フランシス・マクドーマンドのスピーチに注目
俳優のフランシス・マクドーマンドは、日本時間の4月26日に開催された第93回アカデミー賞で、監督を務めたクロエ・ジャオが有色人種の女性として史上初めて監督賞を受賞し、さらに作品賞も受賞した映画『ノマドランド』で主演女優賞を獲得した。
普段はメディアなどのインタビューに答える機会がほとんど無いフランシス。その理由について「役者としてミステリアスさを維持したい」からだと、2月に応じた米New York Timesの取材で話していたが、彼女が口を開くたびに飛び出すのは、簡潔ながらパワフルなメッセージ。
映画『ファーゴ』(1996年)、映画『スリー・ビルボード』(2017年)に続く3度目の受賞となった今回のアカデミー賞主演女優賞の受賞スピーチでも、その内容に世界中の注目が集まった。
前年に『ジュディ 虹の彼方に』で同賞を受賞したプレゼンターのレネー・ゼルヴィガーの口から自身の受賞が発表されると、隣に座っていた37年来の夫で映画監督のジョエル・コーエンと軽くキスを交わしたフランシスは、神妙な面持ちでステージへ。
『あの夜、マイアミで』で美声を披露したレスリー・オドム・Jrや、『プロミシング・ヤング・ウーマン』でフランシスと同じ主演女優賞にノミネートされたキャリー・マリガンの夫で、同伴者として授賞式に参加していたフォークバンド、マムフォード・アンド・サンズのフロントマンのマーカス・マムフォードといった素晴らしい歌声の持ち主たちが会場にいることを引き合いに出して、「カラオケバーを設置したほうが良かったんじゃないですか? 」とジョークを飛ばしてひと笑いとると、続けて、「私は言葉を持たない。私の声は剣にあり」というウィリアム・シェイクスピア作の戯曲『マクベス』の第5幕第8場に登場するセリフを急に引用。
「私たちは、その剣が自分たちの仕事であることを分かっています。そして私は仕事が好きです。それを知っていてくれてありがとう。そしてこれ(※オスカー)をありがとう」と、『ノマドランド』で演じた主人公のファーンが劇中で口にした、短いながら観客の胸に刺さる「I like work(私は仕事が好きです)」という憂いを帯びたセリフを交えたシンプルかつ奥深いスピーチで拍手喝采を浴びた。
作品賞のスピーチで突然「遠吠え」
フランシスは、『ノマドランド』が作品賞を受賞した際にもジャオ監督ら制作陣、キャストたちとともに登壇。その際、「これを私たちの“ウルフ”に捧げます」と前フリし、「アウウー!アウアウアウ、アウーーッ!! 」と全力でオオカミの遠吠えをしてみせた。
Bet you didn't have Frances McDormand howling like a wolf in her Best Picture acceptance speech on your #Oscars bingo card.https://t.co/sdgeoBK7lX pic.twitter.com/O0CWmjhLfP
— ABC News (@ABC) April 26, 2021
会場からは大歓声が拍手喝采が起こり、その様子を背後で見守っていたジャオ監督をはじめとする登壇者たちの目には涙が光っているようにも見えた。
自殺した仲間に捧げる遠吠え
このフランシスの突飛な行動の理由について、授賞式後に行なわれた記者会見でジャオ監督が説明。
フランシスが遠吠えを捧げた“ウルフ”が、3月に亡くなった『ノマドランド』の録音・音響を担当したサウンドミキサーのマイケル・ウルフ・スナイダーのことだと明かし、「私たちは、最近、彼を亡くしました。彼は私の前作『ザ・ライダー』と『ノマドランド』に携わった人物です。彼は私たちのファミリーの一員。(フランシスの)あの月への遠吠えはウルフを追悼したものなんです」とコメントした。
『ノマドランド』のスタッフから”ウルフ”の愛称で親しまれていたスナイダー氏は、今年3月に自宅で遺体となって発見。35歳だった。
自殺とみられており、スナイダー氏の死を伝えた父親によるFacebookへの投稿では、彼が長年うつ病を患っていたことが明かされ、新型コロナウイルスの脅威におびえながら小さなアパートにこもりきりで孤独に過ごすことは、彼にとっては、とてもつらかったはずだなどと綴られていた。
『ノマドランド』は、ゴールデン・グローブ賞、ヴェネチア国際映画祭、英国アカデミー賞ほか、数え切れないアワードでも受賞を果たしたが、残念ながら、スナイダー氏は『ノマドランド』のファミリーと一緒にその喜びを分かち合うことはできなかった。
アワードシーズンの集大成とも言えるアカデミー賞で作品賞という大賞に輝いた喜びをどうしても天国のスナイダー氏にも届けたいという思いから生まれたのが、あのフランシスの遠吠えだったよう。
フランシスは、パンデミックの影響で映画界が苦境に追い込まれるなか、「どうか、みなさん、私たちの映画をできるだけ大きなスクリーンで観てください。そしていつか、きっともうすぐ、知り合いみんなを連れて劇場へ行き、あの暗闇で肩を並べて今夜紹介されたすべての作品を観てください」と、スピーチを通じて、映画を愛するすべての人たちに訴えかけている。(フロントロウ編集部)
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