『マスター・オブ・ゼロ』アリシアの妊活ストーリー
ドラマ『マスター・オブ・ゼロ(原題:Master of None)』は、30代の俳優デフ(アジズ・アンサリ)と彼の個性派な仲間たちの生活を追った1話約30分のコメディシリーズ。シニカルな笑いと共に社会問題にも切り込んでいる本作は、2015年からNetflixで配信が始まり、エミー賞やゴールデン・グローブ賞を受賞。2021年5月にはデフの幼馴染デニースに主人公をバトンタッチして、シーズン3が配信された。
本作の最新シーズンであるシーズン3の第4話で、レズビアンであるアリシアと不妊治療クリニックの医師のあいだでこんな会話がある。
医師:体外受精は保険適用ですが条件があります。パートナーと半年以上妊娠を試みても不妊であった証明が必要です。
アリシア:でも私の性的指向が理由の場合は?
医師:加入なさってる保険にはその規定がない。
アリシア:同性愛者はどうなるんです?
医師:保険会社が保険金を支払うには、傷病名コードがいる。大半の保険会社には“妊娠を望む同性愛者”や“妊娠を望む単身者”というコードはありません。“シャチに襲われた”のコードはあります。“ジェットエンジンに吸い込まれた”も。でも“妊娠を望む同性愛者”はない。でも類似ケースの扱いはあるので最善を尽くします。あなたの場合、卵管閉塞があるので申請できるかも。ただ一部の処置の医療費がカバーされない可能性もある。そのため自己負担は7000〜1万ドルになるかと。
アリシア:ドナーが友人なら費用は抑えられる?
医師:いいえ、逆に高くなる。精子の検査と選別が必要になる。匿名提供者の場合、その過程が済んでるんです。
アリシア:私が異性愛者でパートナーがいれば、精子の検査は不要?
医師:パートナー間は感染症がうつるリスクは想定内なので、検査は必要ありません。リスク回避のための検査です。
アリシア:信じられない。不公平だわ。おかしい。
医師:お話しした内容を書面にしてお送りします。それでじっくり検討なさってください。
妊娠を望むLGBTQや単身者が置き去りにされている
妊娠に必要な治療や支援が“異性カップル”であることを前提に作られていることは、多くの国で問題になっている。
アリシアの経験はアメリカでの話だが、ここ日本でも同性愛者や単身者がIVF(体外受精)で子供を作るための法整備は進んでおらず、例えば、日本産科婦人科学会では提供精子を用いた人工授精は「わが国における倫理的・法的・社会的基盤に十分配慮し」行なうべきとしており、「被実施者は法的に婚姻している夫婦」と定めている。
劇中でのアリシアは、最初はワクワクとドキドキが降り混ざった様子でソワソワしていたものの、医師の説明によってそもそも自分は他の人とはスタート地点が違うこと、しかもそれが自分のせいではないことに気づき、ショックと悲しみと怒りが表情を駆け巡る。
この難しい演技を見事にこなしたナオミ・アッキーは、「ただ人生を生きようとしているだけなのに、現れるまでは存在することすら知らなかった障害をしっかり描くことはとても重要だと思った」と米Netflixの公式YouTubeチャンネルでコメント。編集を手がけるジェニファー・リリーも、「子育てとか不妊とか、女性が私生活で経験することは見える化されていない」と同調した。
妊活は、多くの人の人生にインパクトを与えることでありながら、メインストリームの作品では詳しく扱われない。レプリゼンテーションの低さは、理解や共感の少なさにつながり、そしてサポートの低さにつながってしまう。
番組のクリエイターでありシーズン3では監督を務めたアジズ・アンサリは、医師から不妊治療の現状を聞いた時に多くの驚くべき事実を知ったそうで、「そうするうちに、これが多くの友人の経験であることに気づいたんだ。でも僕はそれを一切知らなかった。みんな話さなかった。たくさんの人が経験してるのに会話が行なわれていないから、番組で伝えるべきストーリーだと思ったんだ」と、Netflixの公式YouTubeで語った。
ドラマ『マスター・オブ・ゼロ』シーズン3は、5エピソードと短いことに加え、主人公が前のシーズンから変わっていて新たな話が描かれているため、作品を見たことがない人でも見やすいシーズン。日本でもNetflixで独占配信中。