ヤングブラッドがオンラインツアーを開催
現地時間12月7日にオンラインで行なわれた、ヤングブラッドによる「ザ・ウィアード・タイム・オブ・ライフ(The Weird Time of Life)」ヴァーチャル・ツアーのシドニー公演。
この「ウィアード・タイム・オブ」というフレーズは、ヤングブラッドが12月4日にリリースしたセカンドアルバム『ウィアード!(weird!)』に収録されているタイトルトラック「weird!」で歌われる、「We're in a weird time of life(俺たちは人生における奇妙な時期にいる)」という歌詞から取られたもの。ヤングブラッドはアルバム『ウィアード!』そのものについても、「人生における最も奇妙(ウィアード)な時期についてのアルバム」だと同作のリリースに先駆けて行なわれたフロントロウ編集部とのインタビューで明かしている。
奇しくも、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックによって、世界中の人々が「人生における奇妙な時期」を経験することとなったわけだけれど、そんな予測不能の事態によって最もダメージを受けることとなった産業の1つがライブ産業だった。これ以上新型コロナウイルスの感染を広げてしまわないよう、ライブのような“蜜”な環境になってしまうイベントの開催が制限。さらに、外国間の移動も制限されることとなり、事実、ヤングブラッドも2020年3月に初となる来日公演を予定していたものの、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止を余儀なくされている。
そんななかでも、ビリー・アイリッシュが最先端の技術を駆使して大規模なオンラインライブを行なったり、豪華ゲストを招いてデュア・リパが「Studio 2054」と銘打ったオンラインライブを開催したりと、多くのアーティストが様々な形でオンラインライブを行なってきた。
しかしながら、ヤングブラッドによる今回のオンラインライブは、他のアーティストたちのそれとは一線を画している。なぜなら、イギリスはドンカスター出身のヤングブラッドはあくまで、「ツアー」を開催することにこだわったから。アーティストたちはこのコロナ禍で、世界各地のオーディエンスがオンラインライブをそれぞれの都合の良い時間に観ることができるよう、サイトにしばらくの間アーカイヴとして映像を残したり、開演する時刻をそれぞれの国に合わせて変更したりと、様々な工夫を行なってきたけれど、ヤングブラッドのように、ツアーという形で様々な都市をオンラインで回っていくという試みは珍しい。
今回、フロントロウ編集部では「ザ・ウィアード・タイム・オブ・ライフ」の最終日となったシドニー公演を鑑賞した。現地時間11月16日に行なわれたロンドン公演を皮切りにスタートしたこのツアーでは、パリやベルリン、ミュンヘンなどヨーロッパ各地を回った後で、ニューヨークやボストン、トロントなど北米を回り、最後にシドニーに辿り着いた。オンラインでツアーを行なうことの利点として、実際に移動する必要がないので短期間で世界を回れてしまうという点と、ここ日本からでも、“シドニー公演”をリアルタイムで鑑賞できるという点などがあると言える。
ヤングブラッド、シドニー公演レポート
「ザ・ウィアード・タイム・オブ・ライフ」のシドニー公演は、現地時間の20時、日本時間の18時が開演予定時刻だった。開演15分前にはサイトにアクセスしたのだけれど、その時点で、サイト上にもうけられていた「Conversation(会話)」セクションには多くのファンが集まっており、コメントをし合いながら交流を楽しんでいた。コメント欄には、ヤングブラッドがたびたび自身のSNSで使用している黒いハートの絵文字が多く投稿されていたほか、「全性愛者」を意味するパンセクシャルであることを公表しているヤングブラッドらしく、レインボーフラッグの絵文字も多く投稿されていたことが印象的だった。ちなみに彼は、同時進行で複数の愛を育むことを認めるポリアモリーであることも公表している。
さらに、サイトにはツアーさながらに“グッズコーナー”がもうけられており、こちらはライブの終演まで、いつでも購入することができるようになっていた。
カウントダウンを終えて、現地時間20時の定刻にライブが開演。この日、ライブのオープニングパフォーマンスを披露したのはヤングブラッドその人ではなく、現在26歳のイギリス出身の女性シンガーであるカシエット(Cassyette)だった。そう、ヤングブラッドは今回のオンラインツアーを、リアルなツアーさながらにサポートアクトを引き連れて行なっており、シドニー公演には、カシエット、男性と女性によるニューメタルのユニットであるウォーガズム(Wargasm)、同じく男性と女性によるユニットであるロイヤル・アンド・ザ・サーペント(Royal & the Serpent)がサポートアクトとして“帯同”した。
音楽を聴く手段としてストリーミングが主流になり、音源がアーティストの主要な収入源ではなくなってしまったが、代わって大きな収入源となっていたライブをリアルな形でできなくなってしまった今、ヤングブラッドのような世界的な注目を集めているアーティストが、他のアーティストをサポートアクトに起用してフックアップすることは大きな意味を持っていると言える。
