監督はトランスジェンダーである『マトリックス』
20世紀がもうすぐ終わる1999年に公開された映画『マトリックス』は、今ほど発達していなかったVFXを存分に使用し、数々の名シーンを作り出したSF映画の名作。
本作を手掛けたのは、姉ラナ・ウォシャウスキーと妹リリー・ウォシャウスキーの姉妹。2人はトランスジェンダーだけれど、『マトリックス』当時はトランスジェンダーであることを公表していなかったので、ラリーとアンディという名前で活動していた。
『マトリックス』で描かれたのは“変身への欲望”
とはいえ、最初は『マトリックス』3部作の中ではトランスジェンダーのキャラクターを登場させようと考えていたという。その候補は、ベリンダ・マクローリーが演じたスウィッチ! 当初スウィッチは、現実の世界では男性、マトリックスの世界では女性という設定でいこうとしていたという。
Netflixドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』のインタビューに応じたリリーは、「映画は全編、変身することへの欲望についてですから。でもそれはすべて、(自身の性自認を)隠している当事者の視点から生み出されたものだったので」と話す。最終的にスウィッチはクールな女性として描かれたけれど、その選択にもまたリリーは満足している様子。
「それを採用しなくて良かったです。それは元々の意図でしたけどね。でも世界はまだ準備が出来ていなかった。企業レベルではね…、企業はそれに準備が出来ていなかった。映画は一般向けのアートです。世の中に公開するアートならどんなものでも、どこかで手放さなければいけない時があります。なぜならそれは、社会の対話の中に入るということですから」
スウィッチは、主人公ネオやトリニティー、モーフィアスなどのキャラクターよりは、脇役。しかしそれでも、アートを社会における対話の中の物として考えるリリーは、トランスジェンダーのキャラクターを描くのは時期尚早だと判断した。
『マトリックス』の世界観に現実は追いついた?
とはいえウォシャウスキー姉妹は、この映画に助けられたというトランスジェンダーのファンからのメッセージを受け取ることも多いそう。トランスジェンダーであることを公表した際には、自分の存在はトランスジェンダーとして年を重ねられると証明する事例だと話していたリリーは、『マトリックス』公開から21年が経った今、こう話す。
「不可能に見えていたものが可能になってきている。だからこそ、『マトリックス』はトランスジェンダーのファンの心を打つのだと思います。彼らを助けるためのロープを投げることができて嬉しく思います」
アート作品の制作に関して、「人々が進化しながら、直線的ではない方法でアートと関わっていくのが好きです。私たちはつねに、物事について新しい方法で、新しい観点で語ることができるのです」と語るリリーは、数十年ぶりに復活する『マトリックス4』の制作には残念ながら復帰しないけれど、姉のラナが監督兼脚本を務める。
時代はこの20年で、姉妹のしたかったことの価値が分かるくらいには追いついたと思われるけれど、果たして最新作では、どのような展開が待っているのだろうか。『マトリックス』シリーズ主演のキアヌ・リーブスは、「ラナ・ウォシャウスキーは美しい脚本と素晴らしい物語を書き上げた。それは僕の心に響いたよ。出演を決めた唯一の理由はそれだ」と、シリーズ復帰を決めた理由について話している。(フロントロウ編集部)