なぜ日本の小説には猫が多い?アメリカで広がる猫ブームの背景


アメリカの書店では、猫が表紙を飾る日本の小説の英訳版が存在感を増している。10月20日には、村上春樹の回想録『猫を棄てる』の英訳版も発売された。米New York Postは、猫が登場しない作品の表紙にまで猫を描き加える「猫釣り」とも呼べる現象が起きていると伝えている。(フロントロウ編集部)
今年も続々と登場する「日本の猫の本」
米New York Postが10月25日に掲載した記事によると、猫をテーマにした日本の翻訳小説は、今年もアメリカで次々と出版されている。紹介されたのは『Welcome to the Kokoro Cat Clinic』『The Messenger Cat Cafe』『Every Bookshop Needs a Cat』など。心温まる物語だけでなく、『A Game of Cat and Killer』のような犯罪小説にも猫が登場する。
このうち『Welcome to the Kokoro Cat Clinic』は、石田祥の『猫を処方いたします。』シリーズの英訳版。心に悩みを抱えた人がクリニックを訪れると、医師が薬の代わりに本物の猫を処方するという物語で、シリーズ第1作は2024年に『We’ll Prescribe You a Cat』として英訳されている。
村上春樹の「猫の本」は父親の物語
新たな1冊として紹介されたのが、村上春樹の『Abandoning a Cat』。日本では『猫を棄てる 父親について語るとき』として刊行された、自身のルーツをたどるノンフィクション作品で、米Book Riotによると、英訳版は10月20日にアメリカで発売された。
村上作品の英訳を長年手がけてきたフィリップ・ガブリエルは、New York Postに対し、「彼の猫好きはよく知られている」と語った。『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』などでも、猫は別の現実へとつながる「入り口」のような役割を担ってきた。
ただし、本書は父親の戦争体験や親子関係を見つめ直した回想録であり、決してほのぼのとした物語ではない。それでも出版社は、「著者の父親についての感動的な考察。そして猫も!」と明るく宣伝しているという。
『源氏物語』から『吾輩は猫である』、そしてクッパへ
なぜ日本の文学には猫が多く登場するのか。小説『The Cat and The City』の著者で、日本文学に登場する猫をテーマに博士論文を執筆したニック・ブラッドリーは、その系譜を約1,000年前の『源氏物語』までさかのぼる。
猫が御簾の裾を持ち上げたことで、隠れていた姫君の姿を男性が目にし、悲劇的な恋へとつながっていく場面は、絵巻にも描かれてきた印象的な場面だ。
1905年に発表された夏目漱石の『吾輩は猫である』の影響も大きい。尊大な猫が自らを指す「吾輩」という一人称は、現在も親しまれており、マリオシリーズに登場する宿敵クッパの一人称「ワガハイ」にも通じる。ブラッドリーは2025年、この古典の新訳も手がけた。
そんなブラッドリーは、現在のブームについて、出版社が「日本と猫」という魅力的な組み合わせを見つけたと分析する。New York Postは、1995年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件の後に広がった、心の癒やしを求める文学の流れのなかで猫が象徴的な存在となり、その魅力がコロナ禍以降のアメリカの読者にも響いていると考察している。
物語に猫が登場しなくても、表紙には猫
興味深いのは、アメリカでの「猫推し」が日本国内以上の勢いを見せていることだ。
川口俊和の『コーヒーが冷めないうちに』は、アメリカで刊行された英訳版の表紙に、日本版と似たデザインを採用しながら、小さな茶色の猫が描き加えられた。物語に猫は登場しないにもかかわらず、英語版の続編の表紙にも猫が描かれている。シリーズは世界累計750万部を超えるヒットとなった。
しかし、こうした販売手法には反発もある。オンラインレビューには、「猫はどこ?」「誇大広告だ」「もっと猫が必要」といった星1つの評価も寄せられている。
重松清の短編集『ブランケット・キャッツ』は、人間の暗い側面も描いた作品だが、猫を前面に押し出して売り出された結果、「猫好きが書いた本ではないのかもしれない」というレビューまで寄せられたという。
翻訳小説を手に取る機会が比較的少ないとされるアメリカの読者にとって、猫はなじみのない日本文学への「入り口」になっているのかもしれない。日本では2月22日が「猫の日」だが、アメリカの出版界では毎日が日本の猫の日のようだ。

