3組はこの日、それぞれおよそ15分の持ち時間が用意されていたのだけれど、オンラインで事前収録されたと見られる映像を放送するということもあり、それぞれのアクトの間にあったインターバルは、わずか2分。通常のライブ会場では、アクト間のステージ転換に15分〜30分程度かかるということが一般的なので、これだけ短時間でステージ転換が実現できることも、オンラインツアーならではと言えるだろう。サポートアクトの3組はそれぞれ、シドニーへのメッセージをパフォーマンスに入れ込んでおり、一度収録したライブ映像をすべての公演で放送するのではなく、それぞれの公演に合わせて1本1本ステージをレコーディングしているということが伝わってきた。
この日、帯同していたサポートアクトはすべて、女性がボーカリストを務めるアーティストとなっていて、ヤングブラッドのこだわりが見えるラインナップとなっていた。
ヤングブラッドのステージが開演
そして、3組のパフォーマンスが終わり、現地時間で20時53分を回った頃にヘッドライナーであるヤングブラッドのステージが開演した。「シドニー! オーストラリア!」と叫びながら、自身の髪色と似た赤色のライトに照らされたステージに、バンドを引き連れたヤングブラッドが登場。パフォーマンスの冒頭を飾ったのは、『ウィアード!』に収録されている「ice cream man」だった。
スクリーン越しに観ているファンを煽るように、「ジャンプ! ジャンプ!」と呼びかけながら、ステージを自由に動き回るヤングブラッド。途中、自身が影響を受けたことを公言しているイギリスの伝説的ロックバンド、オアシスのフロントマンであるリアム・ギャラガーにオマージュを捧げるように、リアムさながらに両手を後ろで組んで歌うという場面も見られた。
「レッツ・ゴー!」という掛け声に続けて2曲目に披露されたのは、最新作のタイトルトラックである「weird!」。ここでステージの照明は切り替わり、アルバムのアートワークと呼応するような、ブルーとグリーンのライティングがステージを照らした。ここでは、「And wake up next to you in Glasgow(グラスゴーで君の隣で目を覚ましたい)」という歌詞を、「And wake up next to you in Sydney(シドニーで君の隣で目を覚ましたい)」に変えて歌うという、シドニー公演ならではのサービスも見られた。
「weird!」のパフォーマンスを終えたヤングブラッドは続けて、「これは大好きな人について歌った曲さ!」と紹介して、「strawberry lipstick」を披露。ヤングブラッドは何度もカメラに顔を近づけながらパフォーマンスするのだけれど、こうした演出によって、ただでさえスクリーン1枚で隔てられた彼との近い距離感を、より親密に感じることができた。
ヤングブラッドがギターを手に取り、4曲目に披露したのは、彼が実際にアメリカのメリーランド州で出会ったトランスジェンダーの女性について歌った「mars」だった。「俺は家族が欲しいんだ」というメッセージに続けて、“誰かに認めてもらいたい”という想いを歌った同曲をパフォーマンスした後で、ヤングブラッドは「このストーリーは忘れない」「みんな大好きだよ」とオーディエンスに語りかけた。
「次の曲はセックスについてだよ」という曲紹介に続けて披露されたのは、自由な愛について歌う「cotton candy」。ヤングブラッドはこの曲でスクリーン越しに手拍子を煽りながら、「両手をあげてくれ!」と、まるで観客とリアルでステージ空間を共有しているかのように呼びかける。「この曲をプレイすると、ムラムラしてくるんだ。ジョークだけどね。ハハ!」と楽しそうにジョークを飛ばすなど、たとえ無観客だとはいえ、1曲目から早くも最高潮に達していたヤングブラッドのテンションは、ここにきても決して下がることがない。
ヤングブラッドは続けて「it's quiet in beverly hills」を披露するにあたり、同曲について、ファンのみんなに「愛してる」ことを伝えるための楽曲だと説明。この曲でもう一度ギターを手に取り、「この曲は君たちのことだよ!」とオーディエンスに呼びかけながら、弾き語りの形でパフォーマンスを披露した。
7曲目に披露され、この日のラストを飾ったのは、アルバム『ウィアード!』の幕開けを告げるオープニングトラック「teresa」。ヤングブラッドは紫のライトに照らされながら、ピアノに移動して同曲をパフォーマンス。「We don't need to say we're dead(俺たちは死んだなんて言う必要はない)」と何度も力強く歌いあげた後で、ヤングブラッドはオーディエンスを鼓舞するように拳を高々と突き上げ、「シドニー! 愛してる! おやすみ!」と別れを告げて、ステージを後にした。
本名をドミニク・ハリソンというヤングブラッドは先日、フロントロウ編集部とのインタビューで、ヤングブラッドというアーティスト名に込めた思いについて、「ヤングブラッドというのは、俺たち全員であり、コミュニティなんだ」と語っていた。
彼は自分自身のその言葉を証明するように、直接は会いに行けないまでも、オンラインツアーという形で世界各地のオーディエンスに自分の音楽を運び、スクリーン越しにコミュニティの1つ1つを訪れた。サポートアクトを帯同させていたことからも、コミュニティを大切にするヤングブラッドのあたたかさが伝わってきたけれど、パフォーマンス中に何度も「シドニー!」「オーストラリア!」と現地のオーディエンスに呼びかけていたこともそうだし、事あるごとにカメラにじっと焦点を合わせて語りかけるように歌っていたことなどが象徴していたように、今回のシドニー公演は、新型コロナウイルス禍で直接の交流が制限されている中でも、遠く離れたアーティストと親密になれる手段があることを証明してくれたようだった。
アルバム情報
ヤングブラッド
最新アルバム『ウィアード!』発売中
(フロントロウ編集部)