ノンバイナリーを公表しているサム・スミス
2020年に通算3作目となる最新アルバム『ラヴ・ゴーズ』をリリースした、イギリス出身のアーティストであるサム・スミスは2019年3月に、ノンバリーであることをカミングアウトしている。
「ノンバイナリー」とは、男性や女性どちらにも分類・限定されないジェンダーのこと。ジェンダーとは、生物学的な性別(セックス)とは違い、社会的・文化的に存在する男性・女性という性別のことであり、男性と女性の両方を感じる/そのどちらでもない/トランスジェンダーの中間など、ノンバイナリーの表現は様々で、第3のジェンダーと呼ばれることもある。
サム・スミスがブリット・アワードに提言
昨年10月には、近年、ノンバイナリーであるなど人に対しても使われるようになった三人称「They」の重要性についても語っていたサムが今回、イギリスの音楽業界で最も権威のある音楽賞として知られるブリット・アワードに提言。「ブリティッシュ男性ソロ・アーティスト賞」「ブリティッシュ女性ソロ・アーティスト賞」など、アーティストの性別に基づいてカテゴリー分けされている部門が同賞にあることについて触れて、インスタグラムで次のように呼びかけた。
「ブリット・アワードは私のキャリアにおいて重要な部分を占めてきました。音楽とは私にとって、結びつけるものであり、分断させるものではありません。授賞式が、私たちの生きる社会を反映したものになる時を心待ちにしています。ジェンダーや人種、年齢、能力、セクシャリティ、そして階級に関係なく、全員を祝福しましょう」
2015年に開催された第57回グラミー賞で新人賞を受賞するなど、デビューから間もなくしてイギリスを代表するアーティストの仲間入りを果たしたサムは、ブリット・アワードにおいてもこれまで12度ノミネートされている。2014年には当時クリティクス・チョイス賞という名称だった、期待の新人に贈られる賞を受賞したほか、2015年にはブリティッシュ・ブレイクスルー・アクト賞とグローバル・サクセス賞を受賞。ノンバイナリーであることをカミングアウトする以前には、2015年と2019年の2度、ブリティッシュ男性ソロ・アーティスト賞にノミネートされたことがある。
アワードにおける、性差に基づいたカテゴリー分けは近年議論されているトピックの1つとなっていて、映画界ではベルリン国際映画祭が昨年、男優賞と女優賞の区別を撤廃し、性別に関係のない「演技賞」に統一することを発表した。
ブリット・アワードから返答
ブリット・アワードはサムからの提言を受けて、「サムは類稀なるイギリスのアーティストであり、サムが今日述べたことに私たちは同意します。ブリット・アワードは授賞式を進化させられるよう取り組んでおり、ジェンダーによるカテゴリー分けについて精査しています」との声明を発表。
「しかしながら、より包括的なものにするための変更は、そうした目的のためでなければなりません。変更によって、意図せずに包括性を損なわせてしまった場合には、多様性や平等とは逆効果になってしまうリスクがあります。正しいものにするためには、変更を加えるよりも前に、広く話し合う必要があるのです」と続けて述べ、アワードをより包括的なものにするために、慎重に話し合いを重ねながら変更を検討していく姿勢を示した。
ブリット・アワードが指摘するように、ジェンダーの括りを外した際には、別の課題も生じることにある。例えばジェンダーの括りをなくしても、投票している側がシスジェンダーの白人男性を中心に構成されていれば、受賞結果がシスジェンダーの白人男性に寄ってしまい、結果的にさらなる不平等を生み出してしまう可能性がある。
米The Wrapが2017年に示したデータによれば、アメリカテレビ批評家(TCA)賞はドラマ部門とコメディ部門にジェンダーの括りを設けてないものの、過去20年で67%のノミネートが男性だったほか、受賞者の69%が男性だったという。また、ジェンダーの括りを設けていない英国アカデミー賞ライジング・スターでは、過去15人の受賞者のうちで11人が男性で、女性が4人しかいないというデータもある。
改善のためのアクションがさらなる問題を生み出してしまっては本末転倒。だからこそブリット・アワードは慎重に検討を進めていくつもりのようだけれど、一方で、アーティストがこのような議論を始められるのは素晴らしいことと言える。
ルールが変更された例も→リナ・サワヤマが期待の新人賞の候補に
今年のブリット・アワードの全体的なノミネーションはまだ発表されていないものの、先日、期待の新人に授与されるライジング・スター賞の候補となる3人のアーティストが発表に。英ハートフォードシャー出身の20歳のシンガーであるグリフ、英スラウ出身のラッパーであるパ・サリュ、そして、日本生まれのリナ・サワヤマの3人が選出された。
ブリット・アワードを主催する英国レコード産業協会はこれまで、ブリット・アワードの主要部門や、同じく主催を務めるイギリスの音楽賞であるマーキュリー・プライズにおける受賞資格を、「英国生まれのアーティスト」もしくは「イギリスのパスポートの持ち主」と定めており、英国の永住権を持つリナ・サワヤマはおよそ26年にわたって英国に居住しているものの、国籍は日本なので、受賞資格がなかった。
リナ・サワヤマが昨年、英Viceとのインタビューで自身がそうしたアワードへの受賞資格がないことについて打ち明けると、SNS上でファンを中心に「サワヤマはイギリス人」を意味する「#SawayamaIsBritish」のハッシュタグが拡散することに。その後、英国レコード産業協会が正式に受賞資格の変更を検討して、資格に「5年以上、UKに永住していること」という新たな条件を加えることを発表。リナ・サワヤマはこの条件を満たしており、今回、晴れてブリット・アワードのライジング・スター賞の候補となったことが明らかになった。
このように、アーティストが声をあげたことによってアワードのあり方が見直され、変更された例があるブリット・アワード。今回のサムの提言がカテゴリーの変更につながるかは、各部門のノミネーションが発表される時に明らかになる。各部門のノミネーションがいつ発表されるかについては明らかになっていないものの、リナ・サワヤマがノミネートされている今年のライジング・スター賞は、英現地時間3月19日に発表される。(フロントロウ編集部)