「女性はうそをつける」ではなく「女性を信じる」
欧米では近年、女性に対する性的犯罪について語る時、「信じる(ビリーヴ)」という言葉がスローガンのように使われるようになった。
レイプ被害者であることを公表しているシンガーのレディー・ガガは、2019年に複数の女性がR&BシンガーのR.ケリーによる性的虐待を告発した時、「私はこの女性たちを1000%支持する。彼女たちを信じる」とツイート。
映画『ハリー・ポッター』で知られる俳優のエマ・ワトソンは、大学キャンパスで起きている性的暴力について2016年の国際連合総会で触れた際、社会が被害者を「信じて支援する」ことの重要性を口にした。
マーベル映画『キャプテン・マーベル』の主演俳優ブリー・ラーソンは、2017年にハーヴェイ・ワインスタインにセクハラ疑惑がでた際に、告発者たちに向けて「私はあなたを信じます」とツイート。俳優のジョージ・クルーニーは、「この件が、ついに女性を信じるという大きな分岐点になるかもしれない」と、主演映画『サバービコン仮面を被った街』のプレミアで語った。
ドラマ『ゴシップガール』で知られるペン・バッジリーは、2020年に主演ドラマ『YOU ー君がすべてー』の共演者クリス・デリアに不適切な性的行為の疑惑が出た際、「この時代において私たちがすべきことがあれば、それは、ビリーヴ・ウィメン(女性を信じること)だと私はわかっています」と米Los Angeles Timesにコメントした。
近年よく口にされるようになった「ビリーヴ(信じる)」というフレーズは、2017年にMeTooムーブメントが起きてからは「ビリーヴ・ウィメン(女性を信じる)※」というスローガンとして使われるようになった。では一体、「ビリーヴ(信じる)」という言葉はなぜここまで強調して使われるようになったのか?
※「ビリーヴ・ウィメン」は「ビリーヴ・オール・ウィメン」とは異なる。違いは記事の最後で記述。
アメリカでは4件に3件の性暴力事件が通報されていない
ビリーヴ・ウィメンが強調して使われるようになった背景には、アメリカにおいて性犯罪の通報のうち90〜98%が真実というデータがあるにもかかわらず、“真実を言っている可能性が高い”という姿勢ではなく、“ウソをついているかもしれない”という姿勢で性被害の告発が扱われてきたことがある。
アメリカでは、性暴力事件はおよそ4件に3件が通報されないままとなる、最も通報されない犯罪のひとつ。通報を阻む理由は、加害者からの報復への恐怖や、捜査でトラウマとなった経験を何度も何度も反復しなくてはいけないことへの恐怖、通報しても加害者が適切に処罰されない(1000件中995人の容疑者が実刑判決を受けない)ことなど多くあるけれど、“信じてもらえないこと”も大きな理由として挙げられている。
2018年に、「WhyIDidntReport(私がなぜ通報しなかったか)」というハッシュタグで性的被害を通報しなかった理由をツイートするムーブメントがおきた時には、多くの人が、信じてもらえないと思ったから、重大な犯罪行為として扱ってもらえなかったから、という理由を挙げた。
著名人も参加したこのWhyIDidntReportムーブメントでは、俳優のアシュレイ・ジャッドが、「私がなぜ通報しなかったか。1回目は7歳の時だった。最初に会った大人に言ったら、『彼は良い人、そんなつもりなかったんだよ』と言われた。だから15歳でレイプされた時は、日記にだけ書いた。それを読んだ大人が、大人とセックスしてるのかって私を責めた」とツイートした。
オスカー俳優のミラ・ソルヴィノは、「10代の時に深刻な性的暴力を経験した時に結果として何も起こらなかったから」と、同じくオスカー俳優のパトリシア・アークエットは、「(被害を訴えたあとに)警察が聴取にも来なくて一切連絡してこなかったから」と、被害の訴えをまともに扱ってもらえなかったことを理由にあげた。
被害者である女性が信じてもらえない、真面目に扱ってもらえないという問題はアメリカだけの話ではなく、UN Women(国連女性機関)のプムズィレ・ムランボ=ヌクカ事務局長は2019年に、「多くの国の女性が、信じてもらえるよりも自分が責められることの方が圧倒的に多いとわかっています」と語った。
だからこそ「ビリーヴ」という言葉は、90%以上の真実の訴えに「嘘かもしれない」という姿勢で挑んできてしまった社会を変えるために、“女性が性的被害を告発した場合は高い確率で真実を言っているという姿勢で扱おう”という思いで使われている。
「ビリーヴ・ウィメン」と「ビリーヴ・オール・ウィメン」は違う
「Believe Women(女性を信じる)」と「Believe All Women(全女性を信じる)」というスローガンは同列に表記されがちだけれど、この2つは大きく違う。ビリーヴ・ウィメンは、被害者が告発しやすい環境を作るために“女性が性的被害を告発した場合は高い確率で真実を言っているという姿勢で扱おう”という思いから誕生したもの。もちろんその上で、適切な調査や捜査が行なわれ、適切に処罰されるべきだと言われている。
一方でビリーヴ・オール・ウィメンは、“ビリーヴ・ウィメンは捜査もしないで告発者が100%正しいと決めつける”という誤解を含んだ批判を込めて使われているスローガン。ハーバード大学のデジタルアーキビストの協力を得てビリーヴ・オール・ウィメンのハッシュタグをツイッターで精査した米New York Timesのスーザン・ファルーディ記者は、「かなりの差で、ハッシュタグは(ビリーヴ・ウィメンを)批判する人たちによって使われていた」と明かした。
ちなみに、性的犯罪の被害者は圧倒的に女性の方が多いため「ビリーヴ・ウィメン」というスローガンが使われるようになったものの、アメリカだけで71人に1人の男性がレイプ被害にあっていることがわかっている(女性は5人に1人)。そのため被害者が男性の場合は、同じ“ビリーヴ”という信念とともに、「Believe The Victim(被害者を信じる)」というハッシュタグが使われている。
(フロントロウ編集部)