エド、ジャスティン、ジジ…
結成25年経っても支持されるBSB
結成25年が経ったとは言え、1990~2000年代のポップミュージックの一大ブームを作ったバックストリート・ボーイズへの支持は今でも固い。
ほかにも、バックストリート・ボーイズTシャツを着用していたジャスティン・ビーバーや、口パク番組でバックストリート・ボーイズ・メドレーを披露したジジ・ハディッド、お気に入りのボーイズグループとしてバックストリート・ボーイズの名前をあげたフィフス・ハーモニー、10代の頃からファンだったというアシュレイ・ティスデイルなど、若手セレブ界では今でもバックストリート・ボーイズは不動の人気。
さらにエド・シーランがツアーでバックストリート・ボーイズの曲を取り入れたり、メーガン・トレーナーが夢だったというバックストリート・ボーイズとのコラボを実現したりと、音楽面でも後輩に大きな影響を与えている。
バックストリート・ボーイズのヒストリー
バックストリート・ボーイズの25年間を振り返る。
1993
■バックストリート・ボーイズが誕生
オーランドで行われた新しいボーイズグループを結成するオーディションに、顔見知りだったA.J.、ニック、ハウイー・D、ケヴィン、ブライアンが参加。現地のフリマ通り=バックストリート・マーケットにちなみ、バックストリート・ボーイズと名づけられた。
1997
■デビューアルバムが米チャートのトップ10内に44週連続ランクイン
結成から数年後、ヨーロッパで人気に火がついたグループ。逆輸入的な形でアメリカでブレイクし、10月にはデビューアルアム『バックストリート・ボーイズ』を引っさげて初来日。東京、大阪、名古屋を巡った。
1998
■人気アーティストの宿命?法廷トラブル
グループのプロデューサーであるルー・パールマンとマネージャーのジョニー・ライトがグループに内緒で10億円以上の利益を懐に入れたとして、メンバーが2人を提訴。代理人を通した闘いの末、約1年後に示談が成立した。
1999
■グラミー賞がグループを新人賞にノミネート
■『ミレニアム』が全米初登場1位
グループの代表曲「アイ・ウォント・イット・ザット・ウェイ」を収録した4thアルバムが全世界で3,500万枚を超える歴史的ヒット。初週で約110万枚を売り上げたが、ジャスティン・ビーバーのアルバム『パーパス』の初週売り上げが約50万枚だったと言えばその規模の凄まじさが分かる。
2000
■『ブラック&ブルー』で100時間プロモ
5thアルバムは前作を超える初週160万セールスを記録。100時間で世界6大陸をまわるツアーを決行し、専用ジェットで来日した日本でもバックス旋風が起きた。
■コラボアイテムを次々発売
マーベル現名誉会長のスタン・リーとコラボしてコミック本『バックストリート・プロジェクト』を発表したり、バーガーキングとコラボして同社限定のコンピレーションセットを発売したり、人気者らしく、コラボ企画が相次いだ。
2001
■9.11事件が発生
ブラック&ブルー・ツアーのさなか、ツアー先のボストンから飛行機でロサンゼルスに帰るはずだったブライアンの妻リーアンが悪い予感を覚えて前日にフライトをキャンセル。同じ便を予約していたツアースタッフのダニエル・リーはそのまま搭乗したが、このアメリカン航空11便は当日テロリストにハイジャックされて乗員乗客92名を乗せてワールドトレードセンターのノースタワーに突入した。事件後の公演でダニエルに黙とうを捧げたメンバーは、この公演の売上げの一部を支援団体に寄付することを発表した。
■初の来日公演がソールドアウト
初のベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ-チャプター・ワン』が、日本で150万枚を超える空前の大ヒットに。初の来日公演では、東京ドームを含む3大ドーム5公演が即日完売した。
2002
■メンバーが1対4で対立
ソロデビューを支援してもらうために事務所に残りたいニックと、事務所をやめたいその他4名の間で不和が。ニックはアルバム『ナウ・オア・エヴァー』でソロデビューし、ほかのメンバー4人はニック抜きでアルバム制作を開始。その後4人がニックのソロキャリアを優先したとしてレーベルを契約違反で訴え、グループは活動休止状態に…。
2003
■オプラの橋渡しでバックスが再開
A.J.がトーク番組『ザ・オプラ・ウィンフリー・ショー』で依存症の克服を報告した時、ほかのメンバー4人がサプライズで登場。約2年ぶりに全員が公共の場で集まり、ここから、関係修復がはじまる。
2004
■ニック&パリス・カップルが誕生
ニックが令嬢のパリス・ヒルトンと交際をはじめ、セレブ界一ホットなブロンドカップルとして注目の存在に。ニックは2013年の自伝で、ヤキモチとトラブルに溢れた1年弱の激情的な交際を振り返り、「あの当時付き合う相手としてパリスは最悪だった。パーティー面での僕の衝動を煽る存在だったから」と語っている。
■来日公演が即日完売
2005
■キャリア初の豪1位
再結成後初のシングル「インコンプリート」が大ヒットし、キャリア史上初の豪シングルチャート1位を獲得。同曲を収録した約5年ぶりのアルバム『ネヴァー・ゴーン』はアメリカだけでミリオンを達成した。
2006
■3度目の来日公演も完売
■ケヴィンが脱退を発表
ケヴィンが俳優業といったほかの活動にも挑戦するために、脱退を発表。公式サイトに連盟で発表した声明で「ケヴィンの代理を立てるつもりはありません。彼がバックストリート・ボーイズに帰ってくるための扉はつねに開いたままです」と語ったグループは、新しいメンバーを探すリアリティー番組などのオファーをすべて蹴って4人で活動を続けた。
