寝たきりの父を置いて14歳は夜へ出た。『オルモと夏のステレオ』公開へ


ブラッド・ピット率いるプランB エンターテインメントが手がけた青春映画『オルモと夏のステレオ』が、2026年11月20日に日本公開される。舞台は1979年のニューメキシコ州。ベルリン国際映画祭パノラマ部門の1本だ。(フロントロウ編集部)
84分に収まっているのは、たった1日
邦題とポスタービジュアル、そして本予告が解禁された『オルモと夏のステレオ』(原題:Olmo)。11月20日から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国公開される。
物語が追いかけるのは、1979年のアメリカ・ニューメキシコ州に暮らす14歳の少年オルモだ。本当なら親友ミゲルと遊びに行きたいのに、この日は病気で寝たきりの父ネストルの世話を任されていた。そこへ、憧れの幼なじみニーナからパーティーの誘いが舞い込む。どうにか役目を抜け出そうとする少年の小さな企みは、すれ違いを抱えた家族まで巻き込み、いたずらと混乱にまみれた一夜へと転がっていく。
母セシリアは仕事に出かけ、姉アナも家を出てしまう。思い通りにならない現実に苛立ったオルモは父に反発し、やがてミゲルとステレオを車に積んで夜の町へ繰り出す。ここまでが本予告で描かれる流れだ。レコードが回り、ミラーボールの下で踊り、車内で音楽に身をゆだねる。ただし楽しいだけの夜ではなく、ふたりのあいだには衝突も起きる。上映時間はわずか84分で、そこに詰まっているのは文字どおり1日ぶんの出来事でしかない。
『ミナリ』『ムーンライト』の製作会社が選んだ題材
製作は、ブラッド・ピットが率いるプランB エンターテインメント。『それでも夜は明ける』『ムーンライト』『ミナリ』といったアカデミー賞受賞作を送り出してきた会社で、近年も『ニッケル・ボーイズ』『ミッキー17』『F1』と話題作が続いている。そこに、『ニューオーダー』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受けたミシェル・フランコが製作として加わった。
監督・脚本はメキシコ出身のフェルナンド・エインビッケ。2004年の長編デビュー作『ダック・シーズン』がカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、メキシコ最高峰のアリエル賞で11部門を制した経歴を持つ。3作目の『CLUB SANDWICH』ではサン・セバスチャン国際映画祭最優秀監督賞。本作は長編としては12年ぶりの新作にあたる。
主人公オルモを演じるのは、オーディションで抜擢された新人アイヴァン・ウタパ。今年の第75回ベルリン国際映画祭ではパノラマ部門で上映され、青春映画の新たな傑作として批評家の支持を集めた。
ターコイズブルーの空と、真っ赤なマスタング
解禁されたビジュアルは、鮮やかなターコイズブルーの空にタイトルロゴ「OLMO」を大きく置いたポップなデザイン。レコード、カセットテープ、ローラースケート、真っ赤な車といった1979年のアイテムが散りばめられ、その下にオルモと家族、ミゲルら5人が並ぶ。添えられたコピーは「宝物みたいな、あの時代――」。

劇中を彩るのは、古びた一体型ステレオ、ローラースケート、真っ赤なフォード・マスタング、カウボーイシャツにトニー・ラマのブーツ。ニューメキシコの乾いた光と土ぼこりがそのままフィルターになったような画づくりで、1979年という年がまるごと閉じ込められている。背伸びした恋、友達との笑い、親への反発、そして不器用な家族の愛情。誰の記憶にも1つはある「最低で最高の1日」を、この秋スクリーンで見つけられるかもしれない。
配給はスターキャットアルバトロス・フィルム。作品の詳細は公式サイトで公開されている。
10月6日、父とステレオ、赤い車、パーティ。場面写真6点が公開
10月6日、オルモを取り巻く家族や友人、恋の相手の姿を切り取った場面写真6点が解禁された。父ネストルとステレオを囲むひととき、親友ミゲルと並んで立つ姿、幼なじみのニーナが真っ赤な車に水をかける場面、母と姉と並んで座る家族のひとコマなど、1979年の夏の1日がそれぞれの角度から収められている。

あわせて明かされたのが、本作が生まれた経緯だ。もともとはプランBがエインビッケ監督に、メキシコ系アメリカ人を主人公にした脚本を依頼したのが始まりだった。その企画は形にならなかったが、監督はそこから発想を広げ、以前から温めていた「少年とレコード」のアイデアを脚本家バネッサ・ガルニカと1本の物語に仕上げた。完成した脚本を受け取ったプランBのジェレミー・クライナーが気に入り、製作を申し出たという。本作は、プランBが新たに始めた映画製作プロジェクトの第一弾にあたる。

クライナーは本作を「とてもユニークで、非常に真摯な作品」と評し、国や言語を越えて誰もが理解できる映画だと語っている。監督にとっても、プランBとの仕事はそれまでプロデューサーとして関わってきた作品とは違う経験になったようで、「常に自分の境界を押し広げられた」と振り返った。大きな予算やスター俳優を前提にせず、1本の脚本と作り手の視点から映画を立ち上げる。そんな作り方が、レコードの飾られた部屋で仲間たちが踊るパーティの場面写真からも伝わってくる。


















