食べ物がなく、ネズミと暮らした幼少期
第93回アカデミー賞にて、“ブルースの母”マ・レイニーを主人公にした映画『マ・レイニーのブラックボトム』で、黒人女優の最多ノミネート記録(4回)を更新したヴィオラ・デイヴィス。2016年には約6億円の豪邸を購入し、2017年にはハリウッド名声の歩道に名前が刻まれと、煌びやかなハリウッドの頂点に立つヴィオラだけれど、その生い立ちは今とは遠くかけ離れていた。
6人きょうだいの下から2番目として生まれ、アフリカ系アメリカ人公民権運動に関わっていた母にデモに連れられて行かれて、わずか2歳にして母と一緒に留置所に入るなど、多くのびっくりエピソードを持つヴィオラ。
そんな彼女は自身の生い立ちを「poor/ポア(貧困)」よりも低い「ポォッ(※貧困を意味するpoorをアクセントをつけて言った造語)」だと米情報番組『Today』で笑いながら明かしており、「みんなの幼少期と同じく、姉と遊んだり、自転車に乗ったり、幸せな思い出でいっぱいでした。ただ同時に、(貧困からくる)暗さもありました」と幼少期を振り返る。
「condemned building」という、公共の安全や公衆衛生などの様々な理由によって当局が閉鎖、差し押さえ、または制限を加えた建物に住んでいたヴィオラにとって、家をネズミが駆け巡るのは日常で、「ある時住んでいた建物はとにかくネズミだらけだった。棚の中から壁、ベッドの下までそこら中にいた。それと(最悪だったのは)いつも食べ物がなかったこと」と、当時の困難な環境を米情報番組『60ミニッツ』で明かした。
演技することがツラい現実からのエスケープだった
そんなヴィオラにとって、映画や演技は、極貧というツラい現実からエスケープさせてくれる存在だった。
“ビバリーヒルズに暮らす裕福な白人女性”という設定のジャジャ(jaja)とジジ(jiji)というキャラクターを生み出して、食べ物がたらふく食べられるティーパーティーに出席するというおままごとで想像力と演技のスキルを身につけていったヴィオラ。幼い彼女にとっては、今の自分では手に入らないものを、フリでもいいから経験するエスケープだったものの、それがヴィオラの演技への情熱に火をつけて、高校に入る頃には役者になることが目標に。
ヴィオラは米Oprah Dailyとのインタビューで当時を振り返り、「その状況でできるのは、希望を持つか、持たないか。そして私にとって希望や夢を持つことこそが、毎朝起きて、情熱を持って日々を生きる糧だったのです」と語った。
大学で演技を学んだあとジュリアード音楽院を卒業したヴィオラは、ブロードウェイやテレビ・映画などで活動した末、36歳になった2001年に演劇界の最高峰トニー賞を初受賞し、43歳になった2008年にメリル・ストリープと共演した映画『ダウト〜あるカトリック学校で〜』の演技が絶賛されてアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞に初ノミネート。50歳になった2015年にドラマ『殺人で無罪になる方法』で黒人女性として初めてプライムタイム・エミー賞主演女優賞ドラマ部門を受賞し、51歳になった2016年に映画『フェンス』で初のアカデミー賞を受賞。そして56歳になる今年、映画『マ・レイニーのブラックボトム』で主演女優賞にノミネートされて、黒人女性の最多累計ノミネート数を更新した。
ヴィオラ・デイヴィスが「極貧の過去」について語る理由
ヴィオラはインタビューの他にも、SNSに幼少期を過ごしたボロボロの家の写真をアップするなど、自身の貧しかった過去をよく話題にあげる。しかしこれはサクセスストーリーを強調したいからではなく、厳しい現実を経験した彼女だからこその意図があった。
ヴィオラ・デイヴィスの生家。
『60ミニッツ』のインタビューで、「貧しい生い立ちをオープンに話していますが、なぜですか?」と聞かれた際には、こう語った。
「私が(極貧生活の話を)する理由は、貧困には恥というイメージがついてしまっているからです。例えば、正しい行ないをしていたらきっと貧しくならなかったはず、といったね。貧しいと、その貧しさは頭の中にも侵食してきます。それは経済的な状態だけではないのです。自分は見えない存在である、価値のない存在であるという(精神)状態でもあるのです」
食べ物がない、居住環境が劣悪といった現実的な問題のほか、貧しさが抱えるスティグマ(不名誉なイメージ)に苛まれたというヴィオラは、社会の中でそのスティグマを軽減するためにはオープンに語ることが重要だと思い、つねに会話を続けているのだ。
「(幼少期は)貧しさにつきまとうスティグマを経験しました。自分は(社会の)はみ出しものだ、(社会において)見えない存在だという思い、機会の少なさ…。だからこそ私はこの話題についていつも話しているのです。そして正直、私自身にとってもこの話をするのは気分が良いことではありません」
『Today』でそう話したヴィオラは、経済的に安定した今でも当時の“恥”を感じていた自分を感じるそうで、「(幼い頃の自分を)毎日目にします。(高級ブランド)Sub-Zeroの冷蔵庫を開けたり、家のジャグジーに座ったりしているとき、その少女はそこに立ってキャッキャと声をあげています。そして私はいつも、貧しいなかで育ち『醜い』といった悪口を言われていた少女を癒さなくてはと思うのです」と語った。
次の世代のためにより良い社会を作ることに貢献できるようにと、自身の過去や苦しみをオープンに話し続けるヴィオラ。そんな彼女の社会貢献への思いはスクリーンの中にも溢れていて、『マ・レイニーのブラックボトム』のように、黒人のストーリーを伝えて黒人のレプリゼンテーションを上げることを情熱の一つとしている。
映画『マ・レイニーのブラックボトム』はNetflixで配信中。そして第93回アカデミー賞授賞式は日本時間4月26日(月)午前に開催される。