2007
■日本でケヴィンとブライアンが共演
ソロ活動で来日したブライアンが、ミュージカル『シカゴ』出演のために来日していたケヴィンとステージで共演。当時、大きな話題となった。
■初のオリコン初登場1位
4人で初の7thアルバム『アンブレイカブル』を発売すると、オリジナル作品として初めて日本のオリコン週間ランキングにて初登場1位を獲得した。
2008
■アンブレイカブル・ツアーのLA公演にケヴィンが飛び入り参加
2009
■日本で史上最多記録を更新
8thアルバム『ディス・イズ・アス』を引っさげ来日したバックスのラゾーナ川崎でのイベントに、当時の史上最多となる14,000人が殺到。この年のオリコン・リサーチによる「20代~40代女性が選んだ“今最も会いたい洋楽男性アーティスト”」1位に輝き、アルバムの2ndシングル「ビガー」のMVを東京で撮影した。
2010
■NKOTBSBが誕生
1990年代に人気を博した5人組グループのニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック(略称NKOTB)と共に、スーパーグループNKOTBSBを期間限定で結成。大型授賞式のアメリカン・ミュージック・アワードでフィナーレを任され、両グループのファンを歓喜させた。
2011
■NKOTBSBのツアーが全米で年間興収トップ20にランクイン
2012
■ケヴィンが再加入
以前からウワサされていたケヴィンのグループ再加入を正式発表。当初はNKOTBSBのツアーからの復帰話があがっていたが、ツアーを終えるまで待つことを5人で決めたという。
2013
■ハリウッド名声の歩道にグループの名前が刻まれる
■アヴリル・ラヴィーンと共演
約8年ぶりのオリジナルメンバーでの新作『イン・ア・ワールド・ライク・ディス』をリリースし、7都市計11公演という大規模アリーナ・ツアーを決行し、翌年の公演であのアヴリル・ラヴィーンをオープニングアクトに抜擢。
2014
■元プロデューサーのせいで多額の損失
約300億円の出資金詐欺を働いて懲役25年の判決を受けた元プロデューサーのルー・パールマンの会社が所有していたグループの資産を巡って、長年裁判をしていたグループ。この年ようやく協議が終わり、現金約1,000万円のほか、昔のデモ曲やポスターなどを受け取った。
「あまりに長く争いが続いたせいで、実際には損失をこうむりました。判事が語ったように、バックストリート・ボーイズはこの悲劇のせいで数億円を失いました。彼らが今でも音楽を作り続けていて、たくさんのファンに支えられていることが不幸中の幸いです」
—グループの弁護士クレイ・タウンゼン
2015
■ドキュメンタリー映画が公開
過去20年の道のりを追ったドキュメンタリー映画『BACKSTREET BOYS:SHOW ‘EMWHAT YOU’RE MADE OF』が完成。日本でも劇場公開された。
2016
■ブリトニー・スピアーズに続いてベガス計画
A.J.とケヴィンがラスベガスでブリトニー・スピアーズの常設公演を見に行き、その後、ラスベガスでのレジデンシー公演の可能性を本格的に模索することに。
2017
■常設公演のチケットが即完
ラスベガスでのレジデンシー公演『BackstreetBoys: Larger Than Life』が発表されると、「過去最速でチケットが売れたレジデンシー公演」という記録を樹立。当初18のみだった公演数は次々と追加され、現時点で2019年までの実施が決まっている。
2018
■5年ぶりの新曲が1位
約5年ぶりの新曲「ドント・ゴー・ブレイキング・マイ・ハート」が、米iTunes総合1位を獲得して大ヒット。日本でも同ポップ・チャート1位を記録し、再ブレイク中。
■シングル「チャンシズ」発売
新曲「チャンシズ(Chances)」を11月9日にリリース。赤い糸で結ばれた運命的な恋を歌うラブソングは、過去最高にメンバー個々のボーカルが際立つ楽曲。「真実の愛はもしかしたら列車の駅で見つかるかも」という思いと共にLAの有名なユニオン駅で撮影されたMVについて、 AJは、「映画「セレンディピティ」と「ラ・ラ・ランド」がマッシュアップしたようなシーンがある」「メンバー全員がこんなに本格的な正装をしているのも初めて」と語っている。
■アルバム『DNA』発売
約5年ぶりのアルバム『DNA』の国内盤CDは、2019年1月23日(水)にリリース。メンバーは、「25年にもわたる愛とサポートに心から感謝しています。僕たちの新しい曲と来るニューアルバムを楽しんで、そして気に入ってもらえると嬉しいです。来年会いましょう。愛してます」と語っており、バックストリート・ボーイズの新たなるチャプターがいよいよ幕明ける。
<リリース情報>
5年ぶり通算9作目のオリジナル・アルバム
『DNA』 (読み: ディー・エヌ・エー)
先行シングル「チャンシズ」「ドント・ゴー・ブレイキング・マイ・ハート」他収録
■国内盤CD
2019年1月23日(水)日本先行発売
ボーナス・トラック収録
初回生産分のみ特典封入予定
SICX-113 / 2,400円+税
■デジタル
2019年1月25日(金)配信開始
<先行配信曲試聴/アルバム『DNA』予約リンク>
https://SonyMusicJapan.lnk.to/DNA
<新曲+ヒット曲をプレイリストでまとめ聴き>
https://sonymusicjapan.lnk.to/BSB25Playlist
(フロントロウ編集部)