパーティーで出会った大学生アンドラーシュと恋に落ちる。
彼に拒絶されることを恐れたユトゥカは、自分も学生であることを装い、名前も偽る。
やがてアンドラーシュはユトゥカの素性を知るが、両親には真実を告げられずにいる。
両家合同の食事会。アンドラーシュ家の階級意識が剥き出しになっていく。
アニエス・ヴァルダがそのシャワーシーンに強く魅了されたという、
労働者階級とインテリの格差を背景に女性の選択を描く静かな力作。
撮影はジュゼッペ・トルナトーレ作品で知られるコルタイ・ラヨシュ。

『ジャスト・ライク・アット・ホーム』
英題 Just Like at Home
原題 Olyan, mint otthon
監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:コーローディ・イルディコー
撮影:コルタイ・ラヨシュ
出演:ヤン・ノヴィツキ、ツィンコーツィ・ジュジャ、アンナ・カリーナ、サボー・ラースロー(ラズロ・サボ)
1978年/ハンガリー/ビスタ/カラー/109分/4Kレストア/PG-12
字幕翻訳:高橋文子
字幕監修:コロンツァイ・バーバラ
<story>アメリカからハンガリーへ帰国したアンドラーシュ。
根無し草状態の彼は、放し飼いにされていた犬に惚れ込み、
飼い主の少女から強引に買い取った。わだかまりを残したふたりは、
やがて親子とも言い切れぬ親密な関係を育んでいく。
アンドラーシュのかつての恋人アンナも、そんなふたりを気に掛けている。
彼女はアンドラーシュに、愛を告白するが……。
父への献辞で始まる本作は、メーサーロシュにとって非常に
個人的な父との物語だといえる。アンナ・カリーナがふたりの関係に揺らぎを与える人物を好演。

『日記 子供たちへ』
英題 Diary for My Children
原題 Napló gyermekeimnek
監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:メーサーロシュ・マールタ
撮影:ヤンチョー・ニカ
出演:ツィンコーツィ・ジュジャ、ヤン・ノヴィツキ
1980-83年/ハンガリー/スタンダード/モノクロ/108分/4Kレストア/G
字幕翻訳:森彩子
字幕監修:コロンツァイ・バーバラ、秋山晋吾
<story>1947年、ソ連からハンガリーへ帰国したユリは、
共産党員の養母マグダの保護下で育つ。父は秘密警察に捕らわれ、
母はこの世を去っていた。恐怖政治が布かれるこの国で、
ユリは不安定な生活を強いられる。ある日、ユリはヤーノシュと名乗る男と出会う。
彼は父と瓜二つの人物だった。
「日記」三部作の第一部。冷戦下の自身の苦難を描き、
1984年のカンヌで審査員グランプリを受賞。撮影は義理の息子ヤンチョー・ニカが担当した。

『日記 愛する人たちへ』
英題 Diary for My Loves
原題 Napló szerelmeimnek
監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:メーサーロシュ・マールタ、パタキ・エーヴァ
撮影:ヤンチョー・ニカ
出演:ツィンコーツィ・ジュジャ、ヤン・ノヴィツキ
1987年/ハンガリー/スタンダード/カラー・モノクロ/132分/2Kレストア/G
字幕翻訳:森彩子
字幕監修:コロンツァイ・バーバラ、秋山晋吾
<story>マグダの元を離れたユリは、織物工場で働いている。
映画監督を志すユリは、モスクワの大学で映画制作を学ぶことになった。
スターリンの死後、ユリは卒業制作として、労働者の実情を捉えた
ドキュメンタリー映画を完成させたものの、反-社会主義リアリズム的な内容から、
再編集を命じられた。そしてユリは父がすでに死去したことを知らされる。
「日記」三部作の第二部で1987年のベルリンで銀熊賞を受賞。
モスクワ留学から1956年のハンガリー事件前夜までを描く。
ユリが父と瓜二つの男に抱く愛情は複雑になり、ふたりの関係は次第にメロドラマ性を帯び始めていく。

『日記 父と母へ』
英題 Diary for My Father and Mother
原題 Napló apámnak, anyámnak
監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:メーサーロシュ・マールタ、パタキ・エーヴァ
撮影:ヤンチョー・ニカ
出演:ツィンコーツィ・ジュジャ、ヤン・ノヴィツキ、トゥルーチク・マリ
1990年/ハンガリー/スタンダード/カラー・モノクロ/117分/2Kレストア/G
字幕翻訳:森彩子
字幕監修:コロンツァイ・バーバラ、秋山晋吾
<story>1956年10月23日、ブダペシュトで民衆が蜂起する。
モスクワで足止めを食っていたユリは、12月に入りようやく
ハンガリーへの帰国を許された。ユリはカメラを手に、
荒廃した街並みや犠牲者を見つめていく。その年の大晦日、
ユリたちは一堂に会する。政治的立場を異にする者たちも、
仮装や音楽、ダンスに耽る。しかし反動分子の弾圧はとどまるところを知らず……。
「日記」三部作の最終作。1956年のハンガリー事件から
民主化運動の挫折までを描き、戦争の余波と闘いの行方を問う。
公式サイト:http://meszarosmarta-feature.com/
11月14日(金)より
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